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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−44 不条理な不安定

 あぁ、イライラする。どうして、私がこんな感情を抱かなければならないのだろう。

 新種の機神族の鑑定に駆り出されたと思ったら、「肝心な任務」には触れずにサッサと神界に帰ろうとするラミュエルに、ヴァルプスは改めて失望し直していた。「人間界に降りますよ」と言われた時には……今度こそ、ローレライを正常化しに行こうと言ってくれるのかもと、期待していたが。……なんて事はない。今日のお役目はただただ、魔力鑑定機扱いされただけ。彼女達はローレライの危機的状況も、正常化の重要性もちっとも理解していないのだと、ヴァルプスはキリキリと機械仕掛けの表情筋を動かし、生々しくしかめ面を作る。

 それでなくても、ヴァルプスは成り行きで「気がついたら契約していた」天使・ラミュエルが非常に気に入らない。ヴァルシラが勝手にプログラムとしてラミュエルとの契約を残していたから、仕方なしに彼女の精霊として振る舞っているが……そろそろ我慢の限界だ。


(勘の鈍さ、頭の悪さ……! 天使というのは、本当に役立たずなのですね……!)


 機神族は基本的に、感情の波が穏やかだとされている。事実、彼らの大部分には自主的な感情は存在せず、ローレライの魔力を受けると同時に設定されたプログラムをベースに活動しているに過ぎない。そして、かつてのローレライは天使に友好的な気質の霊樹だった。故に……ローレライから生み出された機神族は一律、天使には寛容で従順な気質(仕様)で作られていた。

 だが……必要に迫られた時に、自由意志を持ち得る変わり種が生み出される事もある。ローレライが「変容」に対する柔軟な対応を要した時……彼女は自分の意思とは別に、スタンドアロンとしても稼働できる外部意思を構築した。そうして、「自分の意思で」活動する「特別な機神族」を通じて外界の情報を収集し、システムをフィックスし直すことで、ローレライは時勢に適合した秩序と平静を維持してきたのだ。

 そんな役目を期待されていたのが機神王・ヴァルシラであり……そして、もう1体。ヴァルシラが後継者として構築し、ローレライから脱出させたヴァルプスもまた、自由意志を持ち得るように作られている。彼女達はローレライが変容に対応するために生み出された、自由意志を持つ「特別な機神族」だった。


「……ヴァルプスちゃん、今日は突然お出かけさせて、ごめんなさいね。……魔力の調子もあまりよくないのに」

「気づかれていたのですか?」

「えぇ、もちろんよ。……前回のローレライ遠征の時に消耗した魔力がまだ、戻っていないのでしょう? 今はすぐに神界に帰った方がいいわ」

「……」


 しかしながら、ラミュエルはいかにも申し訳なさそうな顔をして……ヴァルプスからすれば「見当違いな」心配を寄越してくる。そんな心配はいらないし、どうでもいい。今はとにかく、自分が朽ちてでもローレライの元に馳せ参じ、生みの親を正常化したいだけだ。取ってつけたようなマスター気取りの心配など……ヴァルプスからすれば、願い下げである。


(……だけど、私は……)


 しかしながら、いくら特別な機神族だとは言え、ヴァルプスの魔力レベルは3。下級精霊である以上、絶対に精霊側からの契約破棄はできない。しかも、目の前でいかにも頼りない表情を見せているラミュエルは大天使階級の八翼クラスである。とてもではないが、下級精霊が勝手気ままに振る舞っていい相手ではない。


(……ですが、この気質であれば、私がいなくなっても変な心配こそすれ……必死にはならないかも)


 神界門を潜ってしまうと、またしばらくは人間界行きはお預けだろう。そうとなれば、折角のチャンスをフイにするのもつまらない。

 確かに、ローレライが正常稼働していない状況下で、今のヴァルプスに従来の魔力補給はできない。機神族はローレライの魔力以外への適性率が非常に低いのだ。ヴァルプスには一応、器の代替品である「ヴァルプルギスの鼓動」が搭載されているが、魔力は薄い人間界での活動は大幅に制限されてしまう。だからこそ、ヴァルプスも仕方なしに契約を甘んじて受け入れているのだが……。


(……せめて、他の大天使……ラミュエル以外であれば良かったのに……)


 転生の大天使・ミシェルは機神語に明るい上に、人間界へ出向く機会も多い様子。先日もルシフェルと一緒にユグドラシルの浄化に出向いていたと聞くし、現在も定期的に役目を継続している。その上、非常に行動的で積極的な性格をしており、ウジウジと悩まずに素早くローレライ行きを決断してくれるだろう。


(候補としてはミシェル様が1番良さそう……あぁ、いや。でも……)


 排除の大天使・オーディエルはやや堅物ではあるが、ラミュエルとは異なり、単独で人間界での長期間作戦を実行できるだけの能力があるらしい。流石に神界最強の大天使ともなれば、護衛がなくともヴァルプスをローレライまで送り届けてくれそうだ。


(前回はオーディエル様のおかげでローレライまで行けたのですし……オーディエル様でもいいですね。あとは……)


 そして……調和の大天使・ルシエルは人間界に拠点を持っているらしく、夜間はこちら側の屋敷に「帰る」という特殊な生活様式で活動している。おそらく、天使の中で最も人間界に身近な存在であるだろう。しかも、積極的に人間界の出来事にも首を突っ込んでいるようで、ローレライへの遠征もすんなり叶えてくれそうだ。


(私はなんて運が悪いのでしょうか……。つくづく考えれば、他の3名であれば誰でもいいではありませんか……)


 ラミュエル以外の大天使であれば、ローレライへすんなり連れて行ってくれそうだ。そんなことを考えては、ヴァルプスはやっぱりため息をつく。

 しかしながら、本当のところはヴァルプスが思う程、他の大天使達もそこまでは楽観的ではないし、直情的でもないのだが。ラミュエルがとにかく頼りなく見えるヴァルプスには、他の大天使は殊の外頼もしく映る。

 それは偏に、ただの無い物ねだり。しかしながら、あまりに不恰好な無い物ねだりこそ「特別な機神族」たる個性であり、驕傲であり、溢れんばかりの不安定な感情そのものでもある。

 プログラム通りの安定稼働は確かに、どこまでも平凡な平和を生む。平和はある種の退屈でもあるだろうが、感情が乏しい機神族には娯楽や刺激は必要ない。本来、機神族は世界の秩序を守るために、ローレライのプログラム通りに規則正しく活動を続ける……ただ、それだけの存在でしかないのだ。だが、ひとたび機神界の外に目をやれば。ローレライが根を通じて収集した情報だけでも、世界はプログラムで解明し尽くせない不条理な不安定に満ちていた。


(不安定を理解するためには、不安定になる必要がある……)


 不確定要素に対する、柔軟性の獲得。それがヴァルプス達、「特別な機神族」に与えられた重要な役割の1つである。どんなに丁寧で周到なプログラムを構築しようとも、命令文にない想定外をカバーするのは不可能だ。異常値になる前の正常値と、所定通りの正常値を、予兆もなしに見分けるのは難しい。なぜなら、「異常になる予定の事象」も「いつも通りの事象」も数値上は同じ「正常値」として認識されるからだ。もし、想定外の事象にまで警戒を敷こうとするのであれば……自由意志による予測と経験が必要となる。

 命令が正しければ、機神族はどこまでも完璧にプログラムをこなすことができる。しかし、想定外が起こると忽ち、「普通の機神族」はただの鉄屑と化してしまう。活動さえも制限されるのだから、殊、瘴気によるウィルス性の非常事態は機神族そのものの存続さえも、根底から揺るがしかねない。

 

(とにかく、私はローレライに向かうのです……! このままラミュエルに従うばかりでは、ローレライが死んでしまう……!)


 だからこそ、不安定に対する抵抗力を持ち得ようと、ローレライはヴァルシラに魂という名の心を持たせ、柔軟な対処を実現していた。そして、ヴァルシラはローレライに「新鮮な情報」を持ち帰るための役目も引き継ごうと、ヴァルプスに自身が作られた時と同じようにプログラム構成の「ゆとり」を持たせ、不安定な部分を敢えて残すことで、自由意志を彼女に託していた。だが……今はその自由意志が、あらぬ方向に転がり始めている。

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