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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−12 コンタロー中毒

 ゲルニカの呼びかけに応じて、竜界に招かれたはいいものの。そこには、うちのモフモフズまで揃っている。聞けば……今日のお使い先は「お嬢様の所」だったらしい。


「そうだったの。コンタロー達にこっちで会うなんて、思いもしなかった」

「あい。姐さんが来てくれて、おいら、安心しました……」

「えっ? それって、どういうこと?」

「……すぐに分かると思いますぜ。竜の旦那がきちんと説明するって、言ってましたから」

「しかも、長老様もマスターにご用事があるそうです。相当に重要な内容だとのことで……なんだか、私まで緊張してきちゃいました」

「そう……なんだ?」


 不安そうなコンタローに、状況をしっかりと説明してくれるケット・シー達。彼らの弁によれば、私に用事があるのはゲルニカだけではなく長老様も、とのこと。しかも……。


(呼び出されたのが、竜王城となると……。まさか……?)


 モフモフズを引き連れ通されたのは、いつかの竜王城の玉座の間。今回もしっかりと椅子を用意されていたので、腰掛けるが……自分の椅子ではなく、私の膝上にコンタローが陣取ってくる。不安に託けて、ここぞとばかりにあざとさを発揮する、小悪魔のやり口には思わず、苦笑いしてしまう。


「久しいの、大天使殿」

「お久しぶりです、ドラグニール様。ユグドラシルの件、未だに吉報をお持ちすることができなくて、申し訳ございません」

「よいよい。そなたらが努力してくれておるのは、この婆様とて承知ぞ。それに、着実にユグドラシルは回復しつつある。そして……エルノアも、な」


 しばし待つこと、数分。やってきたドラグニール(化身)の後ろから現れたのは、純白のドレス姿の少女。赤い角に、銀色の髪。そして、ゲルニカにそっくりの鮮烈な金色の眼差し。確かに彼女はどこをどう見ても、私の知っている彼女ではある。だが……雰囲気は明らかに別人だった。


「お久しぶりです、ルシエル様」


 しかも、第一声がこれか。無邪気を絵に描いたような彼女に、様付けされる日が来るなんて……思いもしなかったな。


「うん、お久しぶり。……随分と見違えたね、エルノア」

「お陰様で、無事に脱皮を乗り越えられました。ですけど、そちらに付随して……1つ、ご報告が」


 言葉遣いも別物なら、急激に成長した面立ちも別物。しかも、あれ程までに「同志」だと思っていた幼女体型が、テュカチア寄りになりつつある。そこに関しては……別に、悔しくないもん。


(いや、今はそんなことを考えている場合じゃなくて、な。多分、彼女の報告というのは……)


 今更気づいたが、エルノアの尻尾を覆う鱗が真っ白になっている。その上で、ドラグニールに連れられていたともなれば、1つの代替わりが実行されたのだと見るべきだろう。そんな予想の答えを確かめるべく、エルノアにサーチ鏡をかざしてみると……。


【ドラゴンプリエステス、魔力レベル10。竜族、炎属性。ハイエレメントとして光属性を持つ。竜女帝とも呼ばれる竜族の長】


 やはり……な。脱皮と同時に、新たな竜女帝が誕生しているのは、想定外だったが。おそらく、器が抑圧されていたせいもあるのだろう……抑え込まれていた分、エルノアの脱皮は相当の成長を齎したらしい。魔力レベルが4も上がっていることを考えても、今までの彼女とは別物だと考えるべきか。


「姐さん、お嬢様が遠いでヤンすよぅ……」


 膝上でハウゥと小さくしょげる、コンタロー。そうか、彼の不安のタネはエルノアの変化だったのか。確かに、今のエルノアは距離的な意味ではなく、立場的な意味で遠い存在になりつつある。ドラゴンプリエスともなれば、私達が気軽に接していい相手でもないだろう。


「……ふふ……」

「……?」

「あははは……! ごめんね、ルシエル様にコンタロー。やっぱり、私には王女様は無理みたい。もぅ、そんなに不安そうにしなくても、いいもん。ちょっと大人になったから、気取ってみたけど……これじゃ、私もキツいかも」

「そ、そうだったのか……?」


 私も釣られて寂しく思っていたのも、束の間。恐れ多いことに、当の竜女帝様も距離感が開いていたのに、窮屈な思いをしていたらしい。女王様の表情を、1人の少女の表情に挿げ替えては、意外なことを白状してくれる。


「これ、エルノア。女王の間で砕けるなと、申しておったろうに……」

「仕方ないでしょ、ドラグニール様。私、すぐに変われないもん。それに、さっきのままだと、コンタローを怯えさせるだけみたいだし」

「しかし、だな……マスターになる大天使様相手に、竜女帝がその弾けようは……」

「別に構いませんよ、ドラグニール様。私もこの子達も、エルノアとはこれまで通りに接して欲しいと思いますし。そちらにとって失礼にならないのであれば、こちらとしてもその方がやり易い」

「う、うむ? そうか? であれば……まぁ、この場はこれでもよいか……」


 そこまで言ってみると、私の意見にやや承服しかねるのは婆様だけらしい。側に控えている父親から叱責が飛んでこないのを見ても、ゲルニカは概ね私の意見に賛成のようだ。しかも……。


「おいで、コンタロー!」

「あぃ!」

「あぁぁ……コンタローをモフモフするのは、落ち着くぅ……」


 そうだった。エルノアも紛れもなく、コンタロー中毒者だった。

 そうして待ちきれないと両手を広げて、コンタローキャッチの姿勢を整えたかと思えば。捕捉からすかさず、胸元に抱え込むと……小悪魔吸いが止められないとばかりに、コンタローの腋の下からモフモフを鷲掴みにし、彼の後頭部に鼻先を埋めては、嬉しそうにハフハフ言っている。


「そうそう、この匂いなの! 焦がしバターっぽい、コンタローの匂い……私、好きなの……!」

「アフフ……! おいら、そんなにいい匂い、します?」

「うん、とっても落ち着く匂いなの! しかも……あぁぁぁぁぁ! 肉球も香ばしい……!」


 何だろうな。エルノアはコンタロー中毒を、更に変な方向に開発したのだろうか。今度はコンタローの前脚をニギニギしては、肉球の匂いをクンクンと嗅ぎ始めた。しかも、妙にエルノアの語彙力がアップしているせいか……具体的な感想が漏れる度に、こちらは脱力させられる。


「再会の抱擁もいいけれど。エルノア、そろそろ本題に入らないか。コンタロー君はまた、モフモフさせて貰えばいいだろう?」

「あっ、それもそうよね。……うん、ごめんなさい。えっとね、ルシエル様……」

「ルシエルでいいよ。今まで通り、呼び捨ての方がしっくりくる」

「そ、そう? それじゃ、ルシエル。実は……契約の結び直しをしないと、いけないの。私、種類も変わっちゃったから……このままだと、ルシエルの精霊でいられなくなるの。契約……もう1度、してもらえるかな……」


 みんなと離れるのは、嫌なの……と、今度はウルウルし始めるエルノアだが。もしかして……この子は私に契約を切り捨てられるかもしれないとでも、考えていたのだろうか? さっきまでの様付けは、そういうこと……か?


「えぇと、どれどれ……あぁ、一応の契約は残ってはいるみたいだ。エルノアとは対等契約だったし、ハイヴィーヴルとしての契約は切れてない。だけど、エルノア個人との契約は切れているのには、変わりはない……か。対等契約では、対象者の変遷を追うことができないから、種類が変わると個体との契約は切れてしまう。とは言っても……こんなケースは、まずないのだけど」


 精霊の種類は、生まれた時から決まっている。そして、生まれついた種類が覆ることはほぼないと言っていい。しかしながら、ドラゴンプリエステスは特殊な竜族であることは、以前から聞かされてもいた。

 ドラグニールの魔力を通じて、光のハイエレメントを獲得することで新たな種として昇華する、竜族の頂点。それがドラゴンプリエステスであり、竜族の魔力を担う最重要の存在。そして、そんな頂点との契約を前に私は……。


(相手がエルノアだと、そこまで緊張しないから不思議なものだ)


 無論、エルノアを侮っているわけでは、決してない。寧ろ、彼女が契約の結び直しを望んでくれていることに、安堵さえ覚えている。この感覚は奢っているようにも思えて……何とも、むず痒いものがあるが。私はエルノアとの契約は当たり前だと思っていたし、契約の結び直しも当然だと思っている。


「うん、よかった……ルシエルもこれからも同じ関係でいるのを、当たり前だと思ってくれているんだ。ふふ……私もそうなの。竜女帝じゃなくて、普通のエルノアとして、これからもよろしくお願いしたいの」


 しかし、エルノアは持ち前の特殊能力をきちんと発揮できるようになっている様子。私の驕りは好意的に受けて止めてくれたようだが……これは、迂闊なことを考えない方がいいかも知れない。


「それじゃ、改めて……私、エルノア。契約名・ドラゴンプリエステスの名において、我が光、我が翼、我が魂。我が身全てをマスター・ルシエルのために捧げることを、誓います」

「うん……ありがとう。私も竜女帝様のマスターに相応しい存在であるように、頑張らないとね」

「えっ? ルシエルはこれ以上、頑張る必要ないんじゃないの? 婆様、とっても褒めてたよ?」

「そう……なのか?」


 エルノアの言葉に、「婆様」の方を見やれば。言葉はなくとも、笑いを噛み殺すように肩を揺らしているのを見ても……どうやら、こちらにも好意的に受け入れてもらえたようだ。そうしてエルノアは一仕事終えたと言わんばかりに、トサリと玉座に座るものの。しかし……今までの竜女帝様のインパクトを見慣れているせいか、エルノアがちょこんと座っているのは、迫力があると言うよりは、まだまだ可愛らしいといった様子。しかも……。


(コンタロー込みで、玉座に座られると……やっぱり、緊張感が抜けるな……)


 だが、そうなると気になるのは、今までの竜女帝様……エスペランザの事だ。これまで、跡継ぎがいなくて体調不良のまま、竜女帝としての役を担っていたと言うが。まさか、先日の「お出かけ」でとうとう……ダウンされてしまったのだろうか?


「ドラグニール様。1つ、質問しても?」

「ふむ? 何がかの、大天使殿」

「えぇ。エスペランザ様はどうされているかな、と。この間は、ご本人のご了承込みとは言え……少々、心労を募らせるであろう場所に連れ出してしまいましたし……。もしかして、体調を崩されているのではないかと……」


 ハミュエル様に会いに行ったは、いいものの。あの時は、流れ的にも「今生の別れ」になってしまった。いくら、精神的にも成熟している竜女帝様とは言え……心身共に、堪えているのではなかろうかと思っていたりする。


「あぁ、なんぞ……その事か。ルシエル様は、ほんに色んな事に気が回る天使様よの。大丈夫じゃよ。エスペランザは今、へなちょこバハムートの屋敷で孫と戯れておる。何だかんだで会いそびれていたとのことで、嬉しそうに出かけていったぞ?」


 さりげなくゲルニカを「へなちょこバハムート」と呼びつつ、尚も嬉しそうに笑うドラグニール。しかも、へなちょこ呼ばわりした相手に話を振るのだから、意地も悪い。


「あぁ、そうそう、ゲルニカ。この後、オフィーリアの相談事について、大天使様のご案内を頼めるか?」

「承知いたしました、ドラグニール様。マスター、お忙しいところ、誠に申し訳ないのですが……こちらの都合に、もう暫くお付き合いいただけないでしょうか?」

「もちろん、大丈夫ですよ。ところで……ハンナ達はどうする?」

「俺達は待ってます。悪魔の旦那から頼まれてた配達の途中でして。ケーキをお預かりしたまんまなんです」

「ですので、この後はお嬢様と一緒に、おやつを頂きたいと考えています」

「ゔっ……そっか。まだ、配達の途中だったんだ」


 きっとお持たせの中身は、あのオレンジパウンドケーキ……だよな。私は仕事の合間に、自分の分を平らげてしまったものだから……ハーヴェンのおやつに気を取られている場合ではないと、思いつつ。そちらのお茶会が、果てしなく羨ましい。

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