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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−32 不明瞭に対する警戒心

「それで? あなたが排除の大天使、ですか」


 早速リヴィエルがお願いを叶えるために、呼んできてくれたのに。排除の大天使……オーディエルを見るなり、いかにも不満げな声を上げるアケーディア。何がそんなに不満なんだよ、と言いたいところだが。これはオーディエルがあまり乗り気ではないのを見透かしての、態度だろうと勘繰る。


「あぁ、いかにも。私はオーディエルと言う。それで、一応はリヴィエルの上司になるのだが……。マモン様、私は……」

「ハイハイ、仰りたい事は分かりますよ? お前さんは憂鬱の真祖じゃなくて、憤怒の真祖と契約を結びたいんだよな?」

「す、すみません……。本当はここまでの貴重な機会、諸手を挙げて喜ぶべきだとは思いますが……」


 そう、同じ真祖でもオーディエルさんが欲しいのは、サタンの契約なんだよな。うん、知ってる。正直なところ、彼女にしてみれば他の真祖の契約はあってもなくても、構わないんだろう。しかし……ここまで相思相愛のオーディエルとサタンが契約できないのには、深いようで、非常にアホらしい理由があって……。


「それに関しては、何つーか。悪いな、オーディエル。……サタンに契約を結ぶ脳がなくて」

「くぅぅぅ……!」


 サタンに足りないのは、能じゃなくて、脳な。呆れたことに……奴は大好きなオーディエルさんと契約を結ぼうって段で、祝詞の名乗り口上を覚えてなくて契約を預けられなかったらしい。……勿論、あまりの情けなさに、奴がヤーティにみっちりお説教されたのは言うまでもない。


「それで? 僕はどうすればいいんでしょうね? 契約、してもらえるのですか?」

「あっ、はい……私でよろしければ、謹んでお受けいたします。お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません……」

「……全くですよ。まぁ、いいでしょう。お互いの気が変わらないうちに、サッサと済ませてしまいますかね」


 それでも、何かを決意したらしいアケーディアが契約を急かす。そうされて、オーディエルも「失礼しました!」と大天使にしては随分と、腰の低い雰囲気(と言うよりは、緊張している?)でアケーディアに応じている。


「では、いきますよ……僕はアケーディア。憂鬱の真祖たる権威において、ヨルムンガルドが託されし思慮を礎に、持てる全てを捧げ……汝が戒めを受けると共に、マスター・オーディエルに魂全てを隷属させることを誓いましょう」

「……ありがとうございます。確かに契約を授かりました。無論、契約を預けていただいたからには、決してこちらは悪いようにしません。ですので……」

「分かっていますよ、そんな事。……僕も悪いようにはしませんし、悪いことも控えておきます。もう……本当に色々と疲れてしまいましたからね。だけど……そうそう、マモン」

「あ?」

「あなたにまだ、僕のお願いを伝えていません。ここまできたら、きちんと聞いてくれますね?」

「内容によるけど……ま、よっぽどの無茶振りじゃなきゃ、聞いてやるよ」

「……よろしい」


 そう言や、兄貴は俺にお願いがある……なんて、言ってたな。


「……最初はカリホちゃんを返してもらって、自分でやろうと思っていたのですけど。先程の様子を見ていて、気が変わりました。あれだけ、カリホちゃんを上手く扱えるのです。この際ですから……僕の代わりに、カリホちゃんで霊樹・ローレライを斬り伏せてきて下さい」

「は? どうして、俺がローレライを伐採しなきゃならないんだよ?」

「ローレライは僕達を裏切った大天使……ミカエルの制圧下にありましてね。僕としては目障りなこと、この上ない。しかも……バビロンの直感では、あのお城は壊してしまった方がいいそうですよ?」

「お城……?」

「えぇ。それはそれは見事な城になっているのですよ、今のローレライは。そして、城主がミカエル……というわけです。……バビロンは掴みどころがない部分はあれど、直感だけは優れていますからね。虚飾の真祖だけあって、他者の上辺さえも、ある程度は精査することができるのです」


 そんなバビロンさんサーチによると、ローレライの魔力は「とってもおかしい」状態で、「思っている以上に、悪戯好き」らしい。私怨以上に、アケーディアとしてもバビロンさんの直感について、気がかりなのだそうで。


「そうでしたか……アケーディア様」

「はい、なんでしょうか?」

「今のお話、神界に持ち帰らせていただいても?」

「……勿論、構いませんよ。契約には、そういった類のリップサービスも含まれるのでしょうから」

「ありがとうございます。貴方様の証言は神界側の調査内容とも、一致する部分がありまして。ますます、急がねばならなさそうですね」

「かも知れませんね? ですが、僕はここでお留守番することにしましたから。だから……」

「ハイハイ、分かってますよ。……俺が代わりに行ってきますから。お前らもそれでいいな?」

(麻呂は異論おじゃらん)

(我も承知ぞ、若。ご褒美は……ふむ。後でたっぷり頂こうかの)


 くそぅ……十六夜の奴、ご褒美は忘れてなかったか。


「で? カリホちゃんは?」

(……仕方あるまい。ここで否と答えたところで、行く当てもなし。……小生も構わんぞ)


 肝心のカリホちゃんの承諾も頂いて、一安心か。そうなれば……もう、俺がやるしかないか。面倒臭い……は言わないでおいとこ。


(しかし……リルグ遠征が想定外の結果になったなぁ……)


 1人、犠牲を出す羽目になったが……それ以外は無事にひと段落着いたし。このままジャーノンと一緒にカーヴェラへ帰れば、嫁さんやホーテンさんも安心してくれるに違いない。


***

 本格的に闇が降りて来ようと、空が紺碧に染まり始めた宵の口。カーヴェラの時計台に、音もなく漆黒の悪魔が舞い降りる。カラスの姿でありながら、口元に獰猛な牙を揃えたそれは、器用に嘴でニヤリと微笑んだ。


(さて……と。そろそろ、向こう側の姿に戻っておきましょうか。しかし……皮肉なものですね。渋々残しておいた契約が、こんなところで役に立つなんて)


 夜が来る前に、いい子も悪い子もおうちに帰るのが人間界の常識。そんないつまで経っても払拭されない常識に囚われた街は、既に人っ子1人見当たらない。そうして静まり返った街を、蔑むように見下ろしながら……カラスの悪魔・プランシーは小馬鹿にしたようにフッと、息を吐く。


(とりあえずは、ルルシアナ邸に行きますか。……接触は明日からにしましょう)


 今の姿であれば、古巣……孤児院に帰るのでも、問題はないのかも知れないが。この時間から訪問したのでは、怪しまれるだろうし……何より、当然のように警戒されるに違いない。何せ、「彼女達」は知っているのだ。2人のプランシーが1人になってしまったことを。そして、プランシーもまた、知っている。彼女達が今のプランシーが「どちらなのか」、判断する材料を持ち得ていないことを。故に……たとえ本当に「コンラッド側のプランシー」だったとしても、不明瞭に対する警戒心がある限り、「どちらなのか分からない」状態の彼を手放しで迎えてくれるとは、考え難い。

 だからこそ、ここは複数人を相手にしてリスクを負うよりは、特定の契約主を利用した方が危険も少ないだろうと、プランシーは判断する。それでなくても、片割れが最後の最後まで固執した契約主は相当に優秀な大天使らしい。しかも、彼の記憶を辿るに……好都合にも、それなりのお人好しでもあるようだ。

 あれ程までに彼女との契約を鬱陶しく感じていたのに。今となっては神界の中枢に近い立場と、懐中に入り込める隙を持ち合わせる大天使の存在が、何よりも好都合だと……プランシーは人知れず、ほくそ笑む。


(しかし……随分と寂れましたね、ルルシアナ邸も)


 だが、借宿の前庭に降り立ったプランシーは、すぐさま異変にも気づく。周囲が漆黒に飲まれそうだと言うのに、目の前の屋敷は抵抗もせず夜を受け入れるつもりらしい。灯りの1つもないのを見るに……家人は眠っているか、留守のどちらかだと思われるが。


(この時間で眠っている、はないでしょうな)


 いくら夜になりかけているとは言え、まだまだ夕刻の類に入る時間帯。どんなにいい子でも、早寝にも程がある。それでなくても、悪い子揃いだったルルシアナにそれはないだろうと……皮肉で鼻を鳴らしては、1つの結論に思い至るプランシー。おそらく、ルルシアナ……延いては、彼らを乗っ取っていた「カリホちゃん」が何らかの理由で根城を離れたか、或いは捨てざるを得ない状況に陥ったのだろう。きっと、全員でいなくならなければならない程の、深い深い事情があったに違いない。


「まぁ、用もなしに家人を探すのも、無意味ですね。……一晩ご厄介になるくらいは、問題ありませんか」


 いずれにしても、今宵のルルシアナ邸は好き勝手に使っても、誰にも咎められなさそうだ。何気なく、ドアノブに手をかけると……これまた、大広間へ続くドアも素直に開く。あまりの呆気なさに、警戒心を募らせるプランシーだったが……今は孤独な方が都合もいいと、本気で考える。何せ……。


「……無駄ですよ、コンラッド。……今更、抵抗したところで……私達は1人でしかありません」


 薄暗い廊下に響くのは、明らかな独り言。聞いている相手もいないはずならば、届けたい相手もいないはずの言葉。それなのに……内から抵抗するように疼く悪心に忌々しさを感じながら、プランシーは不愉快をやり過ごす。

 後悔も懺悔も、もはや無意味だ。自ら望んで子供を殺めた現実は、どう頑張っても覆らない。そんなこと、分かり切っているはずなのに。それなのに……自分の一部が馴染み切らずに、もがくのが何よりも煩わしいし、もどかしい。

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