表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第19章】荊冠を編む純白
857/1100

19−27 陽の当たらない裏道

(悪魔め……私をこんな場所に放り出すなんて……! ゔっ……それはそうと、なんて酷い臭いなんだ!)


 こんな場所も、優雅な私に到底相応しくない!

 そう1人でブツクサと文句を垂れては、キョロキョロとあたりを見渡すぺラルゴ。口ではなんとでも言えるが。強気な文句の割には、恐々と腰が引けた姿勢で辺りを窺う様は、なんとも情けない。

 マモンが開いたポータルを潜った先に広がっていたのは、見慣れたようで見慣れない、暗い裏路地。まだまだ日は高いと言えど、どんよりと曇った風景にペラルゴはさも気に食わないと鼻を鳴らす。彼が佇むのは、自身には絶対に相応しくないと思い込んでいる場所……カーヴェラの裏路地だった。見れば、路地の薄汚れた壁に同化する様に、浮浪者や飲んだくれがそこかしこに転がっては、何とも言えない異臭を放っている。


(……なーにが、魔王の妻……だ。そんなものの隣に収まっているより、私の横にいる方が余程、エレガントになれると言うのに。……本当に、馬鹿な女だな)


 助けてもらった恩さえも、鶏も顔負けのスピードで忘れ去り。3歩歩けば、ぺラルゴの心の内は強欲の真祖夫婦への悪態で満ちていた。結局、ぺラルゴの自信と驕慢の汚れはちょっと地獄に叩き落とされた程度では、洗い浄められないものだったらしい。しかし……オドオドと歩みを進めつつも、まずは表通りに出ようと方向転換をしたところで、流石の恩知らずも自分がどんな状況に置かれていたのかを思い出す。


(そう言えば……この先、どうすればいいんだ? オジキを頼る事もできない、かと言って……)


 ブルーエリアにある、ルルシアナ本家に逃げ帰る事もできない。何せ、ぺラルゴはルルシアナから縁切りをされた挙句、本家からも叩き出されたのだ。新しいドンであるはずのビルはホーテンには「何かの機会を窺うように」遠慮を示しており、若いペラルゴ(と言っても、実年齢は30代だが)の保身よりも、枯れかけているホーテンを尊重することを選んだ。結果、ご隠居を怒らせたぺラルゴは本家からも追い出され、ホーテンが「よしなにしている」警護官達に追われている最中に……気がつけば、魔界に迷い込んでいたのだった。


 なお、ホーテンのお怒りの理由をぺラルゴは純粋に自分がしでかした残虐に対するものだと思い込んでいたが……実際の理由は別のところにあった。マフィアである以上、ホーテンも血生臭いことには相当に慣れている。市民に対する虐殺程度では(言い方は非常に悪いが)自身も同じ道を歩んできた手前、ぺラルゴへも厳しめの諫言程度で済んだだろう。ホーテンの真の怒りのツボは、彼がファミリーだと認識している「取引相手の妻」に対する、横恋慕だった。

 ホーテンを含む歴代のドン達が作り上げてきた「アズル会」では、構成員に徹底的な規律の遵守を求める。仲間を絶対に裏切らないこと、仲間には絶対に嘘をつかないこと……等がつらつらと「アズルの戒律」には並んでいるが、その中には「仲間の妻には手を出さない」というものがあった。そう……ホーテンの感覚では、ぺラルゴの度を超えた横恋慕がこれに抵触するという判決になったのだ。個人的な取引とは言え、「素敵な枕」をもたらしてくれた大商人は恩人であり、大切な仲間である。ホーテンにしてみれば、かの大商人・グリードに対する敵対行為は見過ごせない大失態だった。


(クソッ……! 何が、助けるのも容易い……だ! フン! 所詮口だけだな、魔王とやらも!)


 口だけなのはぺラルゴも同じではあるが、そんなことに気づけるのであれば、彼はとっくに「マトモになっている」だろう。

 生まれた時から自分は素敵な存在であり、特別な存在。ホーテンの妹であった母と、根っからのマフィアだった父はぺラルゴが12歳の時に、組織同士の揉め事で命を落としていた。きっと、果敢に戦い、一族のために死んでいった彼らへの手向けの意味もあったのだろう。忘れ形見でもあるぺラルゴは、彼らが亡くなってもそれはそれは大切に育てられた。特に初孫でもあった彼をホーテンの父は相当に可愛がっていたし、故に、できることならぺラルゴにはマフィアの道ではなく、ごく普通の貴族として生きてほしいという娘(ホーテンからすれば、実妹)の願いも聞き届け、美術館を建てては「美しいものに囲まれて」育つようにと手筈を整えたくらいである。

 そして、ホーテンも彼らの遺志に逆らうつもりもなかったのだ……最初は。しかし……徹底的に誉めそやされ、甘やかされ、自分は「素敵な存在」だと刷り込まれたぺラルゴの自己中心的な思想は、手が負えない程に大きな塊へと凝り固まっていた。マモンが指摘したように、「自分が思っているほど、素敵な存在ではない」はずなのに、彼は信念を曲げようとはしないし……そもそも、自分が間違っているなんて視点を持つ事もできないまま、「大きな子供」になってしまっている。

 しかし、いつまで経っても大人になれない彼を、ホーテンはただ甘やかすつもりもなかったらしい。それでなくても、ホーテンは相当の実力主義者であり、合理主義者である。実の娘であるシャリアを見限ったのも、ぺラルゴを見捨てたのも、商会のドンとしては当然の対応だった。父親であり、叔父である以前に、彼はアズル会のトップでもある以上……ただ身内だからと言う理由だけで、問題を起こし続ける不安要素を庇う程までに、馬鹿でも阿呆でもない。


(助けてくれる奴は……いない、か。はぁぁ……美術館も取り上げられてしまったし……これから、どうすればいいのだろうな……汗を流して働くのは、エレガントな私のする事じゃないし。それにしても、あの天使が持っていたパネル……どうにかして、手に入れられないか? あれさえあれば……)


 足元に転がる小石を、八つ当たり紛れに蹴り転がしながら。相も変わらず、身の程知らずの自己中心的な世界を自身の中で回してみても。景色も境遇も状況も……何1つ、変わりやしない。いや、少しずつの変化はあると言った方が正しいのかもしれない。ジワジワと僅かずつに回る毒が如く、ぺラルゴの境遇と状況は徐々に悪化していくのだから。

 ……人間は食べなければ、生きていけない。そして現代において、命を担保する大切な食事にありつくには、食い扶持を得るために働くしかない。有り体に言えば、「働かざる者食うべからず」である。しかして、ぺラルゴは既に表舞台へ戻ることはできない立場である。その上、中途半端に(悪い意味で)有名人でもあったため、遠方にでも行かない限りは職にありつく事もできないだろう。

 ホーテンに叩き落とされた境遇は同じに思えるが、手切金を幾ばくか受け取り、犯罪者ではないシャリアにはまだ「真っ当に生きて行く」道は残されていた。だが、ぺラルゴの場合はそうではない。彼は自分の理想を満たすために、多くの犠牲を生み出した後なのだ。悪魔にさえも呆れられる所業が人間社会で寛恕される等、あり得ぬこと。ましてや、天使の持つ魔法道具を手に入れるなんて。自身が蒔いた凶作の種さえ収穫できない、タダの人間には無謀もいいところだ。


 人はなかなか、簡単には変われない。だが、だからと言って変わらなくていい訳ではない。周囲を変えることは難しくても、自身を変えることは努力次第でいくらでもできる。それでも……必要な変化さえも受け入れられないぺラルゴが悔い改めることはおそらく、ないだろう。なぜなら、彼は自分を「特別で素敵な存在」だと頑なに決めつけている。そんな彼の未来にあるのはただただ、どこまでも暗鬱とした破滅へ伸びる、陽の当たらない裏道のみである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ