3−23 ウコバクは確かに可愛い
ギノの精霊情報を登録し、改めて登録者に私の名前が記載されているのを確認した後……リストを片手に、ハーヴェンのリクエストを交換する。リストには昨晩のデザート・ザッハトルテをベルゼブブの手土産にしたいということらしく、その材料もしっかり含まれていた。
実際、濃厚なチョコレートに包まれたケーキは今まで出てきたデザートと比較しても、遥かに手の込んだ1品だろう。聞けば、秘伝のレシピで作られた、由緒正しい伝統を持つケーキだという。ほろ苦い中にも果肉感を残したアプリコットソースとナッツ類の濃厚なペーストが程よい酸味と甘さ、そして極上のまろやかさを加えており……奥行きのある味わいが口の中に重厚な余韻を残しつつ、最後はカカオ本来の酸味がスッキリと喉を通過していく。初めはホール丸ごとだったのを、8分の1で1切れずつ切り分けてもらったのだが、あまりの美味しさに子供達は言うまでもなく、私でさえ2切れ食べきってしまった程だ。
恐らく、そんな特製ケーキを持参して、ウコバクの貸し出しを打診しに行くつもりなのだろう。確かに、ベルゼブブにも何だかんだでお世話になっている気もしないでもないし、そのくらいはいいと思う。ついでに、リストにはない小魚も大量に交換する。以前、コンタローが飛び上がって喜んだ「高級品」は、きっと他の子も喜んでくれるだろう。これはウコバク達へのお土産だ。
「ルシエル様、こんなに小魚を交換して、どうされるのですか?」
しかし、私がひっそりと1人で悦に入っていると……一挙一動に視線が集まるものだから、ただ物品交換をするのにさえ苦労する。別にそれは勝手だろうと思うのだが、すぐさま無視するのもよくないと思い直し、世間話程度に答える。
「ハーヴェンが子分達の様子を見に、魔界に顔を出すそうですので。彼らへのお土産に……と」
「ハーヴェン様の子分って……確か、ウコバクちゃん達ですよね? 私もウコバクちゃんに会いに、魔界に行ってみたい……」
「あ、それは止めておいた方がいいと思いますよ……」
「そうなんですか?」
「ウコバクは確かに可愛いとは思いますが、他の悪魔……特にハーヴェンの親玉は、冗談抜きで恐ろしい相手ですから……」
「魔界はいろんな悪魔の住処ですもんね。こっちから出向いて……悪魔の旦那様探しは、難しいって事でしょうか」
あの滅亡的なセンスはできる事なら……一度も目にしないで過ごせるに、越した事はない。それに、悪魔全員がハーヴェンみたいであれば、良いのかもしれないが。どちらかというと、彼の方がかなり貴重な存在だ。
今はそれなりの関係になったとは言え、初めはただ契約しただけの相手のために家の留守を守り、食事まで作ってくれていたのだ。……そこまで甲斐甲斐しく働いてくれる相手が、自分の欲望に忠実な悪魔の中にそうそういるとは思えない。
兎にも角にも、一旦会話が途切れたところで足早にその場を立ち去る。本当はギノのことを直接報告したかったのだが、珍しくラミュエル様はご不在だった。何れにしても……監視データと一緒にギノのことは記載もしたし、面倒がないうちにさっさと帰ろう。