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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−39 巻き込むにしても、あんまりだろうよ

 孤児院の中庭で立ち話で済ませる内容ではないのは、分かっている。どう考えたって、2つの話は心の前準備が必要な内容だ。それでも、何となく流されるまま……ルシエルの話からの延長で、俺はギノに洗いざらいを白状しちまっている。

 きっと、この強引さは俺自身が肩の荷を下ろしたいだけの、エゴなのだろう。話せばスッキリする気がして。話してしまえば、責任が減る気がして。気づけば、ギノの気持ちを考えることもなく、一気に事情を話してしまっていた。


「……そう、だったんだ。僕は……僕は……!」


 だけど……やっぱり、いくら物分かりが良すぎるギノでも、ショックを隠し切れないのだろう。とうとうボロボロと涙を零しては、肩を震わせ始める。この涙は……俺のせい、だよな。そもそもヤジェフと再会した時に、それとなく伝えておくべきだったんだ。お前の父親は生きている……って。


「辛い事ばっかりで、嫌になっちまうよな。ごめんな、ギノ。……ウチの子に悲しい思いはさせないって、約束したのに。約束、守れなくて……」

「いいえ、違うんです……! 僕のこれは……嬉し涙なんです。ようやく……僕はいらない子じゃなかったんだって、知ることができて。……お父さんが、僕を迎えに来ようと……一生懸命だったこと、忘れなかったこと。しかも、僕にはまだ、お父さんに会えるチャンスが残っている……!」


 最後にグズっと大きく鼻を鳴らして、涙を拭うギノ。そうしてから、キリッと表情を切り替えると……1人の竜族として、淡々と決意を語り始める。


「……僕とお父さんには、まだ時間がたくさん残っています。竜族も悪魔さんも……魔力さえあれば、生きていけるのですから。だけど……お父さんと一緒に過ごすためには、まずこの世界を立ち直らせないといけない。その為に……まずは、僕がするべき事を考えなくちゃ。……大丈夫です。お父さんは……きっと、僕の事を、時間さえあれば思い出してくれるはずですから。……僕は……絶対に諦めません」


 本当に……ギノは強くなったな。自分のなすべき事をしっかりと、見据えている。しかも、この見事な立ち直りようだ。挫けない、諦めない……俯かない。ある意味で、苦難に慣れてしまったが故の機転の良さなのかも知れないが。……ここまでスムーズだと、ギノが急激に大人になり過ぎている気がして、却って心配になっちまう。


(やっぱり、この芯の強さは必要以上に苦労してきたから……なんだろうな。そして……)


 沢山の困難を乗り越えてきたから、なのだろう。

 まだまだ子供だったはずなのに、ギノの人生にはあまりに理不尽な事や、非常識な事が多すぎる。しかも、どれも本人が悪いわけでは、決してない。孤児になったのだって、そう。竜族になったのだって、そう。どちらも、キッカケにはこの子自身の意思は全く介入していない。どこまでも周囲の大人の事情が原因だった。


(それにしたって……何気なく巻き込むにしても、あんまりだろうよ……)


 だけど、この子は自身に降りかかる苦難に弱音を吐いたことはない。悩む事はあっても、諦める事はなかったように思う。ただ……がむしゃらに課せられた試練をクリアしてきた。想像を絶するような、苦難や努力と一緒に。


「ハーヴェンさん。それはそうと……エルが竜女帝様になったって、本当ですか?」

「うん、本当。あの子もきちんと脱皮を乗り越えられたみたいだぞ」

「そう、ですか……でしたら、うん。エルにも会いにいかないと。それで……これからの事を竜族として話さなきゃ」

「あぁ、そうなるのか。……本当に、ギノらしいな」

「えっ? 何が、でしょうか?」

「ハハ、別に深い意味はないよ。こっちの話だ」

「……?」


 しっかり者と見せかけて……何だかんだで変わらない、ギノの鈍さにちょっと安心してしまう。使命感に燃えるのは何よりだが……乙女心ってヤツをまだまだ、分かっていないみたいだな……。


(エルノアが欲しい言葉は「おめでとう」じゃなくて、「会いたかったよ」だと思うけど)


 この調子だと、ギノの口からそんな色っぽい言葉は出なさそうだ。エルノアはちっとも変わらない「堅物」なギノの反応に、何て言うかな。

 ルシエルによれば、エルノアは竜女帝になったことで、相手の感情を読み取る能力にも磨きがかかっているらしい。結局はどこまでも真面目かつ、鈍感なギノの空気を感じて……エルノアはちょっとガッカリするかも知れない。


「さて……と。慌ただしくて、すまないけれど。そろそろ、出発しなければならない……か。まずは長老様の話を聞きに行かないとな」


 きっと、俺達の話もひと段落したと判断したのだろう。嫁さんがやっぱり難しい顔で、こっちにやってくる。


「お話、終わった?」

「あぁ、一応は……な。話だけは終わったよ」


 俺の含みのある反応に、「分かってる」と小さく答えたかと思うと、ルシエルが改めてギノに向き直る。


「ギノ、突然で悪いのだけど……一旦、一緒に竜界に来てくれるか」

「もちろんです。……是非にお供します」

「うん、ありがとう。……ギノ、本当に辛い思いばかりさせて、ごめんね」


 いつの間にか、穏やかに微笑むようになった嫁さんに、やっぱりいつも通りの遠慮がちな様子で、首を振るギノ。そうして、決意したようにギノが中庭で本性の姿に戻る。


「それでは……ハーヴェンさん。行ってきます!」

「おぅ、気をつけてな。アーニャ達には俺の方から伝えておくから、後のことは任せておけ。それと……ルシエルもしっかりな」

「分かっている。……これでも、私だってギノのマスターなんだ。ここでしっかりできなければ、大天使の名が廃る」


 そうそう、その調子。これから起こることは決して、楽しいことでもないし、嬉しいことでもない。間違いなくやってくる「別れ」を迎えるための、前準備。それでも……それぞれができる事を全うするために。力強く空へ舞い上がる銀竜の姿を見上げては……俺はこれ以上悪いことなんて、起こらないようにとただただ、祈るのみだった。

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