19−43 ピンピンコロリ間違いなしです★
ハイハイ、皆様もご機嫌麗しゅう。いつもの様に嫁さんに振り回されているマモンですよ、っと。今日は朝から人間界某所に、嫁さんとクソガキ共も同伴でやってきました。
そんな俺の目の前に聳えるのは、いつかの商談にお邪魔した立派なお屋敷。相変わらずだだっ広い前庭を突っ切り、ノッカーをカンカンと打ち鳴らしてみれば。これまた、いつかの時のように従順な感じのメイドさんが出迎えてくれる。
「お久しぶりで〜す。ジャーノンに頼まれて、来てみたんだけど……ホーテンさん、いる?」
「確か……あなた様は、グリード様でしたね。ご隠居様からも、グリード様であればいつでも迎え入れるように仰せつかっております。中へどうぞ」
「ふ〜ん……そうだったんだ。そんじゃ、ま。お言葉に甘えて、お邪魔しますかね」
素朴な笑顔でメイドさんが迎え入れてくれるのを見るに、俺は商談相手として認めてもらえている様子。しかも……うん。小耳に挟んではいたけれど。カーヴェラは程よく、悪魔的な存在も受け入れた街っていうのも、間違いじゃないっぽい。時折、興味津々でグレムリンをチラチラ見ている彼女の表情からしても、アーニャの前情報も確かなようだ。
「こちらでお待ち頂けますでしょうか。お茶をご用意いたします」
「お気遣いなく。うふふ……それはそうと、ホーテンさんは元気かしら?」
「えぇ、お陰様で。グリード様からお譲りいただいた枕をとてもお気に召されたようでして。最近は腰の調子もいいと、申しておりました」
それでは、ご隠居様もお呼びして参ります……なんて、メイドさんが終始嬉しそうに、そんな事を教えてくれるけれど。あの枕……冗談抜きで性能抜群じゃねーか。人間相手どころか、悪魔相手でもビジネスが成り立つぞ。……胡散臭い商品名のせいで、色々と損してんな、マジで。
「……お前らも、大人しくしてろよ。場合によっては、しばらくご厄介になるかも知れないんだから」
「はぁ〜い」
「パパ、おいら達もご隠居様を守ればいいんですよね?」
「まぁ、有り体に言えばそうなるんだが……相手が相手だからな。お前らの役目は、主に見張りだろうな」
よっこらせと、ソファに腰を下ろしながら、クソガキ共にも応じるが。俺としては、陸奥刈穂よりもヨフィとやらの存在が気に掛かる。ホーテンさんがどこまで「本家」の変貌を把握しているのかは、知らないけれど……少なくとも、ジャーノンからお留守を頼まれましたとでも言っておけば、オハナシも通じるだろうか。
「どうしたの、あなた。もしかして、緊張しているの?」
「そんな事はありませんよ? 私めはただ、プリンセスの美しさに戸惑っているだけです」
「まぁ! ウフフ……! 今のも、悪くないわね」
……尚、例のお仕置きは継続中。ぺラルゴを逃した時に買った不興を精算しようと、涙ぐましい努力しておりますが。……クソガキ達からも生ぬるい視線を浴びせられると、いよいよ切ない。
「パパ……頑張るでしゅ……!」
「うん、僕も応援するですよ」
そう言ってくれるのは、嬉しいんだけどな? 惨めさに拍車がかかるから、止めて欲しいんだ。
「おぉ! グリード殿! 来てくれたのか!」
これからの事を、今からゲンナリと考えていると……俺のしょんぼり気分を吹っ飛ばす勢いで、ホーテンさんがやってくる。と言うか……あれっ? 杖はどうしたんだ? それに……お顔の艶といい、伸びた背筋といい。なーんか、ホーテンさんが若返っている気がするが……。
「もしかして……本当の本当に、あの枕で杖いらずになった感じか?」
「そうなのだ! お主が譲ってくれた枕のお陰で、毎日の散歩が楽しくてな! あぁ、ところで……あのグッスリープピロー、もう1つ用立ててくれまいか? 是非に譲ってやりたい相手がいるのだが」
「う〜ん……1つくらいなら、すぐに用意できるけど……」
「本当か⁉︎」
例の誓約書にサインさせるついでに、ダイダロスから目ぼしい「発明品」を商材として仕入れておいてよかった……かも。ただ、ホーテンさんもいい加減、妙ちくりんな商品名は忘れてくれないかな。
「ハイハイ、そういう事でしたら……特別サービスで、もう1個進呈いたしますよ……っと。ちょいと、ホーテンさんにはこちら側のお願いもしなければならんし」
「お願い? ワシで良ければ、いくらでもお伺いするが……」
いくらピチピチになっても、ホーテンさんの落ち着き加減は損なわれていないみたいだな。しっかりとメイドさんが用意してくれたお茶を啜りつつ、この様子であれば冷静に話を呑み込んでくれそうだと判断して……俺はちょいとした悪ふざけと一緒に、種明かしをしてみる事にした。
「……⁉︎ グリード殿、そのお姿はまさか……! しかも、奥方まで……?」
「うん、まぁ。そういうこったな。ほれ、噂にも上がってるんだろ? この街には天使と悪魔が住んでいる、って。と、いう事で……はい、改めてハジメマシテ〜。グリード改め、俺はマモンと申しまして。魔界じゃ……」
「主人は最強の悪魔さんなのですッ! 主人さえいれば、人生は超安泰! ピンピンコロリ間違いなしです★」
「……」
俺の説明をぶった切って、一緒に翼をオープンにした嫁さんが力説し始めるけど。自己紹介くらいは、きちんとさせてくれ。相変わらず、お前は勢いも含めて、本当にブレないよな。
「……リッテル様。ピンピンコロリはよろしくないと思いますよ、この場合。ある意味で、1つの理想形だとは思いますが……それ、ご臨終って意味ですから」
「まぁ! そうだったの⁉︎」
「……姫様は相変わらず、無知でいらっしゃる。やっぱり、俺が傍にいないとダメなようですね?」
「そう、そうなのよ! グリちゃんは物知りで助かるわ。うふふふ……これでこそ、私の自慢の旦那様です!」
何、この壮絶極まりない羞恥プレイ。クソガキ達の視線も。ホーテンさんの視線も。とっても痛いんですけど。
「……と、まぁ。茶番で戯れ合うのは、この位にして。俺はこの通り、天使様に首根っこを掴まれている状態でな。大人しく、嫁さんのお仕事を手伝っているってワケなんだけど。で、さ。今回、こうやって押しかけたのは他でもない。ジャーノンから、ホーテンさんの身辺警護を頼まれていたのと……あいつの情報に天使様的にも、俺としても、捨て置けない内容が含まれていたからなんだ」
「ジャーノンがグリード殿に……? あぁ、いや。ここはマモン様と呼んだ方が良いのか?」
「いや? 気軽にマモンでいいよ。別に魔界で偉いからって、人間界でも偉いワケじゃないしな。こっちでブイブイ言わそうなんて、メンドーな事も考えちゃいないし」
そんな事を言ってやりながら、さっき出しそびれたグッスリープピローを呼び出して、そのまま献上すれば。艶やかなお顔を赤らめて、ホーテンさんが感動し始めた。だけど、本題も忘れていないと見えて、ジャーノンのお願い事も掘り下げてくるのだから……俺としては、やり易くて助かる。
(……しっかし、1番頼りになるのが人間って時点で、前途多難だよな……コレ)




