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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−14 主人喰いの悪癖

「すみませんね、ヨフィ。しばらく、こちらに置いてください」

「……承知しました。ですが、今宵はお客様がお見えになる予定でして。少し騒がしくなります。ですので、夜は窮屈な思いをさせてしまう……あぁ、違いますね。もし宜しければ、ハインリヒ様もお客様にお会いになります?」

「客、ですか? しかも……僕にも会えとは、どういう了見なのでしょう?」


 おもてなしの準備に忙しいと言うのに。情けないにも程がある様子で、一応の親になるハインリヒが「ヨフィの根城」……ルルシアナ家本邸に逃げ帰ってくる。ローレライが不測の事態に陥っているそうで、大天使・ミカエルに出し抜かれた結果、制御そのものを奪われてしまったのだと言う。


「あの……ごめんなさいね、ヨフィさん。突然、お邪魔して。何かあれば、お手伝いもするわ」

「……構いませんよ、フェイラン……いえ。バビロン様とお呼びした方が良さそうですね。ご心配には、及びませんわ。幸いと、手は足りております。……虚飾の真祖様のお手を煩わせる事もございませんから」

「そ、そう?」


 以前は会話に口を挟む事などなかったはずの、バビロン。それがどう言うわけか、おずおずとしながらも、しっかりと意見を述べてくる。しかも……今まで通りだったらば、小馬鹿にしたように彼女の意見を却下してきたはずのハインリヒも茶々を入れる事もない。


「良かったわね、ロジェにタールカ。……ここであれば、怖い思いをしなくても済みそうね」

「うん……だけど、ルルシアナ邸か……。まさか、あの大物貴族の裏事情がこんなんだったなんて……」

「タールカ、ここの人達……知ってるの?」

「あぁ、知ってる。カーヴェラで1番偉い貴族の名前だよ、ルルシアナってのは。……それこそ、エイブルスみたいな成り上がりの商人じゃなくって、昔っからカーヴェラで威張ってきた大物商人さ。で……裏で悪いことをしているってのも、常識でね」


 そこまで言い放っては、タールカがしてやったりとほくそ笑むが。彼の笑顔の意味を素早く判断すると、ヨフィは一応の名誉のために、彼の論を否定する。


「あら……ルルシアナが悪徳商人だったのは、私達のせいではありませんよ? 私達は最近になって、ここを乗っ取っただけですの。ルルシアナが握っている、オトメキンモクセイが丸ごと欲しくて、そうしただけなのですけど……ふふ。オトメが欲しかった理由は、あなた達も知っていそうね?」

「ふ〜ん……なるほど。悪い奴が、もっと悪い奴に目をつけられて食われたってだけか。お姉さんも、相当に悪い奴みたいだね……」

「そうね。お利口ね、あなた。そういう事、よ。だから、ここは自分の家だと思ってもらって、構いませんよ? この家も今となっては、私のものですもの」


 悪い奴と言われたことさえも、褒め言葉と受け取って。嬉しそうにヨフィがクスクスと笑う。だが、彼女の笑顔に……底知れない悪意を感じては、ロジェとタールカは危機感を募らせる。バビロンには「怖い思いをしなくて済む」なんて言われたが……それも一時的な気休めに終わりそうだ。


「ところで、ヨフィ。……カリホちゃんの姿が見えませんが?」

「陸奥刈穂様ですが、ホーテン・ルルシアナを取り込みに行った所を、返り討ちにされたみたいでして。……今は、強欲の真祖・マモンの手にあります」

「なんですって? マモンの手に……陸奥刈穂が渡っている、と?」


 ヨフィの報告に、みるみるうちにハインリヒの顔が曇っていく。もちろん、陸奥刈穂にルルシアナの制圧を任せたのは自分自身だし、天使達の目を掻い潜って活動するのに、彼の特性が打って付けだったからに他ならない。だが、まさか……人間の街でマモンとの交戦に至るなんて、誰が予想できようか。


「はぁ……面倒な事になりましたねぇ……。今はカリホちゃんの力こそが必要なのに……」

「ハイン、それ……どういうこと?」

「陸奥刈穂は唯一、霊樹切りができる妖刀でしてね。元々は、ヨルムンガルドがマナツリーを伐採するために作り上げていた武器なのです」


 だが、霊樹に刃を向けるということは、天使達に刃を向けるということである。それを見越してか、ヨルムツリーは陸奥刈穂に持ち主そのものの能力を底上げするため、「奉呈」の意義を持たせていた。陸奥刈穂を手にし、悲願を達成する者には最大の力と報酬を。そして、必要な能力と技術とを教え、導く存在として作り上げたのが……陸奥刈穂だった。


「しかし、知っての通り……カリホちゃんはワガママで飽きっぽい性格ですからね。……今では、主人喰いの悪癖まで備えた、呪いの妖刀という評判がしっくりきます。……とは言え、彼の切れ味は他の追随を許しませんし、彼であれば生意気にも僕達を見限ったローレライを……斬り伏せられると、思ったんですけどねぇ」

「ハイン。それって、もしかして……」

「えぇ、えぇ。そうですよ。非常に悔しい事ですが……僕はあなたの助言に従う事にしました。バビロンは、“あのお城は壊した方がいい”と思うのでしょ? 僕としても、お仕置きしないと気が済みませんし、この際ですから……しっかりと身の程を思い知らせてやりたいのです。とは言え……」


 しかし、それには陸奥刈穂が必要なのだが……今や、マモンの手にあるともなれば、奪取は難しいと考えるべきだろう。いくら顔を合わせたことはないとは言え、相手がどれほどの悪魔なのかは何となく、ハインリヒも知ってはいる。


「はぁ……カリホちゃんも後先考えずに行動するから、失敗するのでしょうに……。マモンに返り討ちになったともなれば、封印されてしまったと考えた方が良さそうですね……」


 陸奥刈穂程の得物ともなれば、即座に魔界に持ち帰られて神界への牙を剥く時は今ぞとばかりに、悪魔が勢い付くところだろうに。しかし……天使と悪魔が啀み合っていたのは、もう過去のこととなりつつある。今では天使と契約にまで至る悪魔も出てきており、ご主人様への情報提供も惜しまない。しかもマモンと言えば、「天使と仲良しな悪魔」の筆頭でもあるだろう。そんな状況で、陸奥刈穂を利用するどころか……神界にとっての危険因子にしかならない陸奥刈穂を野放しにしておくとは、考えにくい。


「いいえ? 陸奥刈穂様、意外と元気そうでしたよ?」

「はっ? ヨフィ……どうして、そんな事が言えるのです?」


 しかし、ハインリヒの憂鬱を軽く流すかのように、ヨフィが面白そうに口元を曲げる。彼女の妙に含みのある笑顔の意味にも気づけずに、一方のハインリヒは間抜けな声を上げてしまうが……。


「実は今宵のお客様は、そのマモン様と陸奥刈穂様なのです。本日、たまたまお会いするチャンスがございまして。改めてお話したいと申しましたところ……快く、ご了承いただきましたわ。しかも、危険を承知でわざわざこちらに足を運んでくださるのだとか。うふふ……そうよ、そうですわ。魔界の真祖ともなれば、ここまで豪胆でなければ面白くありません」

「……」


 今度は思いがけないヨフィの満面の笑みに、ハインリヒは忽ち、面白くない気分にさせられる。彼女の生みの親は、間違いなく自分だというのに。それなのに、彼女が纏う空気感は……どことなく、自分さえも爪弾きにしたような疎外感にも満ちていて。手放しでマモンの訪問を喜んでいるヨフィの姿に、自分はここでも受け入れられない存在なのだと、ひっそりと歯噛みしていた。

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