20−40 魔力的な繋がり
ご隠居のお屋敷に充満する「気まずい感じ」から脱出しようと、気晴らしがてらにジャーノンに孤児院行きを提案してみれば。それもそうですね、とお返事を頂きましたので……こうして、孤児院にお邪魔していますよ、っと。因みに、嫁さんはおネムの状態だったので、クソガキ達と一緒にまだ夢の中でござんす。
「ルシー・オーファニッジにようこそ……って、あぁ! グリード様にジャーノンさんじゃないですか! アーニャさんがお待ちかねですよ」
「こんにちは、パトリシアさん。そのご様子ですと……アーニャに会えそうですか?」
もちろんです! と、嬉しそうにパトリシアさんが請け負う。そのついで……という訳じゃないんだろうけど。しっかりとセバスチャンの状況を聞いてくるのを見るに、パトリシアさんの心配性も健在なんだろう。それは俺から話してやった方がいいか。
「ミカエリス……あっ、セバスチャンの方だけど。きちんと、こっち側のお家に帰らせたから、大丈夫だぞ。……ちょっと消耗をしているみたいだったから、色々と補給させないといけなくて。すぐに会わせてやれなくて、悪いな」
「いいえ、無事であればいいんです。お兄ちゃんの留守が長いのは、いつものことですから」
いつものことで流してくるあたり、流石だな、パトリシアさんも。本当に、ミカエリスは妹さんに恵まれ過ぎている気がする。
(だけど、今のミカエリスは元気とは言え……微妙な状態なんだよなぁ……)
真祖クラスになれば、人間界に出張りっぱなしでも魔力が枯渇することは、まずまずない。だが、ミカエリスは魔力コントロールはできているとは言え、器も小さめなのか……意外と、すぐに魔力が枯渇しがちになるっぽい。因みに、魔力がすっからかんになると悪魔は活動停止……要するに死ぬことになるから、魔界以外のフィールドでの無理は禁物だ。
(しっかし、奴の魔力ピンチに気づいたのが、リヴィエルなんだよなぁ……。あいつは自分のことでさえ無自覚だから、いよいよ手に負えない)
……本当に、天使ちゃんと契約してて良かったな。あいつが魔法を使った場面は1回みたいだが、相当に張り切ったのか、錬成度を高めに高めた状態のフィギュアエディットを使ったらしい。
フィギュアエディットは物質に作用する系統の魔法なため、意外と魔力消費量が多い。もちろん、天使ちゃん達のマテリアルレプリケイトや、タイムリヴィンドの比じゃないが、こういう魔法は一律、大幅に魔力を持っていかれがちだ。しかも、肝心のフィギュアエディットの効果は一時的かつ限定的で、非常にショボい。……きっと、この辺もフィギュアエディットが使い勝手もイマイチだと言われる所以なんだろう。
(魔界に帰ったら……ダンタリオンと策を練るのと一緒に、ミカエリスのトレーニングもしないとな……)
本人がケロッとしていたから、気にも留められなかったみたいだが。よくよく確認してみたら、魔力残量が厳しめになっていたと言うのだから、まずは無自覚加減を矯正することも考えた方が良さそうだ。
「こちらへどうぞ……アーニャさん! ジャーノンさんが来てくれましたよ!」
ご案内されている間に、真祖ならではの事情(やっぱり配下のことです)をアレコレ考えていると、パトリシアさんが元気よくアーニャを呼ぶ。そうして、アーニャもそれはそれは嬉しそうに笑顔を綻ばせるが……ここは邪魔せず、俺も孤児院に来た目的を果たそう。
(……シルヴィアはどこだろう?)
俺がジャーノンを誘って孤児院に来た理由は、もちろん、気分転換が大部分を占める。だが、それとは別に、アケーディアから感じた魔力の親近感について、思い当たることがあったからだ。結局、本人には聞けず仕舞いになったが。兄貴の魔力にはそれとなく……シルヴィアの空気と近いものがあった。それに……。
(えぇと……あぁ、あったあった。しかし……ったく、ルシファーの奴はどんだけ、俺を巻き込めば気が済むんだ?)
選考基準はよく分からないが、「これを持っておけ」と……あいつは知れっと天使ちゃん側のデバイスまで、俺に寄越してきやがった。神界の機密情報ごと貴重なブツを渡してくる時点で、信頼されていると考えてもいいのかも知れないが……もうちょい、悪魔に対して警戒心を持った方が良くない? それとも……。
(……これは、何か? 俺は悪魔として、警戒にも足らないって事なんだろうか……?)
もういいや。……余計な不安は抱えないことにしよう。
そうして、アーニャとジャーノンが再会の感動を分かち合っている横で、パネルの中から関連記事を読み漁る。……うん、しっかり書いてあるな。シルヴィアの血統について……バビロンから「ハイン(=アケーディア)の血を引く王女様」と言質が取れていることも。
(さて……と。お邪魔虫はここらで退散しますかね)
見れば、アーニャとジャーノンはとってもお熱いご様子で……控え目ながらも、確実に2人の世界に入り込もうとしている。特段、ジャーノンとは一緒に帰らなくてもいいわけだし、俺はシルヴィアの様子を見に行くか。
(それに……嫁さんが起きてたら、それはそれで面倒だしな。早めに帰るに、越した事ない)
シルヴィアは誰かさんがわざと「先祖返り」として仕立てた存在だろうことは、もう疑いようもない。そして、ご丁寧にクロナデシコを髪飾りに仕込んだのは、アケーディアだろう事もなんとなく、予想できる。あいつもきっと、感じることができたんだろう。彼女の血統が自らの親類だってこと……延いては子孫であり、「先祖返り」にするのにこれ以上ない程の「逸材」だったってことを。
(そう、俺があいつに感じた魔力はシルヴィアと近いもの……明らかにどこかで触れて、慣れ親しんだものだった。なるほどな。具体的な血縁はなくても、魔力的な繋がりはあった訳か)
そんな事に思い至ると、今度は妙に気恥ずかしくなってくる。いや……ルヴラに感じたのは同情であって、親愛ではない……と、思う。まさか、彼女が精霊だけではなく、悪魔の孫でもあったなんて思いもしなかったけど。精霊の孫だってことが分かっていた部分もあったし、何より当時の人間界はまだまだ魔力も豊富だったし……ちょっとした違和感は軽く流してしまっていた。
(しかし……だからって、自分の子孫を巻き込むかねぇ……)
それもマッドサイエンティスト(なのかな?)たる衝動なのかも知れない。いずれにしても、俺は子供を拵えたこともないし、親心とかはよく分からん。パパ的な擬似体験は不本意ながら、散々してるけど……残念なことに、本物の「親子の情」とやらを体験する機会には恵まれなかった。
(そもそも俺自身、父親ってガラじゃないし……相手がリッテルである以上、子供の事は考えるだけ無駄だな)
父親になる事を望んだわけでもなし、天使が子供を産めない現実も変わるわけでもなし。大体、これ以上変な親戚が増えたら、俺の精神が持たない。子供も親戚も、既に色々と間に合ってる。主に、バラエティの豊かさ的な意味で。
そんな俺でもある程度は「同類かも」と魔力に親近感を抱けるのだから、アケーディアにしてみれば、自分の子孫を見分けるのは容易だろう。そう、奴は知っていたんだ。シルヴィアが自分の子孫であるということも、悪魔と精霊の血を継いだハーフエレメントだったってことも。そんでもって、非常に小癪なことに、俺が用意した髪飾りにクロナデシコを仕込みやがった。
(そして、クロナデシコの出どころは……)
ヴェルザンディ……要するに、妖精族のドルイダスが持ち込んだものに違いない。その辺もさっきの報告書の段に書かれていたが、バビロンの証言によれば……ヴァンダートの悪魔研究家と契約を結んでいたらしいアケーディアは、そいつに成りすましていた時期がある模様。そして、その悪魔研究家の名前は、ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ。……ヴェルザンディが「夫の姓」とかって、ご披露してくれたフルネームとバッチリ一致する。そんでもって、アグリッパと言えば、有名な悪魔研究家の1つなんだ……って、ダンタリオンが言っていたっけ。