20−43 気持ちには鈍感
「あのぅ……それで、バルちゃんは大丈夫なのでしょうか?」
天使2名が難しい顔で悩んでいるのに、不安な表情を隠せないバビロンが問う。しかしながら、ヴァルプスの示したデータの意味を理解できない天使2名には、バルドルが「大丈夫な奴」なのかは判断できない。故に……本当に情けないとばかりに、ため息混じりでヴァルプスが応じる。
「……私の見立てでは、特段問題ないと思われます。現ローレライの異常魔力も確かに感じられましたが、データ照合の結果、正常稼働のローレライによる機神族の受容とほぼ同程度の魔力遷移率と、昇華速度の範囲内です。……瘴気濃度も正常値ですし、異常稼働のローレライの魔力波長には該当しないかと」
ヴァルプスの解説はこれでも、噛み砕いた内容である。だが……バビロンもヴァルプスが言っていることは、あまり飲み込めていない様子。それでも、「特段問題ない」というキーワードにホッとしたのだろう。胸を撫で下ろして、「良かったわね」とバルドルの頭を撫でている。しかし……。
(更に険悪な感じになったね、これは)
天使だけではなく、バビロンも上辺だけの結果しか理解していないことに、ヴァルプスは気づいているようだ。そして……非常に由々しきことに、彼女の不服に気づけているのはベルゼブブだけ。
(このままだと……ヴァルプスちゃんは離れちゃうかも?)
……仕方ない。ベルゼブブにしては、珍しい配慮ではあるが。気づいたからには、ある程度のフォローを入れるべきだろうと、ウムムと唸るばかりのルシフェル達の輪に加わる。
「要するに、バルドルは今までと同じ仕組みで機神族化したって事で、オーケイかな?」
「えぇ、その通りですよ。えぇと……」
「あっ、メンゴメンゴ。自己紹介がまだだったね。僕はベルゼブブって言って……暴食の真祖でもある、偉〜い悪魔なんだよん。で……どれ。そのデータ、僕も見てみようかな。僕もそこまで機神語は詳しくないけど。……ハニー達よりは分かると思うし」
「そ、そうか? ……助かるぞ、ベルゼブブ」
それこそ、もっと褒めてくれてもいんだけど。
だが、今は軽口を叩いている場合でもなかろうと、いつになく真剣な眼差しで「現代語訳」のデータに目を通すベルゼブブ。
(……これだから、天使ちゃん達は。よく分からないけど……妙にみんな、相手の気持ちには鈍感なんだよねぇ……)
正直なところ、ベルゼブブも機神語はサッパリである。第一、機神族が魔界に迷い込むことは今まで1度もなかったのだ。故に、悪魔には機神族との関わりは皆無……延いては、機神語に触れる機会もゼロ。
だが、それでも……ヴァルプスの不機嫌を前にしたらば、そうも言っていられない。とにかく彼女のデータに無理矢理にでも理解を示しておかなければ、取り返しのつかないことになるだろうと、ベルゼブブは危機感を募らせる。
(この様子だと……うん、分かったフリでもしておけばいいかな。幸いにも……現代語訳であれば、ちょっとは判別できそうだし)
おそらく、彼女は提出したデータが有意義に扱われないことが不満なのだ。そして、それを招いた天使達の知識不足に失望している。であれば……ある程度の理解さえ示せば、多少は満足してくれるかもしれない。それが、誰かの気持ちにはそれなりに敏感なベルゼブブの見立てである。
「あぁ、そういう事? バルちゃんは確かに、新規で機神族に昇華したけど……どうやら、1つの道具からじゃなくて、2つの道具に対して魔力反応が出たみたいだね? なるへそ? バルちゃん……この様子だと、結構なレベルの機神族になるでないの?」
「その通りです、ベルゼブブ様。あなた様がいてくれれば……少なくとも、私のデータも無駄にならなくて済みそうですね」
「ふふん、そこは安心してくれていいよん? 僕はこれでも、大悪魔だからね。で、バルちゃんの種類名は……えぇと、このスヴィパルってヤツになるのかな?」
「はい……そちらが、この機神族の種類名となりますが……大元の道具が相当な貴重品だったようで、新種となります。正式名称ではありませんが、便宜的に私のデータベースから引用しました。その名称は魔力データを元に、自動生成されたものです」
「へぇ! ヴァルプスちゃんは随分と、画期的な機能を搭載しているんだね。それがあったら、配下の種類名を捻るのに困らないかも〜」
本当のところを言えば……悪魔の新種が誕生するのは、非常に稀である。故に、種類名に悩む事はまずない。だが、そうでも言ってやらなければ、ヴァルプスに「全面的な理解を示す」意味でも納得させるのは難しい。しかし……。
(もぅ〜。僕が盛り上げても……まだ、お顔が冴えないか……。この子は何がそんなに不満なのかな?)
ベルゼブブの対応は満点を叩き出せないにしても、この場でできる最大限の反応ではあるはずだ。機神語が分からないなりにも、ヴァルプス本人からも「データも無駄にならなくて済みそう」と言われた通り……及第点はキープできたと思うのだが。
(……なんだろね。この子は……今回以外の何かにも、蟠りを抱えているみたいだね)
ヴァルプスの様子を見つめるのも、そこそこに。チラとルシフェルの横顔を窺いながら、ベルゼブブはフゥと疲れたように息を吐く。
(天使ちゃん達は本当にお気楽だよねぇ……。僕のフォローは……そのまま天使ちゃん達の手柄になるわけじゃないよ?)
無論、ルシフェルもラミュエルもヴァルプスをぞんざいに扱ったりはしていないだろう。それどころか、最後の機神族だという事もあり、特別に保護しているようでもある。だが、一方で……ベルゼブブには、ヴァルプスの契約は本人の意思とは無関係で成り立っているように思える。どうも……ヴァルプスは手放しでラミュエルに従っているわけではなさそうなのだ。
(この辺は……後でハニーに聞いてみるか。流石に……本人の前じゃ、言いにくいかもん……)