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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第3章】夢の結婚生活?
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3−13 恋をするということ(前編)

 緩やかなお茶の時間。母さまが淹れてくれたお茶は、いつもホッとする香りがする。


「美味しい?」

「はい、とても美味しいです。でも、お茶を飲んでいるだけなのに……お腹が空かないなんて、不思議ですね」

「ここは魔力が満ちている世界ですからね。私達は呼吸をするだけでも生きていけるのだから……確かに、ちょっと不思議ですね」

「はい」

「でも、私……そろそろ、ハーヴェンのデザートが食べたい……」


 エルが何かを思い出したように、ポツリと寂しそうにう呟く。ハーヴェンさんが魔界に帰ったと言われてから、もう6日も経っていた。エルはもちろん、僕もハーヴェンさんに会えないのは、とても寂しい。


「このまま、もう会えないのかな……」

「大丈夫でヤンすよ。お頭はものすごく強い方なんで。もうすぐ迎えにきてくれるでヤンす!」

「そうだよね。ハーヴェンさん、ものすごく強いもんね。きっと、大丈夫だよね」

「あい! もちろんでヤンす」


 そう言いながら、自信満々のついでにコンタローが僕の膝によじ登って来る。僕の膝にちょこんと座ると……斜めがけにされたポシェットから恭しく取り出した小魚を、美味しそうに頬張り始めた。なんでも、ツレさんからもらった「極上品」を大切に取っておいて、ちょこっとずつ食べているんだとか。

 コンタローのポシェットは、ベルゼブブさんという親分の悪魔から鍵と一緒にもらった物らしい。茶色の革っぽい素材でできているそれは、「魔法道具」という特別な道具とかで、見た目は小さいのに、中からいろんな物を取り出してみせる。


「ウフフ、そうね。そろそろ、ハーヴェン様がひょっこりいらっしゃいそうね」

「うん。あっ、そう言えば母さま。恋をするって……どういうこと?」

「あら、急にどうしたの?」

「ハーヴェンのこと考えてたら思い出したんだけど、ルシエルとハーヴェンって、恋人なんだって。でも、私……それがどういうことなのか、よく分からないの。ルシエルは違うって言ってたけど、多分、お互いに好き? なんだと思う。それって、愛とは違うの? ルシエルの小説にも、そんなことが書いてあったみたいなんだけど……ちょっと難しくて、よく分からなくて……」


 ハーヴェンさんの話ついでに、エルが一生懸命自分が知りたいことを説明している。あの小説はツレさんにとっても、ハーヴェンさんにとっても、あんまりいいものじゃないみたいだけど。エルは書いてある事もあまり分からないはずの小説に夢中になっていた。きっと知らないこと……「恋をする」ということについて、書かれていたのかもしれない。

 恋をするということ、かぁ。今まで生きることだけに精一杯だった僕には遠いような感じがしたけど、同時になんとなく、甘酸っぱい気分になる言葉だと思った。


「それでは、お茶もまだまだありますし……折角ですもの。母さまがとっておきの内緒話をしてあげましょうね。この話は、母さまがあなた達と同じくらいの歳の時のお話ですよ」


***

「ご機嫌麗しゅう、エスペランザ様。そして、フュードレチア様にテュカチア様も。本日は新しいエレメントマスター候補としてバスクの息子、ゲルニカを連れてまいりましたぞ」


 爺やに紹介された男の子は……私と殆ど変わらない年頃なのに、きちんと母様の前に跪いています。綺麗な赤い角に、綺麗な黒い髪。そして、所々銀色の鱗が残っている黒い尻尾。俯いているからよく分からないけど、睫毛はとても長くて……きっと素敵な顔をしているのに違いないと、私は思いました。


「面を上げなさい、ゲルニカ」

「……ハッ」


 母様のご命令に顔をあげる、ゲルニカと呼ばれた男の子の瞳を見た瞬間……鼓動がトクンと高鳴るのを、確かに感じます。なんというのかしら……出会った瞬間、体温が上がるような……むず痒いけれども、決して不愉快ではない感覚。朝焼けとも夕日とも言えない彼の金色の瞳は、母様のお言葉に答えようと、真っ直ぐこちらを見据えていました。


「……辛い思いをしたばかりのあなたを、こうして呼び出さなければいけないこと、心苦しく思います。ですが、適任者がいない以上、任を与える他ありません。……若すぎるあなたには少々荷が重いかもしれませんが、お願いできますか?」

「もちろんでございます、女王殿下。……父が犯した罪を雪ぐためにも、その任、必ずや遂行してみせます」


 同じ年頃の子から出たとは思えない、しっかりした受け答え。母様に甘えてばかりいた自分が恥ずかしくなるくらいの違いに……私はちょっと、情けなくなりました。


「その言葉を聞いて安心しました。どうやら、あなたは自分が成すべきことをよく理解しているようですね。……では、早速叙勲を。ドラゴンプリエステス・エスペランザの名において、命じます。バハムート・ゲルニカを炎属性のエレメントマスターに任命し、黒の霊峰の統治を預けます」

「謹んでお受けします」

「よろしくね、ゲルニカ。……それと、オフィーリア様」

「ホイホイ、分かっておるよ。しばらくワシもフォローするし、ご安心召されよ」

「えぇ、ありがとうございます。……もう少し子供でいさせてあげたかったのだけど、流石にエレメントマスターが不在なのは困ってしまうものね……。本当にごめんなさいね」


 その時の私には母様が仰ることが、よく分からなかったけれど。少なくとも……ゲルニカは仕方なく、大人と同じ仕事をしなければいけないことだけは、分かった気がしました。


「あの、母様……」

「何かしら? テュカチア」

「あのね……私、少しゲルニカとお話してみたいの」


 甘えてばかりの私とは違い、彼はお仕事をしなければいけないと分かっているのに……抑えきれない好奇心から気がつけば、そんな事を口にしてしまっていました。でも……その時の私は、彼と少しでもお話ししてみたくて、仕方がなかったのです。


「あら、テュカチア、何をバカなことを言い出すの? そんなことを申したら、ゲルニカも迷惑でしょ?」


 私の軽はずみにすかさず、姉様が怒ったように私を責め立てます。多分、姉様も本当は私と同じように彼とお話したいのだけれども、先を越されてイライラしているのだろうということを、なんとなく感じました。


「……テュカチア。あなた、私のことバカにしたでしょ?」

「いえ、そんなことはないですわ。ただ……ゲルニカとお話するの、ダメなことなのかなって……」

「妹が先に話していいわけないでしょ? 私が先にお話して、お前がお話しても問題ないか確認してあげるわ」


 お話しするのに、何の確認が必要だと言うのでしょう? それでも、姉様の理不尽な決めつけに……私は文句をいうことも出来ず、ただ黙り込むことしか出来ませんでした。


「さ、ゲルニカ。もしよければ、私とお茶でもいかがかしら?」

「あ、あぅぅ……」


 2人のお姫様に詰め寄られて、ゲルニカはとても困っている様子でした。そして、今思えば……それは同時に、姉妹が同じ男の子を好きになってしまった瞬間でもあったのだろうと思います。


「でしたら、2人で一緒にゲルニカとお茶してきなさいな。……ゲルニカ、忙しいところ申し訳ないのだけど、娘達もこう申していますし、少しばかりお付き合い願えるかしら?」

「かしこまりました。私でよければ、喜んでお相手致します」


***

「ゲルニカって許嫁とかいるの?」

「いえ、おりませんが……」


 応接間に通されて、代わる代わるの2人の質問責めにも嫌な顔1つせず、ゲルニカは1つ1つ丁寧に答えてくれます。


「じゃぁ、好きな人とか、いる?」

「恥ずかしながら、そのような方もおりません。同じ年頃のお嬢様方にお会いする機会もございませんでしたから……」


 恥ずかしそうに呟く彼の答えに、姉妹2人で高揚したのを、未だによく覚えています。そしていつもなら、こんなにも長い時間誰かとお話していると息が苦しくなる私の体も、少しでも長く彼とお話したいという気持ちを考えてか、調子を崩さずにいてくれました。


「ゲルニカはどうして、召使いみたいな格好をしているの?」


 今度は姉様が、ゲルニカの服装について質問します。言われれば、確かに……ゲルニカはお城の執事や召使いが着ているような、裾の長い上着をきちんと着ていました。


「私の血筋は代々、竜女帝様にお仕えする役を担ってきました。故に王家に仕える身である事を忘れず、己を戒めるためにもこのような格好をしております」

「ヘェ〜、そうなんだ。……でも、とっても似合っているし、素敵よ?」

「ありがとうございます」


 そう姉様の方に向き直り微笑むゲルニカを見て、私も服装について褒めればよかったと後悔しました。


「……さて、本日はお茶にお招きいただき、ありがとうございました。申し訳ございませんが、そろそろ帰らねばなりません。こちらにお伺いする際は、お相手くださると嬉しいです」

「もちろんよ。また、楽しくお話しましょう?」

「あの、次はいつ来るの?」

「そう、ですね……。少なくとも、来週のマスター会議には出席しなければいけませんし……」

「あ、あの……でしたら、またその日……」

「あら、テュカチアは体が弱いんだから、休んでいなきゃダメでしょ? 私がちゃんとおもてなしするから、お前は寝てなさいな」

「そ、そんなぁ……」

「……テュカチア様はお身体のお加減が悪いのですか?」

「えぇ。この子、昔から魔力のバランスを崩すと、すぐ熱を出して寝込むのよ? だから母様も甘やかしてて、わがまま放題なんだから。本当、情けないわ」


 わがままなのは姉様も一緒じゃない、と言いたいのを我慢して……私にはスカートを握りしめる事しかできません。なぜなら……姉様にはどう頑張っても口論で勝つことができない事を、幼い私でも理解していたからです。だけど、私の様子を見かねたのでしょう。ゲルニカが最後に、優しく私にも微笑みながら言葉をかけてくれました。


「でしたら、次回は見舞いの品もお持ちしなければいけませんね。滋養のある物をお持ちしますので、それまで健やかにお過ごしいただけると、嬉しいです」

「あ、ありがとう……私、楽しみにしています……」

「えぇ。約束です」

「うん、約束」


 好きになった男の子と「約束」するなんて、初めてでくすぐったい体験でした。それからというもの、私は甘酸っぱい気持ちを噛みしめるように……彼の来訪を毎日毎日、待ちわびるようになったのです。


***

「ねぇねぇ、母さま。これって、父さまと出会った時の話?」

「そうよ〜。父さまは子供の時からとっても、素敵だったんだから」


 いつも以上にニコニコしながら、母さまが嬉しそうにエルに答える。そうか、母さまは……父さまに「恋をしたこと」があったんだ。


「でも、母さま。私にはまだ恋をするって……どういうことか、分からないよ? 結局、誰かを好きになることが恋なの?」

「そうね。誰かを好きになることがそのまま、恋をすることかというと……それは半分正解、かしら?」

「ふ〜ん?」

「僕も今ひとつよく分からないかも……」

「でしたら、もう少し、母さまのお話の続き、聞いてくれる?」

「うん!」


 見れば、コンタローは僕の膝の上で丸くなって眠っている。多分、「極上品」を平らげて満足したのだろう。呼吸のたびに、モフモフが盛り上がるのを手で撫でると……穏やかになれる以上に、とても癒される気がした。

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