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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第19章】荊冠を編む純白
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19−28 意地悪な計らい

「こんちわ〜……院長先生、いやすかね?」

「あっ、ようこそ、ルシー・オーファニッジへ。その……院長先生はしばらく不在ですが、お話は聞いていますよ。お品物を届けに来てくださったんですよね?」

「へぇ、まぁ……」


 相変わらず兄の心配をしながら、パトリシアが事務処理を真面目にこなしていると。いつかの鍛冶屋が、院長先生に注文されていたと言う品物を届けにやってくる。彼曰く、今回は素材がやや特殊だったので、少し時間がかかってしまったとのことだったが。その分、出来栄えは保証すると……見習いから、本格的に職人なったらしいヤジェフがお披露目前から胸を張った。


「あっ、ヤジェフさん。お久しぶりです」

「あぁ、お久しぶり。シルヴィアちゃんも元気そうで、何よりだねぇ」


 少しばかり重たそうなプレートを小脇に抱えたまま、パトリシアに連れられてヤジェフが食堂に姿を現す。ちょっとした大イベントがあったばかりでも、シルヴィアにはまだまだ顔見知りを快く迎え入れる余裕も自我もある様子。きっと、自分が一緒に注文しに行った事もあるのだろう。ヤジェフのお届け物の中身が気になると、いつになくワクワクし始めた。


「お待たせしやした。こちらがご注文の品物になりますよ」

「凄い! こんなに細かいところまで……お願いした通りですね!」


 シルヴィアが感動したように、お届け物に熱い視線を注ぐ。そんな彼女の様子に、中庭から帰ってきたギノも興味津々だ。


「シルヴィアちゃん、それ……もしかして?」

「えぇ、そうです。この孤児院の看板ですよ。ほら……凄いでしょ! この天使様、まるで生きているみたい!」

「うわぁ〜! 本当だ! これ……おじさんが作られたのですか?」

「あ、あぁ……そうだけど……」

「って、すみません。初めてお会いするのに、突然話しかけて。……僕はギノって言います。神父様がいない間、ちょっとお留守番をすることになったんです」

「そ、そうかい……。俺はヤジェフと、言ってね。そうかぁ……君がギノ君かぁ……」

「……?」


 あぁ、ごめんよ。ちょっと、神父様からも君の話を聞いてたもんで。

 ギノと名乗った「人ならざる少年」の面影に、有り余る既視感を覚えながら……ヤジェフはしどろもどろで、ようやく息を整える。まさか、こんな風に彼と再会することになるなんて。


《ただ……あの子の変わり果てた姿を、あんたが受け入れられるかは俺には分からない。あんたがあの子を捨てたという現実がもたらした結果がどんなもんかを、受け入れる覚悟があるのなら、春先に花屋を気にしているといい》


 裏路地での邂逅の時にそれとなく、ギノが「人間ではなくなっている」事を知らされてはいたが。不意打ちにも程がある息子との遭遇では、そう簡単に覚悟を用意できるものもできない。それでも……。


(……そうか……ジーノ、生きてたんだな……。しかも、こんなに立派になって……)


 不思議そうな顔でこちらを見つめる少年の頭には、立派な紫色の角がニョキっと生えている。鈍い銀色の鱗に覆われた尻尾を見るに、彼はいわゆる精霊という存在なのだろう。だが、自分とお揃いの柔らかな茶色の髪に、グリーンの瞳の色を認めれば。……ヤジェフはいよいよ、込み上げる何かを堪えることができなくなっていた。


「あっ、どうしたのですか? 大丈夫ですか……?」

「ご、ごめんよ……ちょっと、目にゴミが入ったみたいでさぁ……」

「そうですか……? なら、いいのですけど……」


 きちんとアーニャから代金を受け取りながら、その中から銅貨3枚を返還しては。そうすることで、ようやくヤジェフも落ち着くものがある様子。しかし、未だに鼻をズズッと啜っている頼りなさげなおじさんが、どうも心配らしく……ギノが彼を店までお見送りをすると、言い出した。


「えっ? いいのかい……?」

「はい。僕も鍛冶屋さんのお仕事に興味がありますし。ちょっと、お邪魔してみたいです」

「そ、そうか……うん。それじゃぁ。ちょいと、一緒に行きやしょうかね。アーニャの姉さんもそれでいいでしょうか?」

「もちろん、構わないわよ。この子にお仕事のこと、たくさんお話ししてあげて」


 彼女の聞き分けの良さを見る限り、目の前でニコリと微笑むアーニャはそれとなく「事情」を知っている様子。ギノの職場訪問も素敵な事だと、快くお見送りしてくれる。しかし……。


(さぁて、何を話せばいいのかねぇ……。こんな風に……)


 夢にまで見た一緒の時間が、こんなにも呆気なく実現するなんて。ヤジェフの隣を素直に歩くギノは、外観は15〜6歳程の年頃に見える。しかし、ヤジェフは知っている。いや……忘れやしない。この子が本当は11歳だという事をしっかりと覚えているし、誕生日も決して忘れていない。


「なぁ、坊ちゃん。そう言や、君はいくつくらいなんだい? 見たところ、15歳くらいかな?」

「本当の歳は覚えていないんです。僕は竜族っていう、精霊なのですけど……。僕達は脱皮をして大人になりますが、脱皮のタイミングは年齢で決まっているものでもないので……あまり歳を数えることも、気にする事もなくて」

「そっか。……そうなんだ」


 人間としての年齢を覚えていないばかりか、自分を「竜族」だと言い切るかつての息子の姿に、ヤジェフは少しばかり肩を落とす。余裕のある優しい微笑みに、柔和で堂々とした佇まい。くたびれた帆布のエプロン姿の自分とは住んでいる世界が違うのだと、知らしめるように何もかもが整った姿格好。ここまでの差を見せつけられれば。ギノを自分の息子だと嘯いたところで、信じる者はもういないに違いない。


(そう、だよね……今更、父親面して会っていい相手じゃぁ、ないんだよなぁ……。そうか、この子は……)


 自分が知っている息子じゃないんだ。もう……赤の他人になり切ってしまったんだ。

 だけど、今は彼が生きているだけで満足するべきなのかもしれない。それでなくても……。


(お前が生きているってだけで、頑張れたんだよ。そうさね……どんな事があっても、いつか会えるって信じて……頑張って来れたんだ)


「ヤジェフおじさん、大丈夫ですか? また……目にゴミが?」

「う、うん……そうなんだ。いやぁ、こんなに……埃っぽいエプロンをしているのが、いけないのかもねぇ。……見窄らしい格好で、ごめんなぁ」

「いいえ、そんな事ありません。いかにも使い込まれている感じがして、格好いいです」

「格好いい……かい?」

「えぇ。僕はとっても格好いいと思います。一生懸命に働いている人はみんな、格好いい大人だと、僕は思うんです。僕もヤジェフおじさんみたいに、きちんと仕事ができるような格好いい大人になりたいです」

「……!」


 もう、ダメだ。そんな事を言われたら……。


「あっ、本当に……大丈夫ですか、ヤジェフおじさん。……少し、休みますか?」

「い、いや……大丈夫だよ。今度は嬉し涙なんだ。そんな風に言われたのが、初めてなもんだから。……ちょいと、感動しちまって」

「そ、そうですか……」


 いよいよ訝しげな視線で自分を見つめてくるギノの一方で、ヤジェフはとうとう堪えきれずに大粒の涙を流す。だが、それは悲しい涙ではない。本人が白状したように……本当の嬉し涙だった。姿形は変わっていようとも。ギノはヤジェフが知る、優しいジーノのまま。誰が何を言おうと……記憶の中で微笑む息子の面影は、上書きされようもない。


(……ふふっ、神様も本当にイケズなことをしなさるなぁ……)


 それは粋でありながら、どこまでも意地悪な計らい。今更、父親だと名乗る事もできないけれど。ギノがきちんと生きていた。その確かな事実があれば、ヤジェフは生きることをまだ諦めなくて済みそうだと……ようやく涙を乾かすのだった。

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