19−18 勝手が分かっている悪魔
マモンにお願いしたいことは、2つ。
1つ目。ローレライを縛りげているルートエレメントアップを、新しいルートエレメントアップを発動することなく解除する……そのために、彼の配下であるダンタリオンの知恵を借りたい。おそらく、こちらはマモンもダンタリオンも快く応じてくれる気がする。
そして、2つ目。大筋はアーニャからのお願いみたいだが……どうやら、かの政治家一家・ルルシアナの「新しいドン」が妖刀・陸奥刈穂に取り込まれているらしい。立地的にはやや離れているルルシアナの本家はともかくとして……元・ドンのご隠居が孤児院のすぐ近くのエリアで暮らしているのだとか。本邸からどの程度の往来があるのかは、分からないが。アーニャの懸念事項は、孤児院の近くに狂気の妖刀がやってきてしまう「ご縁」があること、ということになるらしい。
そんな状況なものだから、孤児院を守る意味で護衛派遣の要請があったとのこと。この場合は素直に神界側から人員を配備するのも、選択肢の1つだろうが……相手が相手のため、逆に取り込まれてしまう可能性も考えねばならない。
相手は凶暴な魔法道具。しかも、非常によろしくない事に……魔法道具は精霊や悪魔と違って、生命体と認識されないため「塔」の監視に引っかからない。もちろん、陸奥刈穂が乗っ取った相手が魔法を使えば、発動履歴も一応は残るが……宿主が人間だった場合は魔法を使うことはまず、できないと考えていい。検知にも引っかからないような、「見た目はなんの変哲もない人間」に近づかれたら最悪の場合、天使側が取り込まれて成りすまされる可能性もある。であれば、下手に「勝手を知らない天使」が足掻くよりも、ある程度「勝手が分かっている悪魔」に力と知恵を貸してもらった方が遥かに建設的だ。
(陸奥刈穂の暴走を止めるのは、彼の「危険な特性」からしても急務だろう。だけど……)
私が不安要素を頭の中でこねくり回していても、その間も懇々と続くリッテルの「お願い」。だが、やはりと言うか、何と言うか……マモンの見慣れた仏頂面が、みるみるうちに険しくなる。おそらく、お嫁さん経由のオーダーだったとしても、彼としてはあまり歓迎したい内容ではなかったのだろう。しっかりと彼女の説明に耳を傾けていたかと思うと……さも面倒だとばかりに、最後に深いため息をついた。
「まーた、妙な事になってんな〜……。何が面白くて、人間の貴族なんぞに取り憑いたんだか……」
「そればかりは、私達にも分からないのだけど……やっぱり、自分より弱い相手に狙いを定めたのかしら?」
「どうだろうな? 奴はどうも、使い手に実力を期待するクチみたいでな。多少強かったとしても……人間程度じゃ、そっち方面は満足しそうにもないけど」
しかし、乾いた口ぶりの割にはマモンは陸奥刈穂の目的こそ分からないとは言え、「人間の男性」を選んだ理由はなんとなく分かるとのこと。そうして、意外な事を白状し始める。
「……陸奥刈穂も含め、クソ親父が作った刀には自己修復の機能があるみたいでな。で、自分で修復をしなければならないとなった時、奴らは鉄分補給……有り体に言えば、血を啜る必要があるんだと。だけど……ほれ。天使ちゃん達も俺達も血は流れているとは言え、余計な成分を含んでいるもんだから。……人間の血よりは鉄分量が少ないっぽいな」
「鉄分量が……少ない?」
険しい顔のままの大悪魔様によれば。魔力の器を持つ精霊や天使、悪魔の血中成分は人間のそれとは大幅に異なるという。そもそも、私達の血液は魔力を身体中に循環させるための体液であって、人間達のそれとは役割が違うらしい。
「俺達の血液には魔力を運ぶための要素……簡単に言うと、器の素が魔力をせっせと運んでは、身体機能の維持と活性化とをしでかしているっぽい。もちろん、状況によっちゃ俺達だって酸欠にはなるけど。でも、酸素以上に魔力さえあれば何とかなっちまうのも、事実だし。……人間の血液みたいに、とにかく酸素を運ばなければならないのとは、事情が違う」
なんだか、妙な話の流れになってきたが。マモン曰く、人間の血液は「酸素を運ぶため」に特化しており、赤血球に含まれる鉄分も私達のそれよりは多いとのこと。
「で、世の中の常識では麗しのレディより、ゴツい男の方が鉄分量が多いのがフツーでな。刈穂さんがわざわざルルシアナにくっついた理由はサッパリだが、そっちの目的も含んでいる場合は……うん。ビルさんは色んな意味で助からないかもな」
サラリと冷たいことを言いつつ、今度は諦めたように首を振るマモン。そうして「仕方ないな」と、小さく呟くと、リッテルにきちんとご了承を示してくる。
「そういうことなら、刈穂さんの状況確認には俺も協力してやるよ。で、ついでにホーテンさんの護衛をしてやればいいんだな?」
「えぇ。どちらかと言うと……アーニャさんからのお願いは、ホーテンさんの身辺警護がメインなのだけど……」
「どうして、俺が人間なんぞを守ってやらにゃならん。しかし……まぁ、いいか。俺も別に、ジャーノンとホーテンさんは嫌いじゃないしな。ちっと、屋敷の趣味は合わない気がするが。それなりの説明役はしてやるし……しばらくの間、お邪魔するのは構わないぞ」
渋い顔をしていてもマモンは結局、どこまでもリッテルには甘い。わざとらしくズズズっと大きな音を立てながらコーヒーを啜っているのは、ちょっとした照れ隠しなのだろうと勘繰っては。彼の承諾に、抱きつくリッテルの抱擁を受け入れて……ちょっと嬉しそうなのが、妙に悔しい。……こんな事だったら、ハーヴェンについてきてもらった方が良かったかも。
【作者の独り言】
最近、マモン様が出現すると小難しい話になりがちな気がします。
こっそりと解説役として登場させているキャラクターなもので、細かい設定なんかを喋ってもらっていたりするのですが……。
彼の解説は世界観をほんのり補正するものが多いため、そこまで深追いしなくても大丈夫なのです。
……たまに、思いっきりフラグ仕込んでいますけど。




