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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−42 もっと褒めてもいいのだぞ?

「……ハニー、ちょっといい?」

「どうした、ベルゼブブ」

「うん。あのさ……バルちゃんの事なんだけど」


 さり気なく空気を読むのが上手いらしいマモンが、ジャーノンを連れて外出した後。ルシフェルとベルゼブブの目の前では、彼らと入れ替わるようにやってきたラミュエルとヴァルプスが、真剣な様子で作業に取り組んでいる。もちろん、ヴァルプスの作業……彼女曰く、「スキャニング」と言うらしい……の対象はバルドル、現在のローレライから生み出された機神族である。


「何か、気になることがあるのか? あの機神族には、問題しか見当たらないが」

「んもぅ、ハニーったら。いくら気に入らないからって、そんな風に突き放しちゃ可哀想でしょぉん?」

「ふん!」


 ルシフェルはバルドルに「おっかない」と言われたことを、相当根に持っているらしい。さも気に入らないと鼻を鳴らして、プクッと頬を膨らませるが。そんなルシフェルの相変わらずな「ツンツン加減」も、楽しみつつ。ベルゼブブは小声でルシフェルに「気になったこと」をヒソヒソと耳打ちし始めた。


「実は……さ。僕の触覚が、反応しないんだよ」

「お前の触覚が反応しない? それは、バルドルに対して……か?」

「……うん」


 真剣な様子でバルドルに「探りを入れている」ラミュエル達を尻目に、ベルゼブブが触覚をクシクシとつねりながら言うことには。バルドルは自分の意思で勝手気ままな事を言っているように見えたが……実際には感情らしい感情が見当たらなかったそうな。そして、それはベルゼブブの嘘発見器を前にしたらば、あり得ない事象である。

 ベルゼブブが困惑していたのは、バルドルがこんな状況で大嘘をついていたからではない。あれ程までに流暢に感情を垂れ流しているバルドルから、嘘どころか……判断材料となる感情の波が、感じられなかったからだ。


「……お前が言いたいことも、何となく理解した。要するに、お前でさえも生物としての感情を捉えられないのに、バルドルは“自己主張”をしっかりと示している。ならば、その“自己主張”を叶える感情……“自我”が、どこにあるのかが問題になる、と言うことか?」

「流石、ハニー。僕の言いたい事をここまで纏められるなんて、冴えてるぅ!」

「……当然だ。もっと褒めてもいいのだぞ?」


 何だかんだで、難しいお年頃らしいルシフェルに、ニコニコと褒め言葉を進呈するベルゼブブ。珍しく素直じゃないの……と、内心でほくそ笑みながら、もう少し煽ててみるかと悪魔らしい打算も働かせる。


「うんうん、それでこそ僕の自慢の天使長様。美人な上に頭もいいなんて、最高だよね★」

「……そ、そこまで褒めなくても、いいぞ? ……褒めても、何も出んからな?」

「あぁ、そうなのん?」


 ま、別に何も出てこなくても構わないし、この反応だけで一旦は満足するべきだろうと、ベルゼブブは舌を出す。

 バビロンにしっかり嫉妬していたのを見ても、ルシフェルのベルゼブブに対する好感度はそれなりに上がっていそうだし、逆に警戒心は相当に揺らいでもいるだろう。しかしながら、天使長からしてこの調子では、いい子な天使ちゃん達は悪魔に騙され放題かもと、ベルゼブブは別の意味で心配してしま……わなかった。


(そんな心配をするのは、マモンだけでいいよね〜)


 ……さもありなん。ベルゼブブのいい加減さは、魔界でも頭抜けている。真祖としての自覚よりも、面白い事を優先しがちな彼には、どこぞの苦労人と同レベルの心配性は搭載されていなかった。


「ところで、ハニー」

「なんだ、ベルゼブブ」

「んもぅ! ハニーもそろそろ、僕のことダーリンって呼んでくれないかなぁ?」

「……それはつまり、私に羞恥で憤死しろと申しているのか?」

「何を大袈裟な……まぁ、いいか。それはさておき。ベルちゃん、ちょっとバルちゃんの構造について、思い当たることがあるんだよん」

「思い当たること……?」

「うん。なんとなくだけど……バルちゃんからは、僕が作った魔法道具以外に、とっても貴重な何かの魔力を感じるんだ。多分だけど……バルちゃんの感情をフラットにしているのは、そっちのお宝の効果かも」


 効力がないと白状したクセに、ヒョコヒョコと触覚を動かすのは止められないらしいベルゼブブ。ルシフェルが未だに彼を快く「ダーリン」と呼べないのには、実はこの触覚の気色悪さも原因なのだが……まぁ、それ以上に気恥ずかしさが大きいので、例え触覚を引っこ抜かれたとしても、ルシフェルが態度を改めることはできないだろう。


「……この感情の強制的な鎮静はヨルムアイの効果に似ている……いや、そのものかも」

「ヨルムアイ? 私が一時期持っていたヤツと同じ物か?」

「そう、それそれ。あっ、そんな顔しないでよ。心配しなくても、ヨルムアイの効果は感情を枯らす事じゃないさ。あくまで感情に任せて、癇癪を起こさせない程度のモノなんだよ。……真祖が暴れると、結構なダメージが残るからね、魔界には。感情に任せて配下を殺されても敵わないし、真祖クラスに魔法をバンバン使われたら、魔界自体の魔力も枯渇しちゃうから。とは言え……それも僕達が安定するまでの話であって、今となっては無用の長物だけどん?」


 ヨルムアイが作られた背景はどこまでも、生まれたての真祖達の補助であって、永続的な面倒を見るためではない。今となってはきちんと大人になった(とされている)真祖達は、それなりに節制と自覚を持ち合わせ、曲がりなりにも配下の管理もこなしている。……一部、配下ありきで回っている者もいるが。役目を補う優秀な配下を従わせるのも、大悪魔の権限が発揮されていることの証明だろうし、真祖としての性能が安定しているとする判断材料になり得る。


「……と、まぁ……そういう訳で、今の僕達にはあんまり必要ないんだよね、ヨルムアイ自体も。そもそも……あれは壊れる事が前提に作られているフシもあったみたいだし」

「なるほどな。……あの宝石がやたら壊れやすいとされていたのは、お前達の自立を促すためでもあったのだな」

「多分ね。と言ってもぉ、あのヨルムツリーにそこまでの親切心はないと思うけど」

「あぁ、それは同感だな。……ヨルムツリー程の曲者はそうそう、居まいよ」


 そんな風に部屋の隅で、ルシフェルとベルゼブブが仲睦まじく(?)語らいに花を咲かせていると。やや沈黙しがちな空間に「チン!」と軽やかなベルの音が響く。その音を合図に、ルシフェルとベルゼブブが視線を部屋の中央に戻せば……従順な様子で、マスターに報告をしている機神族の姿が、そこにはあった。


「マスター、お待たせしました」

「ヴァルプスちゃん、何か分かったの⁉︎」

「えぇ、対象の詳細な魔力データも収集できました。詳細をご覧になります?」

「一応、お願いできる……あっ、いいえ。やっぱり、いいわ。……これ、私には読めそうにないし……」

「左様ですか? 現代語訳もできますけれど?」

「そ、そう……?」


 そうして、半ば強引に提出されたデータログを見つめるラミュエルだったが……彼女の眉間に皺が寄ったのを見ても、生半可な内容ではなかったのだろう。もしかしたら、書かれていることが分からないだけかも知れないが。何にしても、ここは天使長の出番と……勇んで、ラミュエルの手元を見やるルシフェル。しかし……。


「……う、うむ……私にも分からんな、これは。……ミシェルに見せた方がいいか……」

「……天使様達は、機神語を読む機会もなかったのですね……」

「ご、ごめんね、ヴァルプスちゃん。……勉強不足で……」


 天使長と大天使が2人揃って機神語(しかも翻訳版)を読めないことに、あからさまに不満げな表情を見せるヴァルプス。そうして、機械仕掛けの割には妙に生々しいため息を吐く。


(……おやおや? この感じ……ちょっとマズイかも?)


 困惑する天使2名をよそに、ヴァルプスの様子に途端に心配になるベルゼブブ。

 確かに、ベルゼブブは非常にいい加減である。そして、何かと面倒事に巻き込まれたがるのは、純粋に傍観者として「面白いこと」を眺めるためである。故に、余程固執している事情でもない限り……ベルゼブブは自らの身を面倒事の中心地に置くことはまず、ない。だが……。


(……これは流石に、ハニーに教えてあげた方がいいかも。ヴァルプスちゃんとやらはどうやら……ラミュエルちゃんに不満モリモリだって事を)


 ベルゼブブには詳しい事情は分からないが。彼の目から見ても、ヴァルプスは進んでラミュエルに従っているようには見えない。彼女が明らかに失望しているのを気取っては、精霊としての契約も不本意だったのかも知れないと、勘繰って。楽観的なはずのベルゼブブは珍しく、ゾワゾワと良からぬ予感に身震いするのだった。

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