19−22 何だかんだで話は通じる
リッテルと後輩さん(2名)を見送った後、お絵かきの続きをしようと思ったら。なぜか、不幸にも見た記憶がある顔を引き連れて、ルシエルちゃんが戻ってくる。だけど、いつぞやの気取り屋だけじゃなくて、明らかに心配そうな顔をしたゴブリンヘッドまでルシエルちゃんの後ろに揃っているもんだから、俺としてはどこから何を理解していいのか分からない。
「あぁぁッ! きっ、貴様はグリード!」
「ほ〜ん? こりゃまた、随分なご挨拶だな? ハイハイ、いつかの時にはお邪魔しましたね、っと。一応、俺は……」
「おい、コラッ! マモン様相手に貴様とは、なんだ!」
「そうだ、そうだ! 俺っち達の真祖様にいきなり、失礼な!」
「し、真祖……様?」
「ドウドウ……ヒューマにエルロン。俺は別にいいから。ちょっと、落ち着け」
「は、はい……」
俺が自己紹介をしようとしたら、先手必勝とばかりに配下2名がペラルゴ(だったっけ?)を押さえつけて、グイグイと奴の頭を沈めるが。なんつーか。最近はゴブリンヘッドも随分と大人しくなったな。ヒューマはちょいちょい稽古にも顔を出す様になったから、俺もよく知っているんだけど。エルロンの方はいつかの宴もどきに、混ざっていた奴なんだよなぁ。俺、しっかり嫌われていると思っていたけど……意外と懐かれているみたいだな。
「そもそも、なんでこんな所に人間がいるんだか……。ここはカーヴェラじゃなくて、魔界だぞ? う〜んと……あぁ、そういうことか。お前さん、あっちで相当に悪いことをやらかしたな?」
「えっ? そ、そんな事は……」
いやいやいや。ここに呼ばれる時点で、かなりの事をやらかしただろ。しかも、いきなり領内に迷い込むってことは……こいつはきっと、人間界に戻っても首チョンパモノのやらかしようだろうな。罪状が露見したら、向こうでも処刑まっしぐらに違いない。
「マモン様はこいつが何をしたのか……分かるのですか?」
「一応な。……これでも、強欲の真祖なもんで。経験ってヤツはそれなりにあるんだよ。自分の領分に迷い込んだ人間のやった事くらい、ある程度の見当はつくってこった」
ルシエルちゃんが首を傾げつつも、いつになくあざといご様子を見せるもんだから、怒らせたら大変と事情を説明差し上げてみる。それにしても……へぇ〜、ルシエルちゃんもこんな仕草をするんだな。お顔立ちが幼いせいか、凶暴天使様の素性を知らない奴であれば……思いっきり油断するだろうな、これは。
「……魔界を満たしている魔力ってのは、特殊なもんでな。ルシエルちゃんも知っての通り、瘴気を相当に含んでいる。で、瘴気ってのが悪意と結びつき易いって事までは、知ってるでオーケイ?」
「えぇ、一応は。魔禍は瘴気と悪意とが結びついて生まれたとされていますし、それが事実ではないにしても……瘴気内では悪意が強くなる傾向がある事くらいは、存じています」
「そっか。じゃぁ、もういっちょ。天使ちゃん達と同様、人間ってのも瘴気に弱いのがフツーなもんで。だけど、そんな瘴気がムンムンしている魔界で記憶を失わないまま、平気でいられるってことは……そいつの記憶と瘴気の相性がいいって事になるんだよ。もちろん、悪魔になった奴も相当のワルだった可能性も高いんだけど。……悪魔ってのは、一回死んでいることが一応の前提なもんだから。要するに、だ。死を経験する事なく魔界にやって来れちまうってことは、悪魔になるレベルのオイタをしでかしたクセに、のうのうと生きている奴だって事」
そんでもって、俺の領域に迷い込んだって事は……強欲絡みの悪さをした奴ってことになるんだろう。だとすると……何かを手に入れようとして、殺人でもやったのか? こいつは。
「しっかし、お前さんはどう見てもそんなに強そうにも、逞しそうにも見えないんだよなぁ……。どっちかつーと、自分で切った張ったをやらかしたんじゃなくて、裏で糸を引いていたタイプな気がするが。う〜ん……あぁ、何か? お前……何かを手に入れるために、“結果的に”誰かを殺したか?」
「い、いいや! そんな事はないぞ! 大体……どうして、そんな事がお前に分かるんだ⁉︎」
ハイハイ、「どうして分かるんだ」って反応する時点で、図星ですって言っているようなもんじゃねーか。……美術館で会った時も頭が悪そうだな、なんて思っていたけど。……こいつは「頭が悪そう」じゃなくて、本格的に「頭が悪い」っぽい。
「……なんだか色々と残念な感じだよ、お前さんは。とにかく、ヒューマとエルロンはもういいぞ。その様子だと、ルシエルちゃんの護衛をしてくれたんだろ? 後の始末は俺の方でやっとくから。今日はありがとな」
「はい……マモン様がそうおっしゃるのなら、俺っち達は帰らせていただきますが……」
「そのぅ、大丈夫ですか?」
「あ? 何が?」
「……マモン様はルシエル様、怖くないんですか?」
「……」
要するに……この2人はルシエルちゃんを護送するのではなく、俺の身を案じてくっ付いて来たらしい。配下のそんな麗しいご配慮に涙が出そう……って、感動する前に、だな。……頼むから、ご本人の前でそれはやめてくれ。いや、マジで。
「……別に怖くないけど。俺にしてみりゃ、天使なんぞ取るに足らん。それに……言っておくが、ルシエルちゃんは最高レベルでマトモな相手だぞ? 全体的にキャッキャウフフが止まらない天使様達の中でも、安定して冷静だし。多分、話の通りは1番いい相手だろう」
「そ、そうでしたか……でも、あぁ。そうかも知れませんね」
「さっき、お礼の品物もすんなり出してくれたし……言われてみれば、何だかんだで話は通じるかも」
“ルシエルちゃん=凶暴”のイメージを、ちょっぴり前向きな感じで是正してみたけど。そうして、何故か安心した様子で帰っていく配下2名の背中を見送りつつ……チロリと彼女の様子を盗み見れば。どことなく、満足げな表情を見るに……ご機嫌取りは成功したっぽいな、一応。