20−24 ボスには敵わないや
やっとこさ言うことを聞くようになった、妖刀・カリホちゃんを振るってみれば。驚きの切れ味には、流石の俺も度肝を抜かれちまう。今回の相手が得意分野だったとしても、丸太レベルの枝もスパスパと気持ちよく落としてみせるのは、純粋に凄いと思うんだ。
「へぇ〜……こいつはたまげたな。お前さん、やるじゃねーか」
(当たり前だ! 小生を誰だと思っておる! かつては鬼伏せと恐れられた、夜叉巫女であるぞ。この程度の赤鬼、一刀に断じてくれよう!)
「だってさ、十六夜。お前さんも切れ味抜群だと思うけど……ま、今回は相手が悪かったな。ここはカリホちゃんに任せて、ド変態は大人しくしてな」
(ほほ……分かっておるぞえ。それにつけても……さりげなく罵ってくる若も、なかなかに堪らんの。良き哉、良き哉。役立たずのゲスヨイマルはしばし、休ませてもらおうかの。グフ、グフ、グフフフフ……!)
合間合間におねだりされても敵わないと、気を利かせて先制攻撃でサービスしてみれば。ちょっと罵っただけでも、効果は抜群。妄想も捗るようで、何よりなこった。しかし……どうしてこいつは、自分で役立たずって言っちゃうかなぁ……。セルフサービスにも程があるぞ。
(……月読の趣味は相変わらず、解せぬ。……小僧も相当に苦労したのではないか?)
「うん、とっても苦労してる。最近は所構わず、オープンモードでこんな調子だから。……俺も一緒に羞恥プレイを堪能させられてる」
(そうか……それは、可哀想に。仕方ない。小生がその労苦にしばし、報いてやろうぞ。それにしても……小僧はきちんと、此奴らに向き合ってきたのだな……)
きちんと向き合ってきた……と言うよりは、そうでもしないと言うことを聞いてくれなかったから、仕方なく相手してきただけどな。しかしながら、折角素直になったカリホちゃんのおヘソを曲げるのも、面白くない。……ここは知れっと、そういう事にしておこう。
「とにかく、このままコンスタントにダメージを与えていくぞ」
(分かっておる。ここは力を貸してやるから、存分に小生を使えばよかろう)
「へーへー、そいつは有難いこって。そんじゃ……遠慮なく行きますかね!」
***
「す、すごい……! 噂には聞いていましたが、マモン様は本当に何でもできるのですね……!」
防御魔法越しでも強欲の大悪魔の放つ攻撃の凄まじさは、ありありと見て取れる。一瞬にして魔禍を全て閉じ込めた魔法の手腕もそうだが、既に大木となりつつある霊樹もどきに的確にダメージを与えている手際には、ただ見守るだけでは惜しいくらいにリヴィエルを魅了してやまない。
魔禍を完食させるために、適度に攻撃を与えているだけ……と見えて、時折追加の雷を降らせては、地上で蠢く魔禍の群れを弱らせつつ、きちんと霊樹もどきにお給仕までして見せる。しかも、容赦無く無数に飛んでくる枝の矢を打ち落としながら、である。
「そっか……やっぱり、リヴィエルも強い奴がいいんだね……」
「えっ? それは、もちろんそうですけど……。でも、マモン様は既婚者ですよ? 普段の様子を見ていても、付け入る隙はないと思いますけど……」
「いや、そういう事を言ってるんじゃなくて……」
「……それじゃぁ、どういう意味?」
「ゔっ……」
どうやら、セバスチャンが言わんとしていることを、変なところは鈍感なリヴィエルは理解できないらしい。こんな状況だというのに、呑気に首を傾げてはセバスチャンを困らせる。それでも、彼の真意をどうしても知りたくなったリヴィエルが、隣で同じく戦いに見惚れていたジャーノンに問いかけてみるが。
「すみません、ジャーノンさんには分かります? セバスチャンが何を言いたいのか……」
「えぇと……。私もセバスチャン殿が言いたいことは、何となく分かりますが……。全て聞き出すのは、野暮というものですよ。こればかりは、ご自身で気づかれるべきかと」
「えっ、そうなのですか? と言うことは……」
分からないのは、私だけなのかしら?
あからさまに困った表情の男性2名に挟まれて、リヴィエルがウムムと唸り始める。何かにつけ優秀で、頭脳も明晰なリヴィエルにとって、「分からないこと」があるのはこの上なく「気持ちが悪い」。だが、ジャーノンにも嗜められたように、「自分で気づくべき」と言われてしまった以上……これ以上の質問も憚られる。
「……こちらは終わりましたよ……と、言いたいところですが。僕がいない間に、これまた随分面白いことになってますね。この魔法はマモンのものですか?」
一方で、マモンから魔法道具破壊のご用命を頂いていたアケーディアとヨフィが戻ってくる。彼の弁によれば、件の魔法道具は町の外れにこっそりと設置してあったとかで……意外と時間がかかってしまったと、未練がましく嘆息するが。
「ふふ……私はとても楽しかったですけど。あんなにも大量の瘴気をいただけるなんて、ますます漲ってしまいましたわ」
「こんな所で、変な事を言わないで下さい。あなたにそんな趣味があったなんて、想定外もいい所です。……全く、これだから天使というのは。恋愛に敏感な上に好奇心も旺盛だから、よろしくない」
一方のヨフィはアケーディアが憂鬱だと感じた作業も、嬉々としてこなしてきた様子。アケーディアが呆れ顔を隠すことさえしない横で、心身ともに絶好調のようだ。
「ところで……そちらのあなた、悪魔ですよね? しかも……ふむ? もしかして、こちらの方も悪魔だったりします?」
先程までは近くに大物悪魔がいたせいで、気づかなかったようだが。ようやくセバスチャンとジャーノン(の魔力)に気づいたらしいアケーディアが、興味深そうに顎に手をやる。しかし、彼が答えを出すよりも早く、セバスチャンが食ってかかる。
「そうですよ。僕は確かに悪魔ですね。で……ようやく、しっかりと思い出しましたよ。あなたにロマネラの谷底に放り投げられたこと」
「……あぁ! あの時の記者さんですか、あなた。へぇ……やっぱり、生き延びていたんですね。メタモルフォーゼが発動しない時点で、生きているんだろうなとは思っていましたが。……そう。悪魔になっていたのですか」
「そう……じゃ、ないでしょ! あなたのせいで、どれだけ苦労したと思っている……うん? あれ? 僕……意外と苦労していないような……」
「……はい?」
しかし、情けないかな。食ってかかろうとしたところで、自ら「あまり苦労していないかも」知れないことに気付いてしまうセバスチャン。
確かに、自分は悪魔になった。そして、その原因は紛れもなく目の前にいるアケーディアに殺されたから。だが幸か不幸か、妹への後ろめたさと「真実を暴く」という目的(勘違いとも言う)に対する未練があったせいで、セバスチャンは闇堕ちを果たしてしまった。しかし……。
「考えたら、僕……悪魔になってからも、そんなに苦労していないんですよねぇ……」
「すみません……一応、確認ですけど。あなた、例の売れっ子作家のミカエリスさんで合ってます? しかも、その感じだと上級悪魔……ですよね? 上級悪魔ともなれば、相当の禍根と苦痛とを抱えて闇堕ちするものだと、聞いていましたが……」
「うん、普通はそうみたいですね。だから、記憶なんかも最初はほとんどなかったし、もちろん記憶を思い出す時はそれなりに苦労しましたよ? だけど……ほら、マモン様が意外と面倒見がいいもんですから。きちんと記憶を取り戻すのも手伝ってくれたましたし……僕は記憶に関しても、悪魔としての生活に関しても、そんなに苦労していないんですよ」
何せ、リッテル様の「あなたの魔界ライフサポート」もありますし……と、これまた情けなく頭を掻くセバスチャン。そうして、霊樹相手に単身で渡り合っている親玉を見上げては……やっぱり、ボスには敵わないやと嘆息するのだった。