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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第19章】荊冠を編む純白
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19−3 当たり前のように繰り返される理不尽

(神父様……一体、どうしちゃったんだろう……?)


 ようやく魔力の器が麻痺から回復しつつあるハインリヒを横目に、自ら率先して行手を阻む黒い魔物を屠るプランシー神父。そんな彼の背中を見つめながら……ロジェは得体の知れない心細さと不安に震えていた。


《私も晴れて、こちら側の存在になりました。歪んだ世界を作り出した神に、復讐するため。……ようやく、本当の力を取り戻したのです》


 彼の言う「こちら側の存在」が正確には何を示すのか、ロジェには知る術もない。だが、確かに分かっている事は……目の前の神父は自分が知っている人物ではないという事と、この場の誰よりも危険な相手だという事だ。


(神父様は自分の事を、悪魔だって言ってた……。僕達に優しかったのは……嘘だったって事?)


 真っ黒な霊樹の前で、プランシーは確かに「何よりも忌々しい子供達を屠った悪魔」と、ロジェに改めて自己紹介をしていた。彼の中身が悪魔だったことも衝撃的ではあったが……彼の口から「忌々しい子供達」という怨恨が吐き出されたことが、ロジェには何よりもショックだった。

 確かに、孤児院での生活は極貧そのものだった。いつも子供達はお腹を空かせていたし、強い子供が他の子供の食事を横取りする事だって、あまりに見慣れた光景でしかない。だけど、生まれた時から「奪われる側」であり、「虐げられる側」だったロジェには、当たり前のように繰り返される理不尽が、どうしても許せなかった。寄せ集めの子供達の中でさえ……明らかに「強い奴」と「弱い奴」に別れて不公平が生まれるのが、何よりも我慢できなかった。だから、体がちょっと大きいだけで威張っていたヘンリーに抵抗していたのだし、彼と喧嘩をした時に……プランシーは2人を嗜めると見せて、一方で弱い子供達の味方をしていたロジェを褒めてくれてもいたのだ。しっかりとロジェの勇気を認め、彼の抵抗をきちんと肯定もしてくれた。それなのに……。


(神父様の言う”こちら側”はもしかして……ヘンリーと同じ側ってことなのかな……)


 仕込み杖だったらしい剣を颯爽と振りながら、襲い来る魔物達を嬉々として切り捨てるプランシー神父。妙にどす黒い返り血を頬につけたまま、聖者然として柔和に微笑む様はただただ、恐ろしい。


「プランシー、ここでしたら少し休憩できそうです。……目的地も分からない以上、一旦は状況を整理しましょう」

「おや、この場合は先を急いだほうが良いのでは? このままですと、全てをフランツとやらに奪われてしまいますよ?」

「神父様、あのね。ここはハインの言う通りだと思うわ。あなたは気づいていないのかもしれないけど……ここの魔力は、少しだけおかしいの。……ここの魔力では、あまり魔法を使わない方がいいと思うわ」


 暴虐無尽に力を振るえる事が、とても楽しいのだろう。喜び勇んで剣戟を繰り出していたプランシーにしてみれば、ハインリヒとバビロンの忠告はお節介にしか感じられない。しかし、常々自己中心的だったハインリヒは別として、天使の肉体を引き継いでいるらしいバビロンの意見には、とりあえずは従っておいた方がいいだろう。

 プランシーとて、とある大天使と契約していた以上、彼女達の特性はよく知っているつもりだった。……大天使クラスであれば相当に手の込んだ封印魔法と浄化魔法を使えるだけではなく、ある程度の魔力検知も可能だったはず。その大天使の能力を引き継いだ彼女が「魔力がおかしい」と言っている時点で……ここで魔法を使う事は、それなりのリスクがあるかも知れないという事なのだろう。


(私には回復手段がないのは、確かですし……仕方ありません。ここは少しの間、彼女には従っておきましょうか)


 元・大天使の肉体を受け継いでいるバビロンであれば、完璧とまでは言えないにしても、ある程度は回復魔法を使えると考えていい。悪魔の肉体は怪我をすると、魔界の魔力を補給しない限り再生もできない。ホームグラウンドから飛び出した悪魔にとって、天使の回復魔法は有り体に言えば……命綱にもなり得る。


 人間界に出てきてしまった悪魔が、天使に絶対に敵わないとされるのは偏に、光属性が闇属性に対して、圧倒的な優位性を持つからに他ならない。確かに闇属性の魔法は威力や効果が優れた魔法が多く、その上で瘴気さえも原動力として組み込めるため、フィールドに対する柔軟性も非常に高い。そして、闇属性の魔法を得意とする悪魔や闇属性のハイエレメント持ちの精霊は、往々にして瘴気に対する何らかの抵抗力や耐性を保持している事が多いのが特徴だ。

 一方で……瘴気への耐性を持つということは、多かれ少なかれ、穢れも内包する事を意味する。故に、穢れの浄化に特化した光属性には滅法弱い性質を持ち、延いては「必ず闇属性を保持している悪魔」は「必ず光属性を保持している天使」にはとことん相性が悪いという構図が出来上がっていた。

 しかし、絶対に悪魔が天使に勝てないのかと言えば……もちろん、答えは「No」である。エレメントの相性はあくまでマクロな要素でしかなく、ミクロな要因ではない。エレメントの相性がいいからと言って、圧倒的な実力差があれば、その限りではないだろう。そう……天使は確かに、悪魔には相性では勝っている。しかして、相性の優位性だけで全ての悪魔に圧勝できるとも限らない。

 だが、それは至極当然の話ではあるが、「天使に勝てるレベルの悪魔」に限った話でしかない。大抵の悪魔は天使に成す術もなく討伐されるのが、当たり前なのだ。そして、天使の悪魔に対するアドバンテージは、何もエレメントの相性だけではない。回復手段の有無も、大きな要因の1つだろう。

 回復魔法は小傷を治すものから、蘇生などという奇跡の類まで、全てが例外なく光属性の魔法である。そして、悪魔はどんなに努力をしようとも、光魔法を使うことは絶対にできない。しかも、悪魔の自然治癒力が発揮されるのは、魔界のみでの現象であり……人間界に出てきた悪魔は怪我をした場合、擦り傷でさえも癒すことができないのだ。なので、ここで言う「天使に勝てるレベルの悪魔」とは要するに……「天使相手でも、擦り傷1つ負わない悪魔」であり、圧倒的強者に他ならない。このレベルの悪魔と言えば、各領分のナンバー2か……それこそ、真祖クラスの悪魔に限定されるだろう。


(だからこそ、ここは彼女の心象だけは確保しておくに、越した事はありませんね……)


 プランシーは「本当の実力」を取り戻したとは言え……自分が「天使相手でも、擦り傷1つ負わない悪魔」だと慢心する程までには、愚かでもないし、間抜けでもない。だが、いつかにへし折られた野心だけは、抑制するのも難しそうだ。何せ……。


(今まで、私は我慢してきた。今まで、私は耐えてきた。……全ての報われない徒労と、全てのやり場のない憤怒と……その全てを甘んじて受けながら。だが、もう……そんな事をしなくてもいいのです。私は力を手に入れ、誰かのために生きる必要もなくなりました。……そう、全てを解き放ち、復讐する時が来たのです……!)


 その為には、新しい世界とやらに自分も組み込んで貰わねばならない。今の世界はプランシーにとって、どこまでも色褪せて、どこまでも空虚にさえ見える。

 だって、そうでしょう? この世界は……努力した者に報いることもない、極めて不条理な世界なのだから。この世界の神は……救う相手を選ぶ、極めて不公平な愚神なのだから。

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