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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第19章】荊冠を編む純白
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19−59 諦めにも近い覚悟

 朝早くからロマネラの峻嶺に挑むは、天使に悪魔……そして、表向きはタダの人間。しかし、3人の中では1番「脆い」はずの人間が最も旅慣れている有り様なのだから、この顔ぶれはやや心許ない。


(塔から出向くのが、手っ取り早かったのでしょうけど……。でも、それだとセバスチャンやジャーノンさんを連れて来れないし……)


 天使達の拠点でもある塔の転移ポイントを利用するには、どうしても神界門を経由する必要があり、自ずと天使のみが通行を許されることとなる。セバスチャンに関して言えば、リヴィエルが目的地で呼び出せば事足りるのかも知れないが……今回の重要人物でもあるジャーノンを連れてくるのは、やはり不可能だ。


(だけど……あぁ、ジャーノンさんは心配いらないですよね……)


 何せ、彼は相当に旅慣れてもいれば、ロマネラの登山が何たるかも熟知している。しかも、リヴィエルにも時折手を貸しては、世間話にまで気が回るのだから……彼を心配しなければならない要素は1つもない。


「シャーリー様のお手紙によれば、ナーシャにもリルグ異変の噂が届いているようでして。これはこれで、異常事態だとするべきでしょう。……リルグはナーシャ地方の中でも高い場所にあるせいか、特に他の町との交流が少なくて。だから、あまり噂等も漏れない傾向があったのですけど……」


 手慣れた……ならぬ、足慣れたように山道を歩くジャーノンの解説に、フムフムと頷くリヴィエル。彼女も「足場の悪い山道」には慣れているらしく、彼の解説をメモする余裕まで見せている。一方で……。


「ちょ、ちょっと待ってください……はひ。リルグって、こんなにきつい場所でしたっけ……?」

「セバスチャン、大丈夫?」

「あまり、大丈夫じゃない……かも」


 大きく肩を揺らして、ゼェハァと情けなく身を屈めるセバスチャン。前回はそもそも、リルグまでも馬車での移動だったが。ガイド(ジャーノンのことである)によれば、普通の馬車で移動できるのは山道の入り口までらしい。山の気候と登山道はコロコロと変化しやすい上に、傾斜が急な場所もあるため……とてもではないが、「馬車」でリルグまでの移動はできないそうだ。


「馬を単体で使うことはできるのですが、セバスチャン殿は馬には乗れないということでしたし……」

「ず、ズビバゼン……」

「いいのよ、セバスチャン。馬に乗れないのは私も一緒だから……」

「ゔっ……リヴィエル、ごめんよ……」


 こんな事なら、意地を張らずに付いて来なければよかったかも。情けない以上に、これでは完全に足手纏いだと……セバスチャンは自身の体力のなさにも、嫌気が差していた。


「……そう言えば、お2人には翼があるのですよね?」

「え、えぇ。曲がりなりにも、私は天使ですから。翼はありますし……セバスチャンも、飛べるのですよね」

「も、もちろん……って、あっ! そうか! 飛べばいいんだね⁉︎」


 この場で人間なのは、ジャーノンだけである。そのジャーノンも厳密には「純粋な人間」ではないが、「純粋な悪魔」でもないため、翼はない。そんなライバルとの差を見つけて、一気に気分を上向かせるセバスチャン。……先程までの反省は何処へやら。見せびらかすようにに翼を広げ、セバスチャンは揚々と空へ舞い上がる。しかし……。


「フゴッ……⁉︎」

「……とは言え、あまり上空には行かない方がいいと思います。山の気候は複雑ですし、風も強いですから」

「そうみたいですね……」


 意気揚々と身も心も舞い上がったはいいが……山の風は冷たく、厳しい。モクモクと辺りを覆う雲のおかげで、格好悪い姿は見えないものの。情けない声だけは、筒抜けである。


「……ゔぅ……空路もダメかぁ……」

「別にそういうワケではないと思いますよ。思いっきり空高く飛ばなければ、いいだけです。もし、足元が悪くて辛いという事でしたら、私と同じ高さを飛んでいればいいと思いますよ」

「あっ、そういう事ですね」

「えぇ。ただ、高い場所に登れば登る程、風も強くなりますので……やっぱり、地に足を着けていた方が安全だとは思いますが」


 麓からの景色は晴れているように見えていても、着いてみれば曇りということもよくあるのが、山というものである。まして、ロマネラ山脈は高く、険しく……非常に複雑な形状をしている。上昇気流が強烈に山肌を凪ぐだけではなく、経路もコロコロと変わるため、風向きが予想できないのだ。リルグへの登山道の最大の敵は土砂災害でも、急峻な川の氾濫でもない。常に吹き荒ぶ強烈な風こそが、難所たる所以に更に拍車をかけている。


「なので、疲れたら翼を使う程度に留めておいた方が無難だと思います。この気流で流されたら、どこまで吹き飛ばされるか分かりませんから」

「そういう事ですね。はい……でしたら、ちょっとだけ飛んだりして、乗り切ろうと思います……」

「そうね。それにしても……セバスチャンはもうちょっと、しっかり食べた方がいいと思うわ。ジャーノンさんにも軽いって言われていたし……」

「はぅ……!」


 リヴィエルの指摘は要するに、「きちんと食べて、逞しくなれ」という事であり、今のままでは「軽すぎて、情けない」と言われているに等しい。


(僕にもボスみたいな筋肉があれば、違うんだろうか……!)


 まさかこんな所で、親玉の肉体美を思い出す羽目になるなんて、想定外過ぎるものの。予想外の悪路に、苦戦と同時に後悔しても遅過ぎる。一方で、慣れているとは言え……荷物まで担いで、軽々と山道を踏破していくジャーノンが羨ましいと同時に、妙に憎たらしい。


(……ジャーノンさんも、そんなに見せつけなくていいじゃないか……)


 スーツから着替えているのを見ても、彼はしっかりと登山用の装備も用意してきた様子。厚手でありながら、体にフィットしているニットの上からでも分厚い胸板や、腹筋の確かな凹凸が見て取れるのが、セバスチャンとしては非常に悔しい。


「とにかく、夕方までには乗り切ってしまわないといけません。……リルグも安全だとは言えなさそうですが、夜になると山道の危険度は大幅にアップします。なにせ、足元が見えなくなりますからね。日が落ちるまでが勝負ですよ」

「そうなのですね。……セバスチャン、乗り切れそう?」

「うん、頑張るよ。しかし……前回に来た時は冗談抜きで、リルグまで馬車だったんだよなぁ……」

「まさか……それはあり得ないと思いますよ。なにせ、この悪路です。馬での移動は可能でしょうが、馬車を曳かせるのは無謀かと……」

「もちろん、僕だって分かりますって。……こんなゴツゴツした道を馬車で突っ切るなんて、無理なことくらい」


 セバスチャンの証言は決して、嘘ではない。しかし実際に歩いてみれば、馬車が移動手段の候補にすらならないことは明白でもあった。そのミスマッチに、う〜むと悩み始めるセバスチャンだったが。そう言えば、1つだけ明らかにおかしな点があったことにも気づいては、ポンと手を打つ。


「……あっ! そう言えば、ちょっと不思議なことがあったんだよね」

「不思議なこと?」

「うん。あの時は……えぇと、細かいことは思い出せないけど……確か、僕の方が教会に取材を申し込んだんだ。で、さ。とっても豪華な馬車に、勇者様と一緒に乗せてもらって。それで……どこかのタイミングで急激に寒くなったのを、覚えているよ。でも……う〜ん、どの辺だったのか、分からないや……」


 標高が高い場所を走っているからだろうと、気にも留めなかったし、リヒトと名乗った従者が準備よく外套まで用意していたので「そんなものか」と漠然と考えてもいた。しかし、その外套を使ったのはセバスチャンだけ。……勇者様もリヒトも、上着を追加することは最後までしなかった。


「ねぇ、セバスチャン。もし良ければ……その話を詳しく聞いてもいい?」

「えっ? もちろん、構わない……と、言いたいところなんだけど。……ごめんよ、リヴィエル。僕はその時のこと、あまり覚えていないんだ。リルグに着けば思い出すこともあるかもしれないけど……」

「あぁ、そう言えば……そうでしたね。上級悪魔は名前と祝詞だけを残して、記憶喪失になるのでしたっけ」

「そうみたいだね。最期の記憶を思い出せても……追憶越えをしない限り、細かい記憶は戻ってこないんだ。だから、何かを思い出すためにも……やっぱり、リルグに行かなければならない気がする」


 先程までは「付いて来なければよかった」と後悔していたが。大好きな女の子の視線に、自分の記憶に対する期待もいつになく器用に感じ取っては……リルグはどう頑張っても因縁の場所でしかないのだと、セバスチャンは諦めにも近い覚悟をし始めていた。

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