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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第19章】荊冠を編む純白
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19−34 嘆かわしい程の豹変ぶり(+番外編「ルシエル様取扱説明書」)

「ヴァルプスちゃん、待って! とにかく、ちょっと落ち着いて!」

「これが落ち着いていられますか、マスター! この状況は想定以上に、最悪です! すぐにでも、プログラムを発動しなければ……!」


 超低速モードでようやく、ローレライにラミュエル一行がたどり着けば。そこには霊樹と呼んでいいのかさえ疑わしい、純白の城が浮かんでいた。しかし、魔力の感じからしても……目の前でゆっくりと空へ舞い上がろうしている魔城がローレライだったことは疑いようもない。その輝かしくも、嘆かわしい程の豹変ぶりに……ヴァルプスは機械仕掛けの感情を滾らせ、単騎突入も待ったなしの状態だ。


「ヴァルプス。お前の焦りも理解できるが、ここは少し落ち着くのだ。機神族の未来はお前のプログラムにかかっておるのだろう? 今は急ぐことよりも、確実に事を成し遂げる方が大事だと思うが」


 ヴァルプスを必死に静止しているラミュエルの横から、オーディエルが2人とも落ち着けと静かに諭す。そうされて、ヴァルプスも道理は飲み込めはするのだろう。しかし、それでも彼女は突入を諦めていない様子。図らずともヒートアップしてしまったと、前置きをしながらも……収集してきたデータを盾に、突入が最善策だと駄々をこねる。


「こちらの観測データからしても、現在のローレライが吐き出している魔力は異質です。すぐにでも停止しなければ、世界に甚大な被害をもたらすでしょう」

「魔力が異質? それは、瘴気が濃いという意味か?」

「……いいえ、違います。きっと、天使様達はご存知かと思いますが……各霊樹の吐き出す魔力に反応して、自身も魔力を持つようになったものが精霊となります。しかし、機神族は精霊に至るまでのプロセスさえも特殊なのです」


 ドラグニールの魔力を受けたものは竜族に。

 ローレライの魔力を受けたものは機神族に。

 アークノアの魔力を受けたものは魔獣族に。

 グリムリースの魔力を受けたものは妖精族に。

 より多くの魔力を必要とする精霊達はそれぞれの世界で暮らし……死してなお、ユグドラシルに身を捧げ、魔力を還元する事で世界を保っていた。


 これはかつて天使長が語った、「創世神話」の一節だが。ヴァルプスの機神族考には、更なる条件が存在するらしい。キュリリと機械音を響かせながら、ヴァルプスが器用に首を振りながら話を続ける。


「機神族以外の精霊は、元から命ある何かしらの生命体が進化したものです。ですが、機神族は命さえない無機物から生まれた精霊であり、他の精霊とは命の在り方そのものが異なります。本来であれば、機神族の命はローレライの魔力を通じて賄われるものなのです。そして、この場所を満たしている魔力には紛れもなく、ローレライの“生かすための魔力”も含まれています。しかし、禍々しい空気を帯びているのを感じる限り……このまま放置すれば、本来は精霊化しなくて良いものまで精霊として生み出す可能性があるかと」


 そこまで説明したところで、ヴァルプスが胸のパネルを開けると……天使達に彼女の内部に鎮座する「2つの仕組み」を示してみせる。片方は煌々と輝いている一方で……片方は鬱々と仄暗く、沈黙したままだ。


「……輝いている方が今、この私を生かしてくれている魔力の器の代替品……“ヴァルプルギスの鼓動”と呼ばれる魔法道具です。そして、消灯している方が元々私が機神族として持ち得ていた命の根源……“ローレライの旋律”と呼ばれる心臓部分になります」

「そう言えば……ローレライとは、海に住む美しい魔女の伝説から名付けられたと聞く。絶海の宝島を守る女神の歌は船乗り達を惑わせ……不用意に近づく者を、海へ引き込むと言い伝えられていたな。旋律、という名称もそこからきているのか?」

「えぇ、由来としてはそんなお話だったかと。しかし……オーディエル様は随分と、ローレライにお詳しいのですね?」

「……私はロロアッティ出身でな。船乗りだった父が語ってくれる、お伽噺が大好な人間時代もあったのだよ」


 大柄な父親を持ち、何かと気性の荒い兄弟達と育った事も手伝って、オーディエルは彼らに混じって男勝りの気質と体格を維持していた。そうして、父親の船で一端の乗組員として海原を駆けていた時代のことも、確かに覚えてもいる。

 だが、今は郷愁に浸っている場合ではないと、オーディエルが話を切り上げてヴァルプスに説明の続きを促す。そうされて、ヴァルプスもかしこまりましたと、彼女達を説得するための熱弁を垂れる。


「……この通り、私が持ち得ている本来の心臓は正常な状態で稼働していません。しかし、こちらにきてから、僅かですが反応するようになりました。このままの状態で放置すればするほど、私が搭載しているプログラムを起動する前に、今の悪しき魔力に取り込まれてしまう可能性が高いと思われます。何せ、先程までローレライの旋律は僅かな光さえも宿していなかったのです。それなのに……私が意識する間もなく、勝手にリブートを始めています。しかも、この魔力は計測値からして、機神族以外の生命体にも影響を及ぼす危険性が高いと判断されます」


 そうして今度は胸のパネルを閉じると同時に、モニタを起動させて……ヴァルプスが収集アプリケーションで解析したらしい数値を示してみせる。そうして悪いことに、現在のローレライの魔力は純粋な機神族のための魔力以外に、多量の瘴気がブレンドされており、「悪意」を持つ者全てに作用するだろうと結論づける。


「であれば、やはり……ここは一旦戻った方が良さそうだな」

「……⁉︎ ど、どうしてですか、オーディエル様。この状態で放置すれば……」

「瘴気にプログラムが取り込まれてしまう……か。だがな、それは天使も同じなのだ、ヴァルプス。天使は非常に瘴気に弱い。……我らが供では、お前のプログラムが完遂するまで守り切れる保証もない」

「しかし……」

「だから、ここは素直に悪魔の力を借りることにしようぞ。……ふふ。幸いにも、魔界から最強の軍隊を借りられそうなのだ。きっと彼らなら、瘴気や数多の敵をもものともせずに、お前を守ってくれるだろう」

「悪魔……」


 持つべきものは、頼りになる未来の旦那様かな。そうして、場違いにもオーディエルがちょっと嬉しそうに肩を揺らした後、転移魔法要員として同行していた調和の天使に「仕掛け」の準備ができているかを確認し始めた。


「コホン……エマニエル。塔の楔は持ってきているな?」

「もちろんです、オーディエル様。移動に時間がかかると分かっているのなら、こちらを用意しない手はありません。ですよね? ラミュエル様」

「そうね。……分かったわ、オーディエル。ここに楔を残していきましょう。……勝手に観測ポイントを増やすと、ミシェルに怒られちゃいそうだけど……今はそんな事を言っている場合じゃないわ。悪いのだけど、エマニエル。……楔と一緒に、転移ポイントの展開もお願い。……浄化魔法と結界魔法は私の方で展開するわ」

「かしこまりました」


 天使達は闇属性の魔法である「ポインテッドポータル」を使う事はできない。だが、塔の観測地を増やすという手段はきちんと用意しており、そうして埋め込んだ観測地の楔を基準とした神界門の出入り口を増やすことは可能としていた。しかし……。


「それにつけても……やはり、闇属性のポインテッドポータルは便利ですよね、オーディエル様」

「そうだな、グラネル。このやり方では、結局は神界門を経由せねばならん。いつでもどこでも……という訳にはいかないのが、何とも不便だ」


 オーディエルはそこまで直属の部下に応じると、早速楔を打ち込み始めた救済部門の天使達を見やる。そんな彼女達の側には、機械仕掛けとは思えない程に疑り深い顔をしたヴァルプス。おそらく突入を却下されて、ちょっとご機嫌斜めなのだろう。それでも、瘴気への的確な対抗手段を示したことで、彼女もそれなりに納得した様子。必要以上に騒ぐこともなく、ラミュエルとエマニエルの所作を見守っている。


(さっきまでは今にも飛び出しそうだったのにな。……彼女にも悪魔の頼もしさが伝わったようで、何よりだ)


 それこそ、ほんの少し前の天使には「悪魔の手を借りる」なんて荒唐無稽な発想はなかったろうに。だが、この馬鹿馬鹿しいまでの豹変ぶりは悪いことではないのだと、割り切って。早速、愛しの文通相手にお願いをしに行かねばと……オーディエルはこっそりと、魔界に想いを馳せるのだった。

【番外編「ルシエル様取扱説明書」】


「ハーヴェン……話を聞いてほしいんだけど」

「ナニナニ? 俺に何を聞いてほしいのかな?」


 擦った揉んだもあったけど。無事に始まりの天使シスターズを見送って、ルシエルもホッと一息……というワケでもないらしい。いつになく悲壮なお顔で、ギュムッと俺の腰に抱きついてくる。


「あのダンタリオンが『愛のロンギヌス』に夢中だと聞いてな。……堪らず、ダンタリオンを問い糺したんだ」

「おぉう……? あのダンタリオンが? あの妙な恋愛小説に夢中? ……それ、何かの間違いじゃ……?」

「いや。……別の意味では間違いじゃなかった」

「うん?」


 あの「呪いの書」は幸か不幸か、悪魔の間でも話題沸騰中らしい。その事に図らずともショックを受けたらしいルシエルさんは、いつも以上に萎れていらっしゃる。だけど、それ以上にショックだったのは、ダンタリオンの読書の目的が「キュンキュンするため」じゃなかった事なのだそうで……。


「ダンタリオンにしてみれば、呪いの書も研究対象なだけで、中身はどうでもいいという答えが返ってきてな……。グスッ……! 恋愛を熟考したというダンタリオンから、『愛のロンギヌス』の研究資料をもらったんだけど……!」

「愛のロンギヌスに……研究資料⁇」


 そうして、手渡された分厚い研究資料をペラペラと捲ってみれば。あまりに本格的な内容に、乗っけからクラクラさせられる。えぇと、これは……何の研究資料なんだ⁇


「……恋愛のメソッドその3。女性が甘えてくる時は、更に甘やかすべし。洋服を贈るのも一考なり。なお、的確に相手を喜ばせるには、それなりの物を選ぶセンスを磨かなければならない。それでも難しそうであれば、甘い物を与えるに限る……?」


 更に続くのは、お散歩に連れて行く、お話を聞いてやる、いいところを無理やり探してでも褒めてやる……ナドナド。ズラズラっと並ぶ、解説にどう反応していいのか分からない。いや、確かに……言っていることはそれなりに正しい気がするが。そもそものベースがあの恋愛小説なだけであって、根本的な何かがズレている気がする。第一……。


(最終的には「甘い物を食べさせるべし」って結んでいる時点で……)


 この考察対象は間違いなく、ルシエルだろうな。


「こんな資料を寄越されて大真面目に語られたら、怒る気にもなれなくてな。寧ろ……」

「……もうヤメてくれ、が本音ってトコロか……」


 そうして、意気消沈したルシエルさんはダンタリオンを怒る事もできずに、今の今まで泣くのも堪えていた様子。いよいよ、俺のエプロンに顔を埋めながら大泣きし始める。


(こいつは相当にヘビーな読書感想文だな……。大真面目な分、ルシエルの生態もきっちり研究し尽くされているというか……)


 甘いものに目がないこと、空腹時は凶暴になること。それから……。


「ルシエル、ほれ。悪魔的モフを堪能させてやるから、機嫌を直せよ。大丈夫さ。ここに書いてあることが万が一、本当の事だったとしても。俺はお前のことが大好きだぞ〜」

「ほ、本当?」


 「メソッドその6」と「メソッドその19」を早速、実行してみれば。ものの見事にご機嫌を直す嫁さん。

 ……うん。「愛の言葉」と「モフモフ」の進呈もルシエルさんの心を鷲掴みにするには、超有効っぽい。この嫁さん取扱説明書、もとい、研究資料はこっそり有効活用させてもらおう。

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