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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−37 同じ過ちを繰り返さないように

 今日は一体、どうしたのだろう?

 庭先でみんなと一緒に、女神様が育てたオトメキンモクセイを眺めていると……神妙な顔をしたマスターがやってくる。しかも、ちょっぴり無理をしている笑顔のハーヴェンさんと、不安そうなコンタロー達も一緒で。


「どうしたのですか、マスター。えぇと、アーニャさんを呼んで来た方がいいのでしょうか?」

「いや、今日はギノに大事なお話があって来たんだ。もちろん、アーニャやネッド達にも聞いて欲しい話ではあるのだけど……」


 いつも以上に難しい顔をしているマスターの歯切れが、ほんの少し悪い。


「……ギノ。長老様が君を呼んでいる。とっても大切な話があるから、連れて来て欲しいと頼まれてな」

「長老様が、僕に……ですか?」

「あぁ。それで……と、その前に。この状況では話づらいな。ハーヴェン、例のアレ……お願いできる?」

「はいよ」


 マスターの合図に、ハーヴェンさんがようやくいつもの調子で他の子達をお茶に誘い始める。バスケットの中身はさくらんぼのタルトだなんて、戯けて見せては……みんなをたちまち笑顔にするけれど。それに引き換え、いつもなら真っ先にハーヴェンさんのおやつに飛びつくマスターの表情は緩まないままだ。


「因みに……今日のタルトも絶品だった。私達の分もしっかり残してもらえるから、そこは心配しないように」

「えっ? あ、あっ、はい……」


 なるほど。マスター、おやつはしっかり貰った後なんだ……。しかも、「私達の分もしっかり残してもらえる」と言っている時点で、まだ食べるつもりらしい。マスターは本当にハーヴェンさんのおやつが好きだよね……。そこはいつも通りで、ちょっと安心してしまう。


「長老様はとある決断をされてな。……諸事情により、エレメントマスターの任を退かれる。そして、後継をギノにお願いしたいという事らしい」

「僕が……エレメントマスターに……?」

「あぁ。突然の事で、驚かせてしまってすまないのだが……この話には、あいにくとあまり良くない続きがあってな。それも含めて、ギノによくよく伝えるよう、長老様からお願いされているんだ。だから、ギノ。……今からとても衝撃的な事を話すけど、きちんと向き合って納得して欲しいんだ」


 お話を聞く前から納得してだなんて……マスターにしては、随分と理不尽な事を言うと思った。

 僕が知る限りでは、マスターは素直になれないことはあっても、意地悪なことはしない。契約している精霊に無理を強いることはしないし、上から押さえつけるように命令を下すことなんて、絶対になかった。

 もちろん、今からマスターが話そうとしていることが、それほどまでに「複雑な事情」なのは、何となく予測できる。だけど……念入りに前置きをしなければならないという事は、要するに……。


「……今日のお話はそれ相当の覚悟が必要な内容、という事でしょうか?」

「そう、だね。……相変わらず、ギノは色んなことにすぐに気づくね。こんな形で話をしなければならないのも、心苦しいのだが……いや。だからこそ、私がきちんと話さねばならないんだろう。……天使として、君のマスターとして。それが私の役目でもあるし、責任でもある」


 きっと、お話をする事自体にも覚悟が必要なんだろう。マスターはチラッとハーヴェンさんや子供達の様子を見つめては、少しだけ嬉しそうに微笑んだけれど。ちょっぴり安心した表情をすぐさま、緊張した表情に戻すと「長老様のお願い」の中身と、「どうして長老様がそんな決断をしたか」についてゆっくりと話し始める。


「……と、いう訳なんだ。……長老様は未来のために、ルートエレメントアップという禁呪を使って、ドラグニールとユグドラシルとの架け橋になるおつもりだ。そして、その事は竜族の総意でもあると言ってはいたが……きっとギノも気づいていると思う。そもそも、ここまでの決断を長老様にさせてしまったのは、天使の落ち度によるもの。……もっと早く世界の異変に気づけていれば、こんな事にはならなかったのだろう」


 それでも、もう後戻りはできないのだと……僕に言い含めるようにマスターが言葉を結ぶ。

 ……正直なところ、僕はどう答えればいいのか分からなかった。大好きな長老様は世界を救うために、犠牲になる。そうすれば、ユグドラシル……延いては人間界には昔のように魔力に溢れ、輝かしい世界が帰ってくる。

 だけど、それでは……リンドヘイム聖教の人達がやっていた事と、何も変わらないじゃないか。精霊を捧げて、ユグドラシルを復活させる。思想は違うけれど、手段はまるっきり一緒だ。そして、彼らがそんな思想を持ち出した原因は……。


「……悪いのは、マスター達天使様じゃない。もちろん、精霊さん達でもないし、悪魔さん達でもない。……全部が全部、人間が悪いんだ。何も考えずに、ユグドラシルに無理をさせたから……未来のことを考えずに、世界を消費したから……! だから、今の人間界は枯れかけているんだ。それなのに……そんな人間界のために、長老様が死ななきゃならないなんて……!」


 僕はかつて、人間だった。しかも、何もできないちっぽけで、自分勝手な人間。

 毎日毎日、明日は来ないかも知れない恐怖に怯えながら、自分で何かを良くしようなんて行動もせず。自分の事だけに精一杯になりながら、その日その日を生きていた。そんな僕の存在なんて、それこそどうでも良かったはずなのに。だけど、今は……。


「……僕、ようやく自分が生き残った意味が分かった気がします。竜族になったのはきっと、長老様の意思を受け継いで、ユグドラシルをずっとずっと見守っていけということなんだと思います。だからこそ、元は人間だった僕がユグドラシルを守らないといけない。もう2度と人間が同じ過ちを繰り返さないように、僕が見張らなければならないと……思うんです」

「そう。ギノは本当に優しいね。……時折、その素直過ぎるところが、心配になることがあるのだけど。それでも、君がそうして決意をしてくれたのは嬉しい。……本来は納得しろなんて言えた立場ではないし、向き合ってくれだなんて軽々しい内容でもない。だけど……前に進むために、長老様は真っ先に覚悟をしてくださったんだ。その想いを無駄にすることだけは、絶対にしてはならない」


 だからこそ覚悟をするために、私も思いっきり泣いてしまったのだけど。

 恥ずかしそうにそんな事を言いながら、マスターが力なく笑う。そうして、今度はハーヴェンさんからも僕にお話があると、彼を呼ぶ。だけど……様子を見る限り、ハーヴェンさんのお話もあまり楽しい内容ではなさそうだ。

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