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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第19章】荊冠を編む純白
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19−21 忌むべき場所

 前に来た時は教会の馬車でご一緒に、だったっけ。

 カトンカトンと小刻みにリズムを刻む、ちょっぴり不器用な列車の振動に身を預けながら。セバスチャンはぼんやりと……とっくの昔にさえ思える、リルグでの出来事に思いを馳せていた。今思えば……あの日の馬車旅は不自然なまでにスムーズで、快適すぎる旅だった。よくもまぁまぁ、こんな悪路をものともせず、馬車で走り切ったもんだ。それこそ……休む事なく走破して見せた馬車馬自体も、教会御用達の「特別仕立て」だったのかも知れない。


(しっかし、こりゃぁ……ちょっとでも地震があったりしたら、列車ごと真っ逆さまかも……)


 どう頑張っても悪路でしかないルートを走る車窓から見えるのは、雪化粧を落としかけ、深々としたグリーンが嬉々と顔を覗かせる断崖絶壁の大渓谷。谷と丘とを器用に縫って繋ぎ合わせたような線路の上を、石炭仕掛けの列車が大胆不敵に走り抜ける。そうして何故か恐る恐る、セバスチャンが車窓から見えるばかりの大自然に視線を落とせば。遠くの谷底には、明らかに気性の荒い川が轟々と唸っている様が、容赦なく伝わってくる。


(それにしても、リルグ……かぁ。久々って言うのも、今更、おかしい気がするけど……。実は行きたいようで、行きたくない場所なんだよなぁ……)


 それはそうだろう。セバスチャンにとってリルグは、生まれ故郷でもなければ、通い詰めた土地でもない。それどころか、彼自身の「人としての人生」が終焉を迎えた、因縁の地である。リヴィエルが取られやしないかと、見っともない嫉妬と心配とで、勢い余って付いて来てしまったが。「楽しい事を優先する」がモットーなはずの悪魔の観点からすれば……セバスチャンにとってのリルグはこびりついた苦悩を呼び起こされる、最も忌むべき場所でしかなかった。


「そんなに心配そうに覗き込まなくても、大丈夫ですよ。この列車の線路は特殊な造りをしていまして。魔力遺産の名残のようですが、線路に魔法結晶が仕込まれているとかで……基本的に脱線はしませんし、崖崩れでもない限り、真っ逆さまなんてことにはなりませんから」

「そうなのですか? ジャーノンさんは随分と余裕ですね……って、あぁ。そっか。ジャーノンさん、リルグには通い慣れているんでしたっけ?」


 いくら恋のライバルにはならないとは言え、ジャーノンの落ち着き加減と、博識さに鼻持ちならない気分にさせられるセバスチャン。きっとジャーノンには知識をひけらかす魂胆も、余裕を見せびらかす思惑もないだろう。だけど、隣でリヴィエルが興味津々と彼の話に聞き入っているのが……セバスチャンとしては、非常に気に入らない。


「……そうは言っても、肝心の魔法の知識はないもので。その辺りは……セバスチャン殿の方が詳しいのでは?」

「えっ? まっ、まぁ……そうなりますかね。なんて言ったって……」


 僕は悪魔だもの。正真正銘の……と、セバスチャンが言いかけたところで、列車があたかも空気を読んだようにトンネルに突入する。どうやら、気を遣ってくれたジャーノンの配慮も台無しにしつつ……きっとこれは、彼の暴露はよろしくないという思し召しなのだろう。ゴォォッと、遠くに響くようで、確かな残響が耳元で騒ぐともなれば。ここは大人しく、口を噤むしかない。それに……。


(リヴィエルは列車に乗るの、楽しいみたいだな……。ふふ。トンネルに入っても、そんなに前のめりになるなんて)


 窓は黒いパネルでも貼り付けたのかと思うくらいに、暗闇の景色に染まっている。目が慣れてくると、実はトンネルそのものは炭鉱の名残だということも見えてくるが。そんな漆黒をしばらく映し出した後……トンネルを抜けた列車はいよいよ、山岳部を抜けようとしているらしい。やがて少しずつ、車窓にもまばらな人家が映り込むようになってきた。


「……ここでも、暗い場所で何かを掘っていた人達がいたのですね……」

「えっ?」


 しかし、車窓の景色に興味津々だと思っていたリヴィエルが、思いがけないことを呟く。どうやら、先程の前のめりの姿勢は生前の記憶を刺激された結果だったらしい。窓の外は明るい色彩を取り戻したというのに、彼女の表情はどこか晴れない。


「ナーシャは高山都市地帯であると同時に、炭鉱の街が集まった区域でしてね。ローヴェルズのエネルギーの殆どを、ナーシャ産の化石資源が担っています。ですけど……そうですね。リヴィアさんが懸念される通り、石炭の採掘は危険と隣り合わせの作業でもあります。炭鉱夫の給金はそれなりに手厚いとも聞きますが……なかなかに勇気と覚悟が必要な仕事でしょうね」

「そうなのですね……危険と隣り合わせ、ですか。でも、炭鉱夫さん達は無理やり働かされているわけではないのですね。……少し、安心しました」

「……」


 いつかに「雷鳴症への耐性を獲得した奇跡の証」と皮肉まじりで自身が称していた、紫の瞳を伏せながら。それでも、ジャーノンの解説に少しだけ、安心できるものがあったのだろう。ほんのりと微笑みを取り戻した面差しで、車窓の観察を再開するリヴィエルと……そんな彼女を隣で見守り続けるのだと、決意を新たにするセバスチャンだった。

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