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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第3章】夢の結婚生活?
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3−17 人間界入門書

「……という次第でして。マディエルの報告書にも、記載があるかとは思いますが……おそらくアヴィエル様を含め、先日殉職したという天使も、精霊の材料とやらにされている可能性が高いと思われます」


 先日の潜入作戦の結果について、ラミュエル様に報告をしているが。彼女が非常に真剣な表情をするものだから、今回ばかりは「不真面目な話」は飛び出さないだろうと、思っていたのだが。


「そうね……まさか、ここまで事態が深刻化しているとは思わなかったわ。私はオーディエルとミシェルにも相談して、事態の収束に向けて何をすべきかすぐにでも話し合うことにします。兎にも角にも、全員無事に帰って来てくれて嬉しいわ。本当にご苦労様でした。それと、今回もハーヴェンちゃんがいてくれて良かったわ〜。もちろん、潜入の機転の良さもだけど、天使3人だけでは最初のステップで全滅だったかもしれないし……ハーヴェンちゃんにも是非、お礼を言っておいてくれる? それにしても、彼があの有名なハール・ローヴェンだったなんて。運命は色々と残酷ね……」

「えぇ。ですが、ハーヴェンの方は吹っ切れているそうでして。今回の事も……私怨よりも、私の任務を優先してくれました」

「そう。流石は頼れるルシエルの旦那様、ってところかしら? フフ……今回の報告書も素敵な仕上がりよ?」


 ……ここまで話し込んだ挙句に、真剣な表情を取り下げないで頂きたい。頼むから、報告書関連の雑談(不真面目な話)は私がいない時にしてほしい。


「報告書の中身については、結構です」

「あら? そう? でも、人間界のことで勉強になる部分も多いのよ? 特にお金の話とか」


 ラミュエル様の手には『愛の人間界入門書』という、メチャクチャなタイトルの小説が握られている。そして小説を見やりながら、ふむふむと……内容のおさらいついでに、恐ろしい事を言い出すラミュエル様。


「そう、チケット10枚で白銀貨とやらが1枚なのね。これを用意すれば、私もハーヴェンちゃんにお洋服見繕ってもらえたりするかしら」

「ハーヴェンは私の精霊ですので。そこは、譲りませんから」

「まぁ、ケチなこと言わないで? そのうち、監視担当者には人間界のお仕事をする上で、こういう部分もお勉強してもらおうと思っているの。人間界の監視は余程の事がない限りは、本当に見てるだけだったし……。このままでは、また大切なことを見落としてしまうわ。だから、今後は人間界で生活するということも覚えてもらおうと思ってて。ほら、今回みたいな潜入任務の場合、そういう事情に疎いとボロが出かねないでしょ? その時は協力してくれると嬉しいわ。ハーヴェンちゃんをお借りするかもしれないけど、大丈夫よ。あなたも一緒につきっきりで、を条件にするから」

「……」

「それに、ルシエルは可愛い嫁さん……なのでしょう? ラブラブな2人の間に割って入ろうなんて、チャレンジャーはいないわ」


 ラミュエル様は相変わらず、軽々しく恐ろしいことを仰るが。私としては、最近の天使達の姿を見ていると不安で仕方がない。チャレンジャーはいない……か。だといいのだが。


 妙に疲れる話が多かった、ラミュエル様との謁見を終えた帰り際も苦労の連続だ。ハーヴェンの食材リストの材料を揃えるだけなのに、どうしてこうも自分の周りに人だかりができるのだろう。

 ラミュエル様は約束通り、過度な干渉を控えるようにお達しを出してくれたのだろうが……それでも、自分に注がれる視線の温度が上昇しているように思える。間違いなく、あの「人間界入門書」とやらのせいだろう。……居心地が悪いこと、この上ない。


(そうだ、今日はハーヴェンが子供達を迎えに行っているはずだし、コンタローの子供用椅子と小魚も交換しておこうかな……。それと、入浴剤も……ラベンダーの香りとか、良さそうかな?)


 何気なく交換リストにそんな物を加えたものだから、周りから妙などよめきが起こる。

 ご存知の通り、天使は子供は産めないんだが。それでもって、入浴剤は個人的な趣味なんだが。

 そこまでしたところで……痺れを切らしたらしい、私の様子を窺っていたうちの1人が声を掛けてくる。


「あのう、ルシエル様。そのお椅子、何に使うんですか?」

「あぁ、魔界からエルダーウコバクの子分にあたるお供が来ていまして。1脚、椅子が足りないのです。サイズも子供くらいなので、これでいいかな、と」


 何気なく正直に答えた内容にすら、大げさな歓声が上がる。


「お供って……もしかして、あのウコバクちゃんですか?」


 ……そう言えば、コンタローのデータも登録してあったな。だとしたら、彼女達もウコバクの見た目は知っているということか。


「えぇ、そうです。大した悪さもできないような小悪魔なので、何も問題ありませんよ」

「あの、ウコバクちゃんってやっぱり……モフモフなんですか?」

「はい?」

「見た感じ、オルトロスとかグリフォンみたいなゴワゴワした毛じゃなさそうだし……もしかして、撫で心地も良かったりするんでしょうか?」


 いや、それではオルトロスやグリフォンが可哀想……と言うか、精霊は愛でるために契約するものではないと思うのだが……。


「確かに、ちょっとモフモフしてはいるかもしれませんが……あの子はお供であって、ペットではないですよ」

「でも、ちょっと羨ましいかも……」


 何だろう。神界では何かのキャンペーンかと思えるくらいに、魔界に対する友好ムードが高まっている気がする。確かにハーヴェンみたいな悪魔もいることだし、それ自体は悪いことではないのかもしれない。しかし、かと言って……悪魔は人間に悪影響を及ぼす事もあるため、手放しに友好的な雰囲気に迎合するのは、危険だと思うのだが。


「あの、それと……この入浴剤、ってなんですか?」

「え? あぁ、これは風呂に入れて香りを楽しむものですよ。それと含まれている成分によっては、血行が良くなったり肌が綺麗になったりといった効果もあったりして……。私もハーヴェンも、お風呂に入るのが好きなものですから……」

「お風呂⁉︎ ルシエル様、お風呂に入るんですか?」

「え? え、えぇ、人間界は色々と埃っぽいので……」


 天使はあまり汗をかかないし、食事は全て魔力に消化されたりする関係で……排泄も必要なかったりする。排泄に関しては精霊や悪魔も同じ原理で必要なかったりするのだが、どうしても人間界は空気も淀んでいるせいか……汚れる機会が多い場所でもある。もちろん天使も軽く水浴びすることはあるけれど、それこそ神界には風呂場という施設はない。

 しかし言われてみれば、風呂に入るという習慣はハーヴェンの綺麗好きの影響で染み付いたものだし……湯に浸かってのんびりするだけで疲れが取れたりするので、私にとってもなくてはならない日課になっていた。バスタイムをより充実させるために、テュカチアに倣って、気になる香りの入浴剤も用意するようになったのだが……。


「あぁ、私も素敵な旦那様と一緒に人間界で暮らして……お風呂に入ってみたい……」

「もしかして、ルシエル様はハーヴェン様とお風呂に入ったりするんですか?」

「その辺はノーコメントです」

「眠るときは⁉︎ 一緒なんですか?」

「その辺はますます、ノーコメントですっ!」


 妙に突っ込んだ質問がまるで堰を切ったように、あちこちから飛んでくる。周囲の様子に辟易しながら、彼女達を掻き分けてみるものの。……なかなかその輪から脱出できない。


「とにかく……そろそろ帰りますので、道を開けてくれませんか。すみません、通してください……」

「あ、待ってください! ぜひ、あの、ハーヴェン様に伝えてくれませんか? 私達にもそのうち、ビーフシチューを振る舞ってくださいって」

「……⁉︎」

「私達、ルシエル様が羨ましくて……私達もこの本に書いてあるような食事とデザート、食べてみたいんです!」


 そういうことか……。マディエル、報告書にハーヴェンの料理のことも記録していたのか……。

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