表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
937/1100

20−47 見覚えのある淑女

 カーヴェラはいつ来ても賑やかで、華やかだ。だけど、それはあくまで「表通り」に限った話。一歩裏路地に迷い込めば、暗澹とした現実がそこかしこに転がっている。そんな街の中でも、まだまだ明るい「表通り」を意気揚々と歩いているのは……お揃いの角と尻尾を生やした2人の少年、ロジェとタールカである。


 バルドルの「鑑定」が済み、バビロンも一安心しているのを見届けて。ロジェとタールカは「お使い」ついでに、久しぶりにカーヴェラの街をブラブラしていた。

 バビロンは気弱である以上に、融通が利かない……要するに、頑固な部分がある。ベルゼブブ(と言うよりは、ルシフェル)への遠慮もあるらしく、魔界にはもう戻らないつもりのようで、アケーディアが居座ることにしたリルグへ行く腹づもりらしい。しかし、肝心のリルグへの道筋も分からないともなれば。……マモンのポインテッドポータルに頼る他ない。

 そうして、ベルゼブブには頼りたくないが、すぐに身を寄せられる場所もないと困っているバビロンを、どうも放っておけなくなったのだろう。事が落ち着くまで屋敷で待っていれば良かろうと、恐れ多くもカーヴェラの大貴族でもある、ドン・ホーテンが申し出てくれたのである。そうして、せめてお礼にお手伝いでもしましょうと、メイド達に混じって掃除をしているバビロンに倣い、2人は料理番の代わりに夕食の買い出しに来ていたのだった。


「あれ? あいつ、さっきの機神族って奴じゃない?」

「あっ、本当だ。……どうしたんだろう? なんだか、急いでいるみたいだけど……?」


 じゃがいもと玉ねぎが入った袋を抱えながら、何かに気づいたらしいタールカの視線の先を、ロジェも見やる。なお、ロジェの抱えている袋にはチーズと牛肉の塊が詰め込まれており、今夜の晩餐はきっと豪華なんだな……と、期待させるに十分なラインナップだ。

 しかしながら、今はお使いの中身で夕食のメニューを思い浮かべている場合ではない。タールカの指摘に、ロジェも慌てて視線をほんのり横にずらせば……やや暗い裏路地の奥へと、見覚えのある淑女の背中が進んでいくではないか。


「大丈夫かな……カーヴェラって、裏路地は危ないんだよね?」

「うん……それに、さっきの天使様はどこに行っちゃったんだろう? 契約主だとか、何とか言っていた気がするけど……」

「どうする? 後を追ってみる?」

「う〜ん……でも、あまりモタモタしていると、お使い物がダメになっちゃうかも……」

「あっ、それもそうか……」


 そう、ロジェの袋に詰められているのはナマモノだ。……いくら、まだまだ気温が低いとは言え、あまり寄り道できる時間の猶予はない。


「それじゃ、急いで帰って……報告した方がいいかもね」

「そうだね。……バビロンさんに相談してみよう」


***

 ジャーノンは積もる話も長くなりそうなので、皆様への挨拶もそこそこに……孤児院からの帰り道を急いでいると。途中、これまたお知り合いに出くわすもんだから、この街の天使と悪魔の遭遇率はどうなっているんだと、考え込んじまう。だけど、そんなお知り合い……ラミュエルは明らかに、困っている模様。手にした杖を頼りに歩き出そうとしているものの、覚束ない足取りを見るに、どうも様子がおかしい。


「ラミュエル……だよな? どうしたんだよ、こんな所で」

「その声は……マモン様、ですか……?」

「あ、あぁ……俺は確かにマモンですよ、っと」


 どうやら、今のラミュエルはブラインド(盲目)のステータス異常に陥っているみたいだな。でも、確か……天使ちゃん達には、状態異常への耐性があるんじゃなかったっけ?

 我らには状態異常への耐性があるのを知らぬのか、この戯けが! ……なーんて、ウリエルが威張っていた気がするけど。今の天使ちゃん達はどうも、色んな緊張感も抜けているのか……誰のせいかは知らないが、ラミュエルはキッチリ状態異常に陥っている。


「って、そんな事考えている場合じゃないか。ほれ……とにかく、行くぞ」

「あっ……!」


 嫁さんがいたら、確実に文句を言われそうだけど。ラミュエルの目が見えていない以上、抱き上げちまった方が早い。


「マモン様! そのっ、私よりも……ヴァルプスちゃんを……!」

「ヴァルプス? えっと……」

「機神族のヴァルプスちゃんを、探して欲しいのです……!」


 だけど、当のラミュエルはいつもの浮ついた感じを引っ込めて、必死に誰かを探して欲しいと訴えてくる。あぁ、そう言えば。ラミュエルは爬虫類の鑑識にお供を連れてきていたっけ。ヴァルプスって言うのは、そいつのことに違いない。


「探すも何も……とにかく、今は帰る方が先だ。お前さんをこのまま置き去りにする訳にもいかないだろ」

「ですが……!」

「それに、ただ探すにしてもこの街は広すぎる。……手がかりもなし、頭数も足りない。そんな状況じゃ、見つかるものも見つからないだろ。ここは闇雲に探すよりも、作戦会議をした方がいいと思うぞ」

「……」


 いくら焦っていても、コトを急いては上手くいくものも、上手くいかない。そんなコト、言われなくてもラミュエルだって分かっているのだろう。


(それにしても、大天使をここまで慌てさせるなんてな……。しかも、その一緒にいたはずの精霊がいなくなっているし、ラミュエルのこの萎れよう……か。多分、状況からするに……ラミュエルは裏切られたんだろうな)


 あぁ、なるほど。だから、ラミュエルはたかが盲目程度のステータス異常をここまで引きずっているのか。

 麻痺や視界遮断(通称盲目状態と言われる)と沈黙状態、昏睡状態に火傷や各種毒の類なんかは全部「ステータス異常」と一括りにされるけれど。ステータス異常を防げるかどうかは、耐性よりも警戒状態かどうかとか、肉体疲労の度合いに左右される傾向が強い。また、不意打ちの方がステータス攻撃の成功率が上がるし、高度な魔法を使えば使う程、相手の耐性を突破できる可能性も高くなる。そして、ステータス異常からの脱却スピードは、治癒魔法を使わない限り、本人のメンタリティに大きく影響を受ける。

 で……ステータス異常の中でも、視界遮断と沈黙状態は割合軽度な部類に入る。麻痺や昏睡のように身動きが取れなくなる訳でもないし、毒や火傷みたいに急いで処置をしないと悪化するものでもない。物理的に目や口を封じられたのでなければ、この2つのステータス異常は魔法効果が切れれば自然回復する……はずなんだけどなぁ。


(……一般的な概念も通用しないくらいに、落ち込んでいるか……。あぁ、あぁ……もぅ。こんな所で、悲しそうに泣くなよ……)


 しかし……このまま帰ったら、嫁さんに誤解されそうな気がする。せめて、何とか泣き止んで欲しいんだが……俺は失意のドン底に墜落したラミュエルを慰められる言葉は知らない。

 大丈夫、何とかなる……とか。大丈夫、俺に任せておけ……とか。

 考えなしに無責任なことを言いたくもないし、何よりそいつはタダの気休めだ。本気で相手を慰めようとするのなら、ちゃんと建設的で現実的な提案をしてやらないといけないと思う。


(その為にも……はぁぁ。やっぱり、サッサと帰ろ。嫁さんにキチンと説明して、ヴァルプスさんを探しましょうか……)


 しかし……この調子だと、魔界に帰れるのはまだまだ先になりそうだな……。別に、魔界が恋しい訳じゃないけれど。もうそろそろ、ゆっくり休ませて欲しいです。ほんの少しでいいから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ