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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第19章】荊冠を編む純白
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19−5 命を拾い直しただけ

 悪魔になってしまったと、言われたら。普通の人はどんな成れの果てを思い浮かべるだろう。

 人間の敵に落ちぶれた? それとも、人を唆す悪い奴に成り下がった?

 もちろん、それも拡大解釈を含めるのであれば、概ね合っている。悪魔はいるだけで人間に害を及ぼす事もあれば、お仲間を作ろうと人間に悪知恵を仕込む事もあったりするものだから。だけど、悪魔の身から言い訳をさせてもらうと……ただ単純に、悪魔も願いを叶えようと頑張っているだけであって、わざわざ悪さをしようとしている奴は少ない。


 悪魔は自分の欲望に飲み込まれて、神様を裏切った愚か者だと定義されるが……本当は生前の願いを成就できずに、未練たらしく抱えたまんまの奴を指す。だけど、そんな「現実に対する無念」の辛い思い出をいつまでも残していたら、悪魔はいつまでもウジウジ悩み、ヨルムツリーが期待する「悪魔らしい悪魔」になることもできないだろう。だから、悪魔は未練と一緒に辛い記憶も捨てることで、真っ黒な欲望に染まり切るように仕向けられていたりする。

 ……純粋に、本人が悪い奴かどうかはさておいて。ヨルムツリー流の悪魔というのは、悪い魔力に魅入られた者を指すのであって、雑多な宗教が定義している「神の敵である絶対悪」とは必ずしも一致しない。悪魔とは、ヨルムツリーが吐き出す魔界の魔力に適応し、諦め切れなかった欲望と一緒に魂が命を拾い直しただけの存在だ。今の今まで、天使様達にも誤解されてきたようだが……悪魔は欲望を満たせれば、特別に悪い事をしてやろうだなんて、面倒な事を率先してやらかしている訳じゃない。と、言いつつ……大抵の欲望(ワガママとも言う)は叶えようとする過程で、悪い事をしがちになるのが微妙なところだが。


《実際は叶えられなかった夢に対する絶望を抱いて闇堕ちするのが、本来の悪魔の姿です。……我々はこの上なく救われない身を、魔界で焦がし続けているに過ぎません》


 いつかの日に、ダンタリオンがサラッとそんな事を言っていたことがあったけど。流石に魔界随一の学者様がおっしゃる事には核心のブレもないと、遅ればせながら考えてしまう。


(だけど、プランシーの絶望は……あまりに深く、あまりに醜かった)


 本当は立派に一人前の悪魔になれるだけの、欲望と絶望を抱えていたのに。器用に記憶と一緒に、善意と悪意とを分離して……プランシーは幸か不幸か、中途半端に記憶を残したまま、完璧な悪魔になり損なっていた。

 悪魔は本来、辛い記憶を封印した反動で欲望への衝動も強くなる。しかし、悪魔になったプランシーに残されていたのは、辛い記憶よりも子供達との「綺麗な思い出」の方だった。だから、プランシーは悪魔になりきれなかったのだろう。……悪魔にとって、不要なのは「辛い記憶」だけ。「楽しい記憶」までを封印する必要はない。不自然に彼の記憶が残っていたのは……辛い記憶の分量が目減りしていたから、封印の対象自体が少なくて、封印が弱かったからなんだ。


「……ギノ。私が言えたことではないのだが、プランシー神父そのものは生粋の善人であったことは、間違いなかろう。だが……人間は誰しも、深い闇を抱えておる。そして自身の闇を曝け出すには、時には勇気や代償が必要なことも多いものだ。おそらく、プランシー神父は必死に自分の中にあった闇を抑え込んできたのだろう。そんな中で、我らからキッカケを与えられたプランシー神父は……」

「……選べと言われて、生かす命と殺す命とを選んでしまった。そして、そのまま……悪魔になった……」


 今にも消えそうな声で呟いて……涙をこぼし始めたギノの背を摩ってやりつつ、俺は俺で何も言えないまま愕然としている。プランシーは燻っていた自身の闇を曝け出し、悪魔としての欲望を暴走させて、闇堕ちしちまった。そして、そのトリガーは子供達を屠って一線を越えることだった……と。これは……必要だったのは勇気や代償だなんて、生ぬるいものじゃない気がする。

 ずっとずっと、溜め込んで、抑え込んで……圧縮された欲望。それを解放する機会を与えられたプランシーは、一体……どんな苦痛と快楽とを得たのだろう。してはいけない、やってはいけない。……人間、するなと言われれば言われる程、やってみたくなるのがサガってもので。しかも、どんなに尽くしても……感謝されることもなければ、報われないという、非情な現実のおまけ付き。そんな状況に対する「助けて」の手紙に、色良い返事がくれば……今度こそ、助けてもらえると、プランシーも思ったに違いない。それと同時に、解放されるとも思っていたのだろう。だけど……彼を待っていたのは、別の意味での魂の解放だった。


「……この調子じゃ、お出かけは無理そうだな。だけど、今日はどうしても、ピキちゃんだけはお届けしないといけないし……」

「いえ、大丈夫です……ハーヴェンさん。僕は今度も何も気づけなかった……いや、何も知ろうとしなかったんです。神父様が苦しんでいたことも、悩んでいたことも……一緒に暮らしていたのなら、知らなければならない事だったのに。僕は何1つ、知ろうとしなかったんです」

「そか。それじゃ……うん。気分転換も兼ねて、出かけましょうか。そうそう、ミカさん」

「なんだ、ハーヴェン」

「もちろん、一緒に来てくれるな? この調子だし、疑っているワケじゃないんだけど、さ。ルシエルからも、ミカさんから目を離すなって、言われちまっててな。ミカさんだけ留守番にはできなくて」

「……なんだ、そんな事か。……構わんよ。むしろ、外に連れ出してもらえた方が、刺激にもなろう。……下された沙汰によっては、私は粛清されなければならん。2度目の終焉があるかも知れないことを考えれば……改めて世俗の風に吹かれるのも、悪くない」


 ハミュエルさんのものらしい綺麗な顔で、改めてニコリと微笑んで。出かけるとしようかと、声を掛けるミカさんに、彼女の掛け声にも素直に応じるギノ。プランシーに起こった悲しい現実を聞かされて、直接手を下していないとは言え……ギノの立場であれば、向こう側のメンバーだったミカさんを疎んでも、不思議じゃないだろうに。それでも、気丈に涙を拭う彼の姿に脱皮を達成したのは伊達じゃないなと、場違いにも安心してしまう。


《竜族は脱皮のたびに自分に向き合う事で、強い大人になるの。自分で何とかしないといけない事なんだ、って父さま言ってたもん》


 ……だったっけ。エルノアが脱皮について、いつかの時にそんな事を言っていたけれど。こうして目の前で、「自分で何とかして」立ち直ろうとしているギノの姿を目の当たりにすると、この子は本当に強くなったなと思う一方で、誰よりも彼の成長を喜んでいたはずのかつての神父様がもういないことに……言いようのない、寂しさが込み上げてくるのが辛い。

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