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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第19章】荊冠を編む純白
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19−50 健全な男子たる反応

 あぁ……ここはどこ? 僕は誰……じゃなくて、セバスチャン……。

 不意打ちの憎いパフォーマンスに、情けなくも陥落したセバスチャン。そんな彼が気を失っていたのは、僅か30分にも満たない「合間」ではあるが。リヴィエルを心配させるのには、十分すぎる演出である。


「セバスチャン、大丈夫?」


 すぐさま思い出せたのは、名前だけだったものの。おでこに乗せられたタオルを健気に替えては、不安そうなリヴィエルに覗き込まれれば。それまでの失態も鮮やかに思い出し、セバスチャンは慌てて飛び起きる。


「ごっ、ごめん、リヴィエル! 僕、ちょっと舞いあがっちゃって……」

「舞い上がった……のですか? いきなり鼻から血を出して倒れるのですもの。……てっきり、雷鳴症の急性障害かと……」

「えっ?」


 だって、セバスチャンは雷鳴石を持っているでしょう? ……と、尚も心配そうに表情を翳らせるリヴィエル。生前は「雷鳴坑夫」だった彼女にとって、紫色の魔法鉱石は呪いのアイテムに等しい。セバスチャンが後生大事に保持している「記憶のカケラ」は、彼女にとってはどこまでも不吉な記憶の産物でしかなかった。


「……えぇと、ね。リヴィエル。さっきの出血は本当に心配しなくていいから。大丈夫さ」

「そうなの? でも、大人の鼻血は油断ならないって、よく言うし……」


 生前のリヴィエルの周りには、雷鳴石への瘴気耐性を獲得する前に、汚れた魔力を一気に浴びすぎた事による急性障害を発症する者が一定数存在していた。慢性的な栄養不足に加えて、奴隷階級という耐性に乏しい血脈に生まれた者達にとって……雷鳴石は通称通り、悪魔の宝石。触れれば、手足を蝕まれ。触れずとも……自身を取り巻く境遇に、精神を蝕まれる。


「セバスチャンにとって、雷鳴石が大切な物なのは分かるの。だけど……」

「あっ、リヴィエル。本当に、さっきのは何でもないんだよ。強いて言えば、健全な男子たる反応と申しますか……」

「……?」


 確かに、リヴィエルの指摘する通り大人の鼻血(特に男性の)は油断ならない。だが、セバスチャンの鼻血は彼女が心配するような病気でもなければ、雷鳴症でもなかった。要するに……。


「い、いや……まさか、2人きりで同じ部屋に泊まるだなんて、考えてもいなかったから……ちょっと、興奮しちゃって」

「……あの、セバスチャン。その興奮って、もしかして……」

「アハハ……えっと、まぁ。いわゆる、発情ってヤツ……だと、思う。ほ、ほら! マモン様もよく発情しているし! 僕だって、ちょっぴりはそういう事を……」

「……」

「……あぅ、そのぅ……」


 余計な心配をさせまいと、正直に答えたのが却って不味かった。いつも発情しているらしい親玉(誤解を含む)のご厚意で、「お座敷遊び」なる色事の経験は積んでいるものの。セバスチャンの恋愛テクニックはド素人レベルである上に、本人の浮世離れ加減も非常によろしくない。この大失態を「健全な男子が発情しました」という、正直な申告で穴埋めでできるだなんて……おめでたすぎる発想にも、程がある。


「……セバスチャン、1つ聞いいていいですか?」

「も、もちろん。何でも答えるよ……」

「そう。……セバスチャンは私のこと……本当に、好きなのですか?」

「えっ……?」

「私よりも魅力的な相手はたくさんいるはずよ。それなのに……私でいいの?」


 しかし、意外や意外。リヴィエルはセバスチャンのちょっぴりお下品な妄想に怒ることもなく、冷静に彼の真意を問うてくる。片や紫色の瞳でジッと見つめられて……セバスチャンは口を滑らせずにはいられない。


「そんなの……聞かなくても、分かるでしょ? ……僕はリヴィエルこそと一緒にいたくて、色々と頑張っているんだ。好きで好きで……仕方がない」


 ポロリと白状ついでに、告白だなんて。いくらズレているセバスチャンでも、自身が作り出したシチュエーションは間抜けなことくらいは分かっている。それでも……。


(こうなったら、当たって砕けろ……だ!)

「もう1度、ちゃんと言うよ。僕はリヴィエルが大好きですッ! きっと、他の女の子だったら……こんなに頑張ろうと思わないだろうし……えっと、その。こんなにドキドキしないと、思い……ます……」


 なんて、情けない告白だろう。尻窄みで萎れてく言葉と一緒に、気分も萎ませるセバスチャン。こんなことだったら……。


(ジェイドさんにもっとコツを聞いておくんだった……。きっと、ジェイドさんだったら……スマートに口説くんだろうなぁ……)


 別に、女性を口説くのに手慣れている必要はないが。最低限のマナーというものは、確実に存在する。そして、自分の失態が大抵の場合、好意的に受け取ってもらえない類のモノである事は、セバスチャンにも何となく分かっていた。

 女性というのは、下品な視線には殊に敏感なもの。親しい間柄であれば、その限りでもないだろうが……「そういう雰囲気」でもないのに勝手に「そんな気分」になられたら、大抵の女性は「気味が悪い」と恐怖心を覚えるのが普通だろう。


「あ、あの……リヴィエル? えっと、もちろん……僕はいきなり、そういう事をしたいとか、そういう訳じゃなくて……」


 だが、セバスチャンの恋慕はそこまで下世話なものではないのが、まだ救いかもしれない。厳しい師匠の指導(非常にハイペース)に苦労して、魔法の修練を積んだのも。親玉(奥様含む)から恋愛の指南を受けたのも。全部が全部、リヴィエルと一緒に旅をするため。本当は、自分の死に際に登場した「銀色の悪魔」に復讐するためだったはずのセバスチャンの努力は……いつの間にか、彼女を守るためという目的に挿げ変わっていた。


「そう……。ふふ。そっか。でしたら……心配する必要、なさそうですね。ジャーノンさんが、明日の段取りを決めようとおっしゃっていました。……セバスチャン、出かけられますか?」

「えっ? ……う、うん……大丈夫、だと思う……」


 一方のリヴィエルは、セバスチャンの告白に明確な返事をするでもなく、ほんのりと安心した表情を見せる。結局、彼女がセバスチャンの思いにすぐに応える事はない。だけど……。


(この笑顔は多分、まだ……大丈夫、って意味なんだよね?)


 リヴィエルの穏やかな表情に……少なくとも、嫌われている訳ではなさそうだと、胸を撫で下ろすセバスチャン。いずれにしても、今は恋愛イベントに気を取られている場合ではない。明日はいよいよ、難所だらけのリルグへの登山が待っている。英気を養うための休息は必要かも知れないが。改めて、気も引き締めなければならないだろう。

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