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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第19章】荊冠を編む純白
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19−47 新しい持ち主候補

 やはり、言葉での説得は難しいか。

 陸奥刈穂は仕方なしに、ゲルハルトが買いそびれた工房を手に入れようと、単身「話し合い」に来ていたが。店内に入れてはもらえたものの、おもてなしのお茶も出てこなければ、友好的な空気は微塵もない。ゲルハルトが無作為に上げたハードルは、いくら「理知的な」陸奥刈穂を搭載したビルとて、飛び越えるのは容易ではなかった。しかも、同僚を殺されたという残酷な現実が、職人達にあらぬ副作用を齎している。


(ゲルハルトの奴め! ほんに余計なことをしおってからに……!)


 陸奥刈穂とて、知り得ぬことではあったが……あろうことか、ゲルハルトは職人1人を「気に入らない」という理由だけで銃殺していたらしい。そして、弁明の余地もない理不尽を前に、職人達は都合の悪い方へ一致団結してしまったのだ。ルルシアナには絶対に従わないという、彼らの強固な決意。そんな不都合の代弁者でもある、親方を前にして、陸奥刈穂は怒りを堪えるのにも苦労していた。無論、怒りの矛先はゲルハルトではあるが。しかし、そのゲルハルトの居場所は側近の腹の中。既に消化も済んでいる頃合いなので……怒りの矛先さえ、跡形もなく消滅している。


(ここはいっそ、全員を斬り伏せて……いや、それでは駄目だ。……小生が乗っ取った時点で、鍛造技術は失われる。しかも、小生が手駒にできるのは……持ち主たった1人だけだ)


 金はある。理由もある。だが、それはどこまでもこちら側の都合であり、親方に対する有効打にはなり得ない。目の前の店主は恐れ多くも、ルルシアナのドンであるビルを敵意混じりで睨みつけてくる。今の彼に、こちら側がお膳立てした餌に食いつく賢さはないだろう。


「……とにかく、お引き取りを。脅されようが、殺されようが、ワシはあんたらに従うつもりはない。……いや、ワシだけじゃない。この工房の職人は全員、あんたらに怒ってんだ。そんな奴らの下で働くんなら、死んだ方がマシってもんさ」

「ふん……それは弔いのつもりか? 陳腐なことだ。きっと、後悔するぞ?」

「そいつはどうかな? あんたらに従って、武器を作る方が後悔するに決まってる。生憎と、ウチは武器屋は廃業しているんだ。そんなに武器が欲しいんなら、他所を当たれ」


 努めて平静に応じてみても、親方の眼差しは憎しみを増す一方。それでも、冷静を貫くビルに1つだけ、ヒントを寄越す気になったらしい。厄介払いのつもりなのかは知らないが。ビルになりすましている魔法道具にとっては、非常に耳寄りな情報を溢すではないか。


「あぁ、そう言や。……そんなに武器が欲しいんなら、この街に出入りしている武器商人を探したら、どうだ?」

「武器商人? あぁ、確か……」


 ビルの記憶を辿った時に、そんな情報があったような……と、陸奥刈穂はトントンと柄の頭を指で小突きながら、思慮を巡らせる。そうしている間も、最後に手入れされたのがいつかも分からない、汚れた柄糸が見窄らしくて嫌になってしまうが。とにかく今は、話に集中する方が先だ。


「……グリード、だったか?」

「はて、そんな名前だったかもな。ワシも会った事がないから、どんな奴かは知らないが。何でも、凄腕の剣士でもあるとかで……それこそ、あんたらの仲間もこっ酷くやられたって、話だったな!」


 ビルがようやく捻り出した答えは正解ではあるが、親方の蔑むような態度は不正解に対するそれでしかない。吹っ切れるというのは、こういう事を言うのだろう。それでもグッと腹に燻る熱を押し殺し、代わりに深いため息を吐く。いずれにしても、ここは武器商人とやらを探した方が良さそうだ。とは言え……。


(本当に……ルルシアナの人間共は馬鹿ばかりで、腹が立つ……!)


 見送りの挨拶も頂けないまま、追い返される格好で店を後にするビル……もとい、陸奥刈穂。どうせ、従わないのなら全員切り捨てて、血を啜るのも良かったのかもしれないが。これ以上、目立つ訳にもいかないと……更にグッと堪えては、借り物の体で唇を噛み締める。


(まぁ、いい。今はグリードとやらを探すか……)


 腕の立つ剣士ともなれば、武器の扱いにも長けているはず。きっと、武器の手入れもできるに違いない。柄糸の巻き直しまでは出来ないかもしれないが、刀身を磨く事くらいは可能だろう。それに、何よりも相手は「凄腕の剣士」らしい。話を聞く限りでは、少なくともルルシアナ相手に立ち回れる程の腕はあると考えていい。場合によっては、新しい持ち主候補としても期待できそうだ。


(……だが、ルルシアナは既にグリードとも敵対関係にある……)


 期待できる相手ではあるが、事を構えたとあらば……ルルシアナには非協力的だと考えるのも、自然な思考回路というもの。まして、今の陸奥刈穂はカーヴェラを裏から牛耳るドン・ビルに成りすましている。商人である時点で、金にモノを言わせる事も出来るかもしれないが、お手入れを含む「真心込めた対応」は引き出せない可能性が高い。


(やはりルルシアナのままでは、分が悪い……いや。待てよ? 確か……)


 このビルが、ドンに認められた時のことだ。グリードとの取引の切っ掛けを掴んだと、先代のドンが嬉しそうに言っていた記憶を引っ張り出す。であれば、やはり最初から狙っていた老人に狙いを定めた方が良さそうだと、陸奥刈穂は一転、悪巧みの舌なめずりをし始めた。


(ヨフィが隠居先を押さえていたな。……こうなれば善は急げ、だ。……ドン・ホーテンとやらを我が物にするか)


 だが……陸奥刈穂は当然ながら、知らない。今まさに、ドン・ホーテン邸は陸奥刈穂こそを警戒した、厳戒態勢が敷かれていることを。しかも、ビルも陸奥刈穂も……「グリードと呼ばれる側の武器商人」とは、直接顔を合わせたことがない。故に噂の大商人が、魔界の大悪魔その人であることを……ビルに面影の記憶がない以上、陸奥刈穂は知る由もないのだった。

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