20−21 微妙なところで繊細
「……そう言や、アケーディア。1つ、聞いていいか?」
「なんでしょうか?」
アケーディアが渋々と展開したポインテッドポータルを潜りながら、気になっていたことをここらで聞いてみようと、質問を投げてみるものの。どうも、こいつは俺が気に入らないらしい。手元の十六夜に怯える様子を見せるが、視線はとっても反抗的。
「お前さん、もしかして……領分なしの相手に、簡単に紋章を刻み込むことができたりするのか?」
「はて……それはどういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ。エンブレムフォースのエンチャント側には2つの効果があるのは知っていると思うが、領分違いの奴にぶっ放した場合、どっちにしても真祖側は死にかけるレベルの魔力を消費せにゃならん。だが、お前さんの話を聞く限り……ここにいるヨフィさんだけじゃなくて、他の奴らにも紋を刻んでたんだろ? その辺、何かカラクリがあるのかなって思ってさ」
「……そもそも、僕はエンチャントには2種類の効果があるなんて、概念は持ち合わせていませんが」
「は?」
マジで? 嘘だろ? もしかして、こいつ……隷属側でしかエンブレムフォースを使ってこなかったのか?
「僕はエンブレムフォースで紋章を刻んだ相手に、絶対逃避の特殊能力を授けることができるのです。それが真祖として持たされた能力でしてね。そして僕自身は憂鬱からも、現実からも……とにかく逃げる事を前提に作られているんです」
「……なるへそ。お前さんの紋刻みは特殊能力だったんだ。しかし……へぇ〜、絶対逃避ねぇ。なかなか、便利な力じゃねーか。それに……逃げる事が許されているだけ、マシだって思うけどな」
「それこそ、どういう意味ですか?」
「あん? だって、逃げていいって事は、何がなんでも生き延びろって事だろ? 要するに……そこまでしてでも、お前さんを残したかったって意味だと思うけど。それ……憂鬱のタネどころか、一応は作り主に大切にされてたって判断材料になるんじゃねーの?」
片や俺はヨルムツリーに「逃げる事」を許されたことは、1度もない。ルシファーに負けた時、確かに現実から逃げ出しはしたが……あれは俺が自分の弱さに耐えられなかっただけで、ヨルムツリーに敗走を許された訳じゃない。あいつはただ、俺を玉座の懐から摘み出して……苦しんでいるのを高みから面白そうに見つめては、せせら笑うだけだった。
「ま、そんな事情なもんでね。俺は遠回しにでも“逃げていい”と言ってもらえる事が、羨ましいよ。……真っ向から何もかもに立ち向かうのは、疲れるもんだ。それなのに……あいつは悪魔には楽しく暮らす事を強要する割には、真祖には苦しい役割を課してくるから、面倒クセェ」
「……あなた、本当に変な人ですよね」
「あぁ?」
「今まで、僕の特殊能力をそんな風に評価する人はいませんでしたよ。それこそ、ベルゼブブとやらには“逃げるだけじゃ、何も解決しない”なんて、全否定されましたが」
「あぁ〜……ベルゼブブは機嫌が悪いと、わざわざ相手の癪に障る事を言うからなぁ。シチュエーションが分からんから、なんとも言えないけど。その辺は……ま、忘れてやってくれるか。ちょっとした悪口は、悪魔のデフォルトだから。いちいち気にしてたら、精神的に持たんぞ」
悩み癖が抜けない俺も、人のことを言えないけどな〜。ここではとりあえず、内緒にしておいてもいいだろう。
「さて、と……で? ここがリルグか?」
「どこをどう見たら、ここが町に見えるのです。……不測の事態も考えられますし、直接リルグに入るのはオススメできませんからね。この場所はリルグから2キロほど離れた、森の中です」
「あっ、そうなんだ。……しかし、不測の事態が考えられるんだったら、もうちょいきめ細やかに面倒見とけよ。自分の手に負えなくなるかも、って考えたりしないのか?」
「別に、そうなったらそうなったです。それに……オトメは定期的に出荷されてきていると、報告も上がっていますし、今のところは問題ないと思いますよ。ですよね、ヨフィ」
「……」
「……ヨフィ? どうしました?」
様子からするに、アケーディアはオトメキンモクセイの管理なんかも、ヨフィさんに任せていたんだろう。しかし、表情を見る限り……ヨフィさんは突然話を振られて、困惑しているワケではなさそうに見える。これは、もしかすると……既に非常事態が起こった後だったりして。
「ヨフィ、何か気になることでも?」
「えぇ、少々気になることが。確かに、オトメキンモクセイ自体はコンスタントに入荷されています」
「そうですか。でしたら、問題ないじゃないですか」
「ですけど……品質には変化がありまして。以前よりも大きく、そして更に真っ赤な花が届けられえるようになりました」
「それはそれは。ますます、いい傾向です。レッドシナモンを作るのにも、好都合ではありませんか」
「……そうですね。実際に、新しい花で作られたレッドシナモンは、以前よりもスムーズに人間達の神経に作用する反面、精神的な崩壊は抑えられています。そして……僅かですが、理性を残すことにも成功しているようです」
ですけど……と、ヨフィが眉を顰めて言うことには。ハインリヒが作り出した「魔禍の失敗作達」に新・レッドシナモンを与えたところ、思わぬ変化が現れたのだと言う。
「彼らは一律、とある行動をするようになりました」
「とある行動?」
「えぇ。多分、植物としての本能なのでしょう。どうやら……光合成をしているようでして。食事を与えなくても、太陽光さえあれば生き延びるようになりました。そして、魔禍としての本能も残しているらしく……エネルギーが足りなくなると、共食いをするようになりましたわ」
「……とも、食い……」
いや、動物の共食いはたまに聞くけどな? 種の存続のためとは言え……それだって、ちょっと残酷だと思ったりするけど。人間の共食いは冗談抜きで、キツいって。それ、完璧にカニバリズムってヤツですから。社会的にも、道徳的にも、かなり不味くない?
「ほぉ……これは面白いことになっていますね。そうやって、弱い者が淘汰されるのも一興でしょう」
うわぁぁぁん! ここに更にヤバい奴がいるよ! それ、ちっとも面白くないからッ! 弱い者イジメ、カッコ悪い!
「おや? どうしました、マモン。顔が真っ青ですよ?」
「……いや。俺、さぁ。スプラッタにはある程度、耐性はあるけど……そういうものを食べる発想はちょっと……なくて、な。ま、まぁ……魔界でも人間を食う奴は結構いるし、共食いも……最下級悪魔の間ではあることっぽい。でも、あいにくと俺自身には人喰いの趣味はないもんでな。……あんまり生々しいことを想像したくないんだよ」
(ほほ。若は相変わらず、微妙なところで繊細だの。あんなに相手を切り刻んで、返り血を浴びるのは平気であろうに。食すのはダメと申すか)
「……ここぞとばかりに話に割り込むな、このゲスヨイマルが。仕方ないだろ。苦手なもんは苦手なんだから。そもそも、俺はそんなに食事は必要としないタチなの」
(おほ? ゲス……ゲス……! グフ、グフフフ……! なんと、甘美な響きぞ……!)
うぇぇぇぇん! こっちにはヘンな奴がいるよ! それ、ぜんぜん甘美じゃないからッ! 変態プレイ、見っともない!
(この人選は俺のせいには、違いないけど……)
いくら何でも、あんまりでない? ここまで色々と噛み合わないなんて、予想外だよ……全く。