19−58 おやつ欲が止まらない
「はいよ、シフォンケーキのお代わり、お待たせ。しかし、ルシエルは本当によく食うな。最近の勢いは、ベルゼブブ顔負けな気がする……」
「失礼な。私だって、なんでもいい訳じゃないぞ? ……ハーヴェンのおやつだから、欲張るだけで」
「おぉ? そうか〜?」
まだまだ続くお仕事のお供に、ハーヴェンが追加の一皿を運んできてくれる。しかし、ついでにしっかりと不本意な喩えを持ち出してきたので、すかさず反論するが。……なんだか、却って喜ばせてしまったみたいだ。なかなかに、ピーマン男を言葉で降すのは難しい。
「で? 2つ目の報告書の精査は終わったのか?」
「……あぁ、なんとなく、は。だが……」
ルシフェル様の報告書はある意味で、お気楽な内容(懸念事項込みではあるが)だったから、まだ良かったものの。オーディエル様から届いていた報告書は内容が内容なだけに、ここで悩んでいても仕方がない気がする。
「ハーヴェンはこれ、どう思う?」
「それも、俺が見ていいものなのか?」
「うん、大丈夫だと思う。……今更、ハーヴェン相手に秘密にする内容もないし」
「そか。それじゃ……どれどれ?」
さりげなく、ホイップクリームがチョコレート風味に変更されているシフォンケーキを口に運びながら……ハーヴェンに報告書を映し出しているパネルを手渡す。そうして、フムフムと見つめるハーヴェンだったが……次第にウムムと顔を顰め始めた。
「……ルシエル、これ……結構、マズイ事になってないか?」
「そう、だよな……。ローレライが密かに稼働していたという事も問題なのだが、それ以上に……ヴァルプスが示した魔力反応が不穏なのが、気がかりで仕方ない」
ローレライだったと思われる霊樹は姿形を変え、不気味な純白の城に作り替えられていたらしい。だが、霊樹としての面影もそれとなく残しており、上部分の枝には黒々とした葉を茂らせ、まるで外敵を威嚇するような刺々しい空気を醸し出していたのだという。そして……。
「問題はここ……ローレライが吐き出している、魔力の成分か」
「あぁ。霊樹の吐き出す魔力は精霊の器……要するに、生命そのものに作用する。もちろん、それはどこまでもいい意味で……だ。正常な霊樹が吐き出す魔力に害はないし、適応外の種族にも分け隔てなく魔力を注ぎさえする。……霊樹の吐き出す魔力には、命に対する害はない前提なんだ」
だが、オーディエル様の報告書に添付されている魔力データによれば。……今、ローレライが吐き出している魔力は彼女の特性に瘴気を上乗せした厄介なものに様変わりしているらしい。現在のローレライは機神族のための魔力以外にも多量の瘴気さえも吐き出して……「悪意」を持つ者全てを取り込もうとしている。
「……悪意のある者に、作用する……か。確かに、こいつは厄介だな」
「あぁ。ヴァルプスのデータでは、まだそこまでの強烈な反応はないようだが……いずれ悪影響を出さないとも限らない。だからこそ、ヴァルプスの持つプログラムでの浄化作業は迅速に行われるべきだろう。だが……」
「それをしたところで、人間界側の準備ができていない……ってところか。……そうだよな。ユグドラシルの浄化も進んでいなければ、女神様もまだまだ修行中の状態だしな」
そうなのだ。ユグドラシルはルシフェル様の報告書からしても、ようやく浄化の一歩を踏み出したばかり。快方に向かっているとは言え、使者を作り出す余裕もなければ、正常な魔力を吐き出すにも程遠い。
「……ドラグニールもこちら側の準備ができたら協力すると、言ってくれてはいるが。知っての通り、今のユグドラシルにドラグニールの魔力を受け入れる余裕もない。……ここは、シルヴィアとピキ様に頑張ってもらうしかないのだが……」
「無理強いは禁物だぞ?」
「もちろんだよ。女神としての役目を果たせるようになるまで、それなりの時間がかかることくらい、分かっているさ」
「そう、だな。まだシルヴィアには、ごくごく普通の女の子として接するべきだろう。それでなくても、今までの生い立ちからしても相当に辛い思いをしてきているはずだ。……これ以上、無理をさせるのはあんまりだよな」
ユグドラシルの使者の擁立は最優先事項ではあるが、相手が命ある者である以上、すぐに用意できるものでもない。それに、神界のトップ全員がシルヴィアの人生だけは保証すると、覚悟を決めたばかりではないか。となれば、やはり……。
「……ここまでの事態が悪化しているとなれば、ルートエレメントアップそのものを無効化するしか、なさそうだな」
「ルートエレメントアップの無効化、か。確か、そっち方面はダンタリオンにお願いしていたんだっけ?」
「その通り。……何となくだが使者の擁立よりも、魔法の完成の方が早い気がする」
ローレライの変貌はミカエルの差金……延いては、彼女が無理強いをしたギルテンスターンの魔法によるものだろう事までは分かっている。そして、ローレライを縛り上げている魔法さえ解いて、正常化の方向で上書きしてしまえばローレライの暴走は防げるかもしれない。
「ダンタリオンはのめり込む性格みたいだからな。それに、あのマモンでさえも知識量は敵わないとかって言ってたし……確かに、あいつの結果が出る方が早いかも」
ウンウンと納得の表情を見せる、ハーヴェン。あまり急かしてはいけないと思いながらも……そろそろ、ダンタリオンの様子も見に行った方がいいだろうか。しかし、明日はローレライの件で神界へ出向いた方がいいだろうし……。
「……ハーヴェン、ちょっと頼まれてくれないか?」
「お? 何を頼まれちゃえば、いいのかな? もちろん、可愛い嫁さんのお願いだったら、何でも頼まれてあげちゃう」
「本当に、ハーヴェンはお人好しすぎる気がする……。それはともかく、お言葉に甘えて……明日、もし空いているようだったら、ダンタリオンの様子を見に行って欲しいんだ。本当は私が出向けばいいのだろうけど……」
「あぁ、なるほど。この内容だったら、そうなるよなぁ。……お前は神界に行かないと、いけないよな」
「急に変なお願いをして、ごめんね」
「うん? 別に構わないよ? それに、ラボの件でベルゼブブにも会っておいた方がいいだろう。ついでに、子分達にもおやつを差し入れてこようかな?」
何気なくそんな事を言いつつ、ハーヴェンがお願いを快諾してくれるが。……なんだろう。おやつの差し入れが、ちょっと羨ましい。今まさにシフォンケーキを食べていると言うのに……どうして、こうもおやつ欲が止まらないのだろう。
「あ、そんなに心配そうな顔をしなくても、明日のおやつもちゃんと作るから。最近は多めに材料も用意してもらってるし、任せておけ」
「それはとっても、ありがたいのだけど……私はそんなに、心配そうな顔をしていたのか?」
「そりゃ、もう」
この上なく嬉しそうかつ、意地悪な笑顔を浮かべるハーヴェン。ゔっ……何だかんだで、さっきからしてやられっ放しな気がする。胃袋を掴まれている以上、ピーマン男には絶対に敵わないのは分かっているのだけど。そうも楽しそうにされたら……また膨れっ面をするしかないじゃないか。