19−12 勢いに任せてやっておしまい
赤面のセバスチャンに、思いがけない暴露に釣られて真っ赤になるリヴィエル。それにしても……この子達がウブ過ぎて、必要以上に意地悪したくなっちゃうじゃない。中身はリリスの身としては、勢いに任せてやっておしまい……と、けしかけたいけど。まっ……そればっかりは、部外者がアレコレ言うことじゃないかしら?
「こんにちは……って、言いたいところだが。なんだ、なんだ? これ、どういう状況?」
「あら、ハーヴェン。いい所に来たわね。悪魔的にはちょっと面白いことになっているから、あんたも混ざって行きなさいよ」
「……混ざれって、何に? そもそも、受付がこんなにごった返していて、大丈夫なのか?」
予告通り、キーパーソンの妖精さんを連れてきたのだろう。やって来るなり、これまた困惑顔のハーヴェンに当然のご指摘をいただいて、それもそうかと思い直す。やだ、私ったら。こんな所で騒ぎを煽るなんて、ダメじゃない。
「言われてみれば、そうよね。それで……ハーヴェンは例の件で、シルヴィアにご用事かしら? あいにくと、ザフィはいないけど。ネッドはいるし……何より、シルヴィアは本人がしっかりしているから。お医者様がいなくても、ある程度は対応できるんじゃないかしら?」
「そか。それじゃ……ティデルの様子も確認したいし、俺達は食堂にお邪魔しようかな。しかし……なーんか、気になるんだよなぁ。この顔ぶれ。リヴィエルとセバスチャンは、ともかくとして……そっちのお兄さんは誰だ?」
結局、混ざる気満々じゃないの。それに……あんたの方も、見慣れない顔ぶれが増えている気がするけど?
そんな事を考えながら、勇者様ご一行の面々を確認すれば。お馴染みの竜族の坊ちゃんと小動物3人の背後には、少しだけ険しい顔つきをした青髪の美人が立っている。新顔のこの人は……一体、誰かしら?
「ま、いいわ。とにかく、全員まとめて食堂に引っ込むわよ。ジャーノンもこんな所で、喧嘩を売ってないの。お茶くらい出してあげるから、寄って行きなさい」
「いや、別に私は喧嘩を売っていた訳では……」
「あなたの顔じゃ、売りたくなくても、勝手に売り飛ばされているでしょうに。全く……変に凄むんじゃないわよ。折角、中身はきちんとしてるんだから。顔で余計な誤解をされても、面白くないでしょ?」
「……あはは、相変わらずアーニャはズバズバと言ってくれる。一応……後半は褒め言葉として、受け取っておこうかな」
そもそも、立ちっぱなしで自己紹介だなんて、野暮ったいにも程があるじゃない。それに……。
(……なんだか、彼女から……妙な魔力を感じるわね。この感じはもしかして……)
なんとなくだが、ティデルと同じ雰囲気だと思う。だとすると、彼女も堕天使……という事だろうか? ……なんでしょうね。そうなると、今度は食堂で揉めることになりそうね。やっぱり……自己紹介くらいは、受付で済ませた方が良かったかしら?
***
「あんたが、薬屋のジャーノンさんだったんだ。そっか、初めまして。俺はハーヴェンと言いまして……って、多分、そっちさんは俺のことは知ってるよな……」
「はい……僭越ながら、存じております。あれだけ大騒ぎになりましたから。……本物のハール・ローヴェンがカーヴェラを悪魔から守ってくれたとなれば、知らない方がおかしい」
「……だよなぁ……」
しかし……こんなに大きな街でさえ、俺の名前が知れ渡っているのは、妙に落ち着かない。しかも、この場には新しいハールに仕立てられたエドワルドに、俺や彼を陥れた教皇様ご本人も揃い踏みともなれば。ピキちゃんの配達以前に、色々と整理しなければならないことが多過ぎて、既にタスクオーバー気味。これは……俺1人で状況を把握するのは、難しい気がするぞ。
「それにしても、ハーヴェン様も穏やかでいらっしゃるのですね。……なんだか、安心してしまいました」
「お?」
ジャーノンさんはちょっと恐ろしげな見た目とは裏腹に、アーニャが言った通り「中身はきちんとしている」らしい。同じカーヴェラ在住だったはずのセバスチャンと比較しても、明らかに常識の搭載レベルも高水準だ。受け答えもしっかりしているし、街の様子なんかを聞く分にはカーヴェラを牛耳っていた手前、情報源としても1番信頼できそうな気がする。
(えぇと、ギノは……あぁ、メイヤ達と一緒か。だったら、このまま向こうで遊んでいてもらおう。それで……ウリエルさんはティデルと睨み合ってるなぁ……)
それでも、まずはジャーノンさんの「安心」の中身を聞いた方が良さそうだ。それに……さっきから、ジャケットの下でチラチラと自己主張している、あまりに特殊な武器が気になる。この趣は多分……魔法道具、だろうな。
「なんと申しますか。こんなにも悪魔が身近にいる事が信じられないのも、そうですが……ハーヴェン様といい、グリード様といい。……これ程までに話が通じる相手だとは、思ってもいませんでして。正直に申せば、悪魔とは否応なしに悪さをするものだと思っていましたから。と、言いつつ……私自身もどちらかと言えば、そちら側に近い身ですし。こうして話してみると意外と悪くないと、非常に失礼ながらも思ってしまいます」
「……そちら側に近い身? と言うか……あぁ、そういう事。……ホルスターに収まっているそいつは、グリード由来の物か」
「えぇ。オトメキンモクセイの種子の取引の際に、お譲りいただきました」
あぁ。そう言や、そんな話もあったな。聞けば、ジャーノンさんはたまに孤児院にもお菓子の差し入れをしてくれる、平和なマフィアらしい。オトメキンモクセイの栽培だなんて、危なっかしい事にも首を突っ込んでいるみたいだが、今回はそちら方面でリヴィエルのご用事にも、お付き合いいただくことになったそうな。それで……。
「……さっきの睨み合い、ってことか。全く……セバスチャンは相変わらず、勘違いしては暴走するんだから。そんなんだから、親分が心配しまくるんだろうに」
「はは……面目ない。いや、ジャーノンさんがアーニャとお付き合いしている方だなんて、思ってもいませんでしたから。その……」
「どこからどう見ても、ジャーノンさんの方が頼り甲斐もありそうだし、強そうだもんな。下手すると、リヴィエルも取られちまいそうだ、と……」
「もぅ、ハーヴェン様も酷いなぁ……。ぼかぁ、これでも……リヴィエルのために魔法も頑張っているんですよ?」
「そうだったの? セバスチャン」
「えっ? ……あっ、うん。師匠からも色々と教わって、練習もしているんだ……今度はもっと、頑張れると思う」
「……うん。頼りにしています」
……いやいや。そこで2人揃って赤くならなくて、いいからな? 初々しいのは、とってもいいことだけど。時と場合を選んでくれよ。
(とりあえず、様子を見ている限り……ジャーノンさんがいれば、このメンバーでも常識の補填は大丈夫そうか?)
そうして、最後に抜かりなく……こちらはこちらで恋人同士でありながら、非常に控えめかつ、常識的な挨拶を交わすアーニャとジャーノンさん。さっき彼が言った、「そちら側に近い身」の真意が気になるが。その辺はアーニャに聞けば、教えてもらえるだろうか。




