19−24 ネジの外れた阿呆
「ふ〜ッ……やっぱり、コーヒーは淹れたてに限るな。もう、そんなに緊張しなくてもいいし。こいつを飲んで、ちったぁシャキッとしろ、シャキッと」
「し、失礼な! 私はいつもビシッと決まっているのだ! そもそも……誰のせいでこんな目に遭ったと思っている! お前があの時、素直に奥様を手放していれば、こんな事にはならなかったはずなのに……!」
「あ? リッテルが……なんだって?」
ちゃっかりコーヒーを受け取りつつ、お熱が籠ったお口でぺラルゴさんが語る事には。奴は嫁さんへの情熱と愛情とを忘れられなかったとかで……彼女の行方を探しに探しまくったらしい。だけど、リッテルは普段は魔界で暮らしているし、最近の人間界へのお出かけといえば、ご立派なグランティアズ城の調査ぐらい。……そう言や、カーヴェラにはしばらく行っていない気がする。素敵な再会を夢見たところで、住む世界が違う以上、諦めてもらうしかないんだが。
「……ま、街でバッタリ! なんてシチュエーションでも、リッテルがお前さんにくっつく事は絶対にねーだろうけど」
「そんな事はないはずだ! こんなにも麗しくて、魅力に溢れる私に……」
「ハイハイ、それ以上はいらねーし。しかし……なぁ、ぺラルゴさん。それ、本気で思ってる? 本当に本当で、本心か? 言っておくが……お前さんは自分が思っている程、素敵な人間じゃないと思うがな。見た目も平々凡々、オツムの出来は平均以下。ご立派なのは、お召し物だけ。現実を無視して虚勢を張るのは、やめといた方がいいと思うぞ」
「なっ⁉︎」
コーヒーをチビチビやりながら、俺なりの見解を示してやっても。当のぺラルゴさんはお顔を真っ赤にして、ワナワナとちっぽけな怒りに震えるばかり。だが、この反応を見る限り……本気っぽいな、これは。
(しかし……なーんか、妙なんだよな)
正直なところ、ご本人の見た目はソコソコ……可もなく、不可もなく。ちょっと鼻が高い以外は、至って普通なお顔立ちをしていらっしゃる。ここまでの揺るぎない自信を構築できるまでには、ちょいと物足りない。もちろん生まれた環境と、生まれ持った気質が絶妙にブレンドされた結果、こんなにもネジの外れた阿呆が組み立てられた……とするのも、あり得なくはないかも知れない。だけど、この胡散臭さはそこまで浅はかじゃないと言うか。
そうして、改めてマジマジと観察してみれば。こいつのお顔立ちそのものに、有り余る違和感を感じる。あれ? そう言や……こいつの鼻、こんなに高かったっけ?
「あのさ。もしかして……お前さん、お顔をイジってたりする?」
「ゴフッ……! ななななな、何を言うのだ! 私の顔は……えぇと、その」
「……その鼻、作りもんだよな?」
わざわざ淹れてやったコーヒーを噴き出しながら、慌てて俺の予想を否定してくるものの。尻すぼみの勢いといい、さっきまでの自信を萎ませたのといい。……なるほど。こいつの有り余る自信は、お顔を理想に近づけた結果からくるものか。で、もって……。
「あぁ、そういうこと? お前、リッテルが恋しいあまり……誰かさんにも同じような改造を強要したか? しかも、全面的なやつ」
「な、なぜ、そんな事まで分かるんだ……? そもそも、お前は一体……何者なんだ……?」
「……さっきからちょいちょい、話題に上がってた気がするんだけど……ハイハイ、だったら仕方ねーな。改めて自己紹介いたしますよ、っと。俺は本当はマモンって言ってさ。最上級悪魔の1人で、強欲の真祖をやっていたりするんだな。魔界には各領分……まぁ、欲望の種類だな……で分かれている悪魔の元締めが存在していて。俺はその中でも、“強欲”の悪魔を仕切ってる訳なんだけど。一応、これでも魔界じゃ偉い方なんだぞ?」
「そうだったの……?」
そうだったの……じゃ、ねーよ。このスットコドッコイが。
「お前さんの間抜けさは、さて置いて。そんな事情なもんだから、こっちに迷い込む奴の傾向はある程度、分かるってだけなんだけど。俺のテリトリーに来る奴は誰かから無理やり何かを奪ったり、欲しいものを手に入れる為に度を超えた悪いことをした奴って、ある程度は決まっている。で、こんな所にまで来ちまうってことは……相当人数がおっ死んだんじゃねーの、お前さんのせいで。……何人、やったんだ?」
「確か、14人……。だけど! 私だって別に、殺すつもりはなかったんだ! どうしても、肖像画に描かれたような美人が欲しくて……それだけだったのに!」
殺すつもりはありませんでした。悪意はありませんでした。
そら、やらかした奴は大抵、そう言うわな。だけど、やっちまった事はどんなに反省しても「取り消し」はできないし、こいつは1度ならず14回も同じ過ちを繰り返している。しかも、理由はどこまでも自己中心的で、独善的。……欲しいものを手に入れるために、なりふり構っていられない気持ちも分からなくもないが。こいつは状況的に見ても、悪魔より救いがないかも知れない。
「そんなに心配しなくても、俺にはこっちに迷い込んだヤツを甚振ったり、皮を剥いだりなんていう趣味はないもんで。お前さんをどうこうするなんて気も、ないけど」
「そう、か……じゃ、じゃぁ……」
「ただし! 積極的に助ける義理もねーぞ。生身でこっちに来るって事は、ヨルムツリーに魂がよっぽど気に入られたんだろう。……あいつは腐った魂が大好物でな。魔界に体持ちで迷い込むのは、闇堕ちして悪魔になっちまった奴か、闇堕ちすらせずに呼ばれた大罪人だけ。でもって、悪魔は転生した時点で死をもって一応の禊を済ませた扱いになるが、大罪人はそうじゃない。……現実からも罪過からも逃げ出して、魔界に呼ばれるレベルで救いようのない奴って事なんだ。そんな腐った奴を助ける程、俺はいい子じゃない」
なんだか、最近自分でも忘れかけているんだけど。俺は悪魔……徹底的に悪い子なのが、当たり前。自分の利益に繋がるのならともかく、ただ迷い込んだだけの大罪人を助けてやる程、慈悲深くもない。これはどっちかっつーと、天使ちゃんの仕事……でもないな、あの様子だと。イマドキの天使様は悪魔には随分と優しくなったけど、人間には相変わらずドライっぽい。……それに、こいつは既にルシエルちゃんにも見捨てられているんだった。
「……だって、代わりを作ればいいって、教えてもらって……」
「あ? 何だって? ……まさか、そのアイディアはお前のオリジナルじゃないのか?」
「……ビルとヨフィに言われて、女を集めればいいって言われて……」
言い訳まじりの情けない弁明に、無視できない登場人物が混ざっているもんだから……俺はつくづく厄介事に好かれる体質なんだと、落胆してしまう。ヨフィが誰かは、知らんが。ルルシアナ繋がりを考えても……こいつの言っている「ビル」は多分、例の刈穂さんの被害者だと思われる。
しかし、なんだかな〜……。手に入らないなら、代わりを作ればいいって発想も狂気じみてるけど。それに乗っかる方の腐り加減も大概だよ、全く。しかもお人形じゃなくて、ナマモノを使う時点で、常軌を逸しているとしか思えない。そんな悪い子達はいっそのこと……まとめてヨルムの沼に沈みやがれ、この野郎。