20−18 劣化版だなんて思っちゃいない
堂々と俺相手に背中を見せるとなると……こいつは自信の現れか、はたまた敵意がないという意思表示なのか。しかし、さっきの敵襲から考えても、後者である可能性は低い。なるほど……多分、普通にナメられているだけだろう。
そんな事を考えながら、ヨフィさんのピンと張った背筋を見つめて案内されること数分。「こちらでお待ちください」と言われて通された部屋は、これまた落ち着かない程に広くて立派な場所だった。
(……どうして、貴族様の屋敷ってのは、こうもスペースが有り余っているんだろうなぁ……)
大体、こんなに広い必要、あるか? 掃除も大変だろうし、何もない空間も多いし。明らかに無駄じゃね?
「あなた、緊張しているの?」
「んなワケあるか。俺は広くて、明るすぎる空間は苦手なんだよ。できれば暗くて狭い所で、丸くなっていたい」
「あなたって、どことなく猫っぽいわよね。ふふ……もぅ、グリにゃんったら、本当に可愛いんだから」
「グリにゃん!」
「パパ、グリにゃん!」
「ダァッ! お前らも黙っておけ! 誰がニャンだ、誰が!」
「ふむ……グリにゃんも悪くないな」
「ホーテンさん、そこは放っておいて!」
も〜……これだから、嫌なんだよ。嫁さん達を戦場に連れてくるのは。せーっかく、ビシッと保っていた緊張感が抜けるだろーが。と言うか、せめて猫じゃなくて虎にしてくれよ。ガルルル。
「っと、お出ましになったな……あ? あいつ、誰だ?」
ヨフィさんに連れられてやってきたのは、俺と同じ顔をした白髪の男。見覚えがあるようで、完璧に初対面なこの雰囲気は……もしかして?
「あなたがもう1人……じゃないわね。劣化版あなた、ってところかしら?」
「……リッテル。初対面から、劣化版は失礼だろうが。頼むから、もうちょいソフトに対応してくれよ」
視線も態度もな。いくらヨフィさんが嫌いだからとは言え……お願いだから、いきなり睨むなし。そんでもって、いかにも憎たらしげに鼻を鳴らすなし。どうもリッテルは未だに、お姫様気質が抜けないみたいだな。気に入らないことがあると、すぐにほっぺたを膨らませるんだから。
(しかし、この魔力の感じ……どこかで、覚えがあるような?)
多分、目の前で俺とソックリな顔を晒しているのは、アケーディアとか言う憂鬱の真祖だろうと思う。紫の瞳は悪魔の中でも、最上位級として作られた証。そんでもって、瘴気耐性を最大限まで持ち得ている印。
どうも、クソ親父の故郷(要するにオリエント)では紫は「高貴な色」、赤は「縁起の色」と位置付けられていたらしく、奴の瞳が紫色だったのも、有り体に言えば「あっちの世界」では最高神だったから……という事に起因するそうな。
(しかし……あのクソ親父にはそんな威厳、これっぽっちもないけどな)
そう考えると、身の程知らずもよしとけよってくらいに、敵意剥き出してこっちを睨んでくるアケーディアの方がよっぽどマシに見える。ま……見た目は貧弱だけど。
だが、こいつの魔力は純粋に「悪魔だから」というタチのものじゃない。どこか、懐かしいというか……。
(……うん? こいつ、まさか……)
「マモン殿、この男は知り合い……いや、この瓜二つな様子を見ても、まさか兄弟とかか?」
何かに思い至ろうとした瞬間、ホーテンさんから当然の質問が飛んでくる。とにかく……今は敵の懐中なのを、忘れちゃ不味いだろ。朧げなノスタルジーを思い出そうとしている場合じゃないな。
「う〜んと……広義ではそうなるのか? 一応、同じ親から生まれているしな。しかし、そうなると……あっちが兄貴で、俺が弟……になるのかなぁ?」
だが、いかにも「バッチこい!」な空気がないのを見るに、相手にはまだまだ戦意はなさそう……か? そうして、素直にホーテンさんにもそれっぽい回答を差し上げてみるけれど。……意外な空気に、これまた拍子抜けしちまう。
「兄弟だなんて、よして下さい。……どうせ、僕は出来損ないの真祖ですから。最強の真祖でもあるあなたからすれば、兄だなんて存在ではないでしょうに」
「あ? ……意外と謙虚じゃねーか、お前。別に、さっきの嫁さんの暴言は流して良いんだぞ? 領分が違う時点で、劣化版だなんて思っちゃいないから」
「……!」
あれれ? 何気なく、詫びも含めてそんなことを言ってみたけれど。なんだか、ちょっと嬉しそうにアケーディアさんのほっぺがポッと赤くなる。もしかして、今の気休め……嬉しかったのか?
「ふん! そちらの方こそ、意外と素直なのですね? もっと無駄に偉そうにしているかと、思っていましたが……」
「え〜……俺、威張るのは疲れるし、嫌いなんだけど。それに俺は無駄に威張り散らして、配下に嫌われたりしたら、途端に弱体化する作りになってるんだよ。冥王様とやらにそんな枷を嵌められてるもんだから、ちっとでも気を抜くと、他の悪魔に舐められてあっと言う間に最下位転落だ」
「へっ? そ、そうだったのですか……?」
「あ? なんだ、お前……そんな事も知らなかったのか? いくら大悪魔として作られてても、あの意地汚いヨルムンガルドが無条件で力をくれるワケねーだろ。あいつは自分が魔界で1番であり続けるために、魔王代役の俺にはきっちり首輪を付けてんのさ」
そうして、人差し指で自分の首をなぞってみれば。いかにも興味深いとでも言うように、アケーディアが驚いた表情を見せる。それで……途端に真剣な顔になったかと思えば、予想外の事を言い出した。
「……本当に不思議な気分になりますね、あなたと話していると。まぁ、いいでしょう。その様子でしたら、多少はお願いを聞いてくれそうですし」
「お願い? 物騒な事じゃなければ、聞いてやらないこともないけど……あっ、そうだ。そう言や、俺の方もちょいと聞きたいことがあるんだった。そっちのヨフィさん絡みで……確認したいことがある」
「ほぅ、そうなのですね? ……ですって、ヨフィ。良かったですね? 意中の相手にそう言ってもらえて」
「……はい?」
意中の相手……? それ、俺のこと……?
「あら……気付いていましたの? ハインリヒ様」
「先程の様子で、気づかない方がおかしい。……力試しのおもてなしをご用意したのは、本物かどうかを確認するためだったのでしょう?」
「えぇ、そう言う事ですわ。それで……」
あなた様は文句なく、合格ですわ。
妙に上から目線でそんな事を宣ったかと思えば、更に焦ることを言ってくれるヨフィさん。その一方で、アケーディアは何だか面白くなさげな様子。小さくフンと悪態をつくと、そのまま黙りこくった。
「……うふふ。忘れたとは言わせませんわ。私はあなた様に抱かれたこと……きちんと覚えておりますの」
だけど……すみません。お願いですから、恥ずかしい事を皆さんの前で言わないでください。特に、嫁さんのご機嫌的に、冗談抜きでやめてください。しかも、今はホーテンさんもいるし……。ここは可及的速やかに、誤解を解いた方が良さそうだ。