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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第19章】荊冠を編む純白
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19−48 本当は誰も悪くない

 私は大いに困惑していた。もちろんコンタロー達がやって来て、モフ禁断症状の穴埋めをしてくれるのは嬉しいし、ハーヴェンのおやつも何気に楽しみだ。だけど……。


「折角来てやったんだから、そんなに睨むなよ……」

「別に、あんたを睨んでいるワケじゃないわよ」


 別のモフモフを連れて、マモンが孤児院にやってくるのは、想定外。いや、そりゃ……果物のお土産は嬉しいわよ? 今の時期はイチゴが旬だとかで……カゴ一杯に持ってきてくれたのは、子供達のことも考えれば、純粋に感謝するべきなのは分かってる。でもって、グレムリンと言うらしい別のモフモフの触り心地も悪くない。だけど……。


「ティデル、辛い思いをさせて御免なさい……。私がいたせいで……」

「……今更、謝られたって、何にもならないんだけど」


 問題はこいつ。リッテルがいかにも「反省してます」って顔で、私の正面に涙ぐみながら座っていること。こうも悲しそうな顔をされたら、却ってムカつくじゃない。そうすれば許されるとでも、思っているの? 本当、自分にはとことん甘いんだから、こいつ。


「リッテル、違うだろ。ここは泣く場面じゃない。……お前はやらかした側なんだから、キッチリ腹を割って、しっかり謝っておけ。中途半端にすると、後腐れするぞ」


 私の代わりにコンタローを抱っこしながら、意外や意外、リッテルの隣からマモンが厳しいことを言い出す。

 ……あれ? 旦那様もリッテルにはとことん甘いって、聞いてたんだけど。ここで慰めないとなると……その限りでもないのかな。


「そ、そうね! すみません。つい……涙が出ちゃった。でも、この涙は悲しいだけじゃないのよ? 実は……ちょっぴり、嬉しいの」

「はっ? 嬉しいって……何で?」


 指先で涙を拭いながら、リッテルが今度は微笑んでみせる。私にはリッテルの「嬉しい理由」はちっとも分からないのだけど。どうも……妙に納得した顔をしているのを見る限り、マモンには「嬉しいの中身」が分かるらしい。余計なことは言わないっていう、意思表示なのか……胸元のポケットチーフをリッテルに手渡した後は、無言でコンタローをヨシヨシと撫で始めた。


「おかしなことを言って、すみません。ふふ、実はね。こうしてティデルが話をしてくれるのが、嬉しいの。もしかしたら、目さえも合わせてくれないんじゃないかって、思っていたし……何より、目が覚めないかもなんて、言われていたから。無事でよかったって……安心してしまって」


 これは、本心なのかな。と、言うか……馬鹿なの、こいつ。恨まれている相手が無事で安心するって、どういう原理よ。おめでたい思考回路にいよいよ、ついていけないんだけど。


「そこは深く考えなくて、いっか……。あんたのおめでたさは、今に始まったことじゃないもんね」

「そう、ね。でも、こんな私でも……ちょっとだけ、嫌な奴を卒業できたの。前みたいに、自分は悪くない……なんて、言い訳することも、逃げることもしないわ」

「ふ〜ん……そう」


 自分は悪くない……か。そう言えば、私もそんな事を考えながら、妹をずっと恨んでいたっけ。しっかし……生きていた時も、天使になってからも、堕天使になっても。私はいつもいつも、恨んでばっかじゃない。しかも、よくよく考えれば、全部勘違いだったし。相手も悪くなければ、自分も悪くない……はず。本当は誰も悪くないのに……私はどうして、こんなに誰かを恨んでばっかだったんだろう。


「もう、いいわよ。何もかも。どーせ、私にはあんたを責める権利はないし。ま、堕天したキッカケは間違いなく、あんたのせいだったんだけど。……それだって、有り体に言えば、羨ましかっただけなのよね。今となっては、馬鹿みたいって思うわよ」

「そう。でも……私がしたことは、当時のあなたにとって許せないことだったのも……よく理解できるわ。だって、私もルシエル様が羨ましくて……憎たらしくて、仕方なかった事があったもの。今思えば……本当に、馬鹿みたい」


 ルシエルが羨ましかった、ね。まぁ、そうでしょうよ。あんなに何もかもを「持っている」のを見せつけられたら、意地悪の1つや2つ、したくなるのも無理はない……と思う。


(それで、腹いせに塔をダウンさせた……だったっけ。鬱憤晴らしにしても、ちょっと迷惑ではあったわよね)


 リッテルの失敗は正直なところ、ちょっとしたお仕置きで済む内容ではなかったし、当時の私は彼女が「断罪されて当然」だと思っていた。しかも、この上なく残酷で、この上なく救いのない方法で。

 そんな明らかに「悪い事」を考えていた私を、何よりも清らからしい神様が受け入れてくれるはずもなく。そうして黒い感情を見透かされて、ミカに唆されて。私は翼を黒くすることも躊躇わずに、堕天した。

 だから……今の私は、リッテル以上に許されない存在であることも、きっちりと自覚していて。リッテルのは言うなれば、単なる仕事のミスだけど……私のは、仕事のミスだなんて可愛いモノじゃない。堕天は明らかなる叛逆であり、裏切り行為。……そんな事、私だってよく分かっている。


「……馬鹿みたいよね。勝手に思い込んで、勝手に卑屈になって。それでも……情けなく、生き延びちゃって。本当は許されないはずなのに、のうのうと生きている。……生きていていいよって言われて、お言葉に甘えているけど。実際にはどのツラ下げてんだ、って自分でも思うわ」

「そんな事ないわ。……生きていられるのは、とっても素敵な事なの。それに、ね。生きることに、誰かの了承を取る必要はないのですって。生きていられる限りは……幸せになるんだって、頑張らなきゃ損だわ」

「あんたって……嫌になる程、おめでたい奴よね。頑張って幸せになれるんなら、苦労しないし。でも……ま、折角生き延びたんだし。……この先は不幸にならないように、ちょっとくらいは頑張ってもいいかもね」


 最後の最後に、そんなことを言ってやると……泣いているんだか、笑っているんだか分からない顔で、涙をこぼし始めるリッテル。そんな彼女の様子をしばらく見つめていた後……旦那様的には必要な話は済んだって判断になったらしい。最後にきっちりとグレムリン(ゴジって名前なんだとか)とコンタローとを交換しつつ、リッテルに帰りを促す。


「ほれ、そろそろ俺達は帰るぞ。ホーテンさんのところで、仕事をせにゃならん」

「え、えぇ……そうよね。それじゃぁ、ティデル。えぇと、その……」

「そこは遠慮しなくていいし。……果物のお土産付きだったら、いつでも歓迎してやるわよ。私はともかく、みんなが喜ぶから」


 自分でもかなり嫌な奴だなって、思う。だけど、ここで素直に「いつでも来ていいよ」なんて言える程……私の心は器用でもなかった。


「そういう事なら、気が向いたらお邪魔する事にしましょうかね。もちろん、手土産はそれなりに用意すっから、心配すんな」


 だけど、私の太々しい態度に怒ることもなく、マモンもアッサリとそんなことを言ってくるのだから……思わず、拍子抜けしちゃうけれど。結局はリッテルにも厳しいと見せかけて……去り際に変な事を言ってくるのだから、こいつもリッテルには甘いんだなって、思ってしまう。


「あぁ、そうそう。……ティデル。今日は付き合ってくれて、ありがとな。1回ポッキリで、綺麗サッパリ後腐れなし……って、ワケには行かないんだろうけど。……少しでも前向きな返事をもらえて、良かったよ」

「……」


 ……こいつ、こんな顔もするんだ。あぁ、違う。確か……時計台でリッテルを引き渡してきた時も、こんな顔をしていた気がする。

 だけど……仏頂面から、ニコリと微笑んでみせるマモンに、私はどう反応していいのか分からなかった。そうして、あの時と同じように……黙りこくったまま、彼の背中を見送るけれど。こういう時くらい、きちんと反応できる器用さが欲しい。


(はぁ……私って、本当に嫌な奴。仕方ないなぁ……私もちょっとは、見習ってやるか)


 リッテルに追従するのは、気が進まない。でも……少しは「嫌な奴」を卒業できるように、頑張ってみてもいいかも。だって、一人ぼっちはゴメンだもの。嫌な奴のまんまじゃ、また一人ぼっちになっちゃうじゃない。……それだけは、真っ平ゴメンだわ。

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