20−28 ドヤ顔がとってもチャーミング
アケーディアの妙な塩梅の研究熱心さは、どことなくダンタリオンに似ている気がする。そうして、思い出したくもない配下のドヤ顔を思い浮かべながら……ついでに、とある事にも気付く。
「もしかして、もしかするか? 新しい魔法を試すいい機会かも知れないし、ここはポンコツ悪魔第1号さんを呼んでみるか……」
「えっと、ボス……それって、もしかして、ダンタリオン様のことですか?」
「うん。俺が言っているのは紛れもなく、ドヤ顔がとってもチャーミングなダンタリオンのことだな。今、さ。ダンタリオンが竜族さんのお願いで、ちょっとした新しい魔法を構築中でな。それがちっと危ない魔法だから、デモンストレーションができないままだったんだけど……」
霊樹もどきまで進化したオトメさんに、領分なしの相手に紋章をサクッと刻める真祖様。そんでもって、魔禍が見境なしに活躍できるレベルで瘴気も濃ゆいとなれば。……このフィールドの浄化も必要なことを考えると、霊樹そのものを伐採するよりも、正常化して残しておいた方が都合がいいかもしれない。
「ダンタリオンの魔法が成功すれば、アケーディアの望み通り、こいつを残すことも可能かもしれないな。しかし……まだ、ちょいと気になる事があるんだが」
「おや、そうなのですね? 是非にそちらの魔法も見せていただきたいのですが……それにしても、気になる事とは? 僕に分かることであれば、答えますよ?」
うん、やっぱりこいつはポンコツ悪魔第1号さんと同類っぽいな。魔法のデモンストレーションという餌をぶら下げたら、途端に協力的になりやがった。下手に会わせて、妙なことにならなければいいんだけど。
「さっき、ヨフィさんがオトメの花は定期的に届けられているって、言っていたけど。……こんな有様で、誰がどうやって花を収穫していたのかが気になってな。しかも、オトメキンモクセイは赤い花を咲かせると、次世代に種を残せないんだよ。でも……見た感じ、こいつ以外にオトメはなさそうだったし。だとすると、どうやって新しい花を咲かせてたのかが気になってな……」
「あぁ、その事ですか? ですから、言ったでしょう? 僕はオトメ栽培をオートメーション化するために、工夫を重ねていたのだと。従業員の皆さんは、そういう意味でも有効活用させていただいていました」
あっ、確かにそんな事も言ってたな。
「しかし、有効活用って……どんだけ自分勝手なんだよ、お前さんは。生きてる相手を、ホイホイ材料扱いするんじゃねーし」
「フゥン? つくづく、あなたは悪魔らしくないですよね。……人間なんて、いくら殺しても問題ないでしょうに」
「……悪魔っぽくなくて、悪かったな」
まぁ、確かに……悪魔の理論からすると、そうなるか。で、そういうオイタをやらかす奴がたまーにいたりしたから、天使ちゃん達が目を光らせる結果になったんだろうけど。でも……今となっては、悪魔的な思考回路がとっても気に入らない。
(って、何を考えているんだ、俺は。こんなことを考えるなんて……)
アケーディアが仰った「自己中心主義」は、悪魔として「清く正しい」主張に他ならない。そんな悪魔にしてみれば真っ当なご意見に、怒りを覚えるなんて。昔はそれこそ、俺だって平気で人間を虐殺してただろうに。
……きっと、俺がこうなったのはリッテルのせいだ。うん、間違いない。でも……。
(はぁぁ……それでも、今の自分はそんなに嫌いじゃないんだよなぁ……)
大悪魔としては、超絶に情けない限りだが。情けない自分も気に入っていたりするから、手に負えない。まぁ、いいや。ここはとりあえず……話を進める意味でも、「言いたいこと」は飲み込んでおこう。
「それで? 具体的にはこいつからどうやって、定期的に花を収穫してたんだ?」
「あぁ、あの建物ですよ。あちらにちょっとした仕込みをしてあります」
切り株の上から一望したくもない、寂れたゴーストタウンをクイと顎で示すアケーディア。そうして、ジャーノンに意味ありげな一瞥を寄越した後に、飄々と残酷な手の内を明かしてみせる。
「何も、特別な事ではありませんよ。魂の怨嗟を傀儡に押し込んだまでのこと。……こうしておけば、彼らは魔法道具扱いになりますので、天使の監視に引っかからないのです。まぁ、元はバビロンが保存食を持ち歩くためにお人形を作っていたのを、ヒントにしただけですけど。でも、僕の作ったお人形はただ喋るだけじゃなくて動くんですよ、きちんと。何せ、特殊な魔法道具として生成していますからね。瘴気を原動力として、とってもお利口に働いてくれるのです」
魂の怨嗟……か。そういや、ウチのクソ親父もリッテル人形に魂を封入してどうこう……なんて、悪趣味をやらかしていたっけな。バビロンの様子を知る限りだと、彼女の場合は魂を啜ることで記憶の肯定をするために、仕方なく大悪魔の習性を利用していただけだろうけど。多分、アケーディアのそれは「必要で仕方なくて」やらかしたもんじゃないだろう。
「なるほど、ねぇ……確かに、理論上は可能かもしれないな。魂を逃さずに封印さえできれば、記憶とセットで生活習慣も残すことができる。そのために……あぁ、なるほど。それこそ、“ガワ”はエンドサークルでも仕込んだ魔法道具を作ったのか。で、その様子だと……お前さん、必要な記憶だけを残して、他は啜ったりしたか?」
「お見事。伊達に大悪魔をやっている訳ではありませんね、君も。その通りですよ。僕は新型の魔禍を作る研究をするついでに、魂の有効活用ができないか実験をしてましてね。いやぁ、それなりに苦労しましたよ? それでなくても、魔禍になりかけた残留思念は流動的ですから。ですけど、僕には優れた知性と魔法があります。それで見事にこちらにいた農家の皆さんを配下とし、めでたく従順で疲れ知らずの労働力を得た、と言う訳です。なお、君が引っかかっていた青い花は元から、別枠で室内栽培だったようでしてね。種は種で、きちんと確保されています」
「……へぇ、そう」
「おや? ……随分と萎れましたね、マモン。どうしました?」
「いや、別に何でもない。ただ……ちょいと、付いて行けなくなっただけだ」
「ほぉ、そうですか。ふふ……なるほど、なるほど。いくら君とて、僕の崇高な研究は理解できないと言うことですか」
「……」
あぁ、なんと言いますか。やっぱり、こいつとはソリが合わない気がする。悪魔だとか、悪魔じゃないとか……そんな事以前に、悪事をこうもスラスラと得意げに語れる時点で、根本的な美意識が違う。それこそ、ここぞとばかりに素敵なドヤ顔をするなし。俺にはどう頑張っても、この兄貴の悪魔っぷりは真似できそうにない。