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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第18章】取り合うその手に花束を
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18−54 柔らかい罰

「ルシエル、それはともかく……どうする? 今日は一旦、帰るか?」

「……そ、そうだな……。こんな所で茶番を披露している場合じゃないか。……如何しますか、竜女帝様」


 自分でも茶番のご認識、あるんだな? もぅ〜、これだからルシエルさんは。勢いでやらかすから、いけないんでしょうに。


「ハミュエル様。正直な所をお聞かせください。貴方様の魂は、あと……どの位の寿命なのですか? それが尽きてしまったら、貴方様は……!」

「おそらく、この調子だと持ってあと100年だろう。確かに、肉体の方は朽ちる事を知らぬ。だが、私の魂は最終段階でもある不浄分解に入ろうとしている。……案ずるな、エスペランザ。これは当然の報いなのだ。お前から夫を奪い、お前の娘から父親を奪い……そしてこの期に及んでも尚、瘴気を生み出し続けている。……不浄の原点たる私が、救いを求める等、許されざること。……私でいられるのが、あと100年で済むと考えれば……何とも、柔らかい罰であろうか」


 あと100年。そう、事もなげにハミュエルさんは言ってのけては、乾いた笑いを零して見せるものの。最終段階を迎えた暁に、ハミュエルさんは一体、どうなっちまうんだろう。魂の寿命が尽きると、一体どうなるんだ?


「なぁ、ルシエル。ここで聞く事じゃないのかもしれないけど……1つ、質問してもいいか?」

「なんだ?」

「そう言や、不浄分解って、何だ? 悪魔が2度目の死を迎えて、魂が消失するのとは違うのか?」

「私も大天使になってから、知った事なのだが……不浄分解はハーヴェンの言う悪魔の死とは、似て非なるものだろうな。不浄分解は魂の消失なんて、生易しいものじゃないんだ。……黒化の腐敗を超えた天使の魂は、罪人として永劫に彷徨う事になる。しかも……ただ彷徨うだけじゃなく、千々に引き裂かれて分解された残滓の分だけ、苦悩を抱えなければならない。……天使の魂はマナの元に帰れなければ不浄なるものと見做され、自我は取り上げられても、苦痛と苦悩だけは残される。……そして、その罰に期限はない。正直なところ、こんな形で魂の分割なんて方法があるなんて、思ってもいなかったよ。……私もまだまだ、知らないことだらけだ」


 う〜んと、それってつまり……意識だけ残されて、ずっとずっと苦しまないといけないって事だろうか?

 そうして続く、ルシエルの解説によると。わざわざ分解するのは、纏まったままの魂よりも、分割した方が個々の影響力が少なくなるから、らしい。だけど、数は増える分だけ苦悩の数も増えるもんだから……お仕置きとしても効率的、という判断になるのだとか。


(……確かに、ハミュエルさんがした事は「大罪」なのは間違いないかも、な。竜族の禁忌に触れ、魔禍の元凶と成り果て……そして、それが元は天使だったって言うのが、神界的には大問題になるんだろうな……)


 しかも、ルシエルを騙してロンギヌスを弱らせたという、これまた見過ごせない過失つき。それに関しては、俺も許せないし、未だに納得もできていないけれど。ルシエル自身が追及をしない以上、これに関しては俺がとやかく言う必要もないことだ。

 それに、今はハミュエルさんの魂だけでも助けるか、このまま待つか……が問題、だよな。


「……ハミュエル、どうするのだ? 言っておくが、私は許さぬぞ。今更……お前だけが、この世界から解放されるだなんて……。私を置き去りにするなんて、絶対に許さぬ……!」

「案ずるな、堕天使よ。……約束したではないか。私はお前の行く末を見届けぬ限り、死なぬと。あと100年程は、猶予があるのだ。……お前が悩み抜く時間くらいは、捻出できよう」


 いやいやいや、待て待て。ハミュエルさんはどうして、そんな自分勝手な提案を受け入れちゃうんだよ。教皇様が今言ったことは要するに、1人だけ解放されるのはずるいから、ここに居ろって意味だよな? そんなお子様思想がこんな状況で通じるとでも、思ってるのか?


「……ハミュエル様がそれでよくとも、神界としてはこれ以上の罪禍を見過ごすこともできないのです。……現に、ここにいるウリエルはあなた様の瘴気の上澄を使って、人間界に甚大な被害をもたらしています。……彼女が大罪人であることをお忘れか」

「お前如きに、大罪人呼ばわりされる謂れはないわ! 私は崇高なる、始まりの大天使の1人ぞ! 人間から昇華した天使なんぞが、気安く我が名を呼ぶな!」

「ほぉ? それこそ、神界から見放された堕天使如きに、居丈高に振る舞われる謂れはないな。……いいだろう。どうせ、1度はルシフェル様に粛清されて、追放された相手だ。ここで処分しても、問題なかろう。我の元へ来たれ、ロンギヌスッ!」

「……ロ、ロンギヌス、だと……? それが? ……クククク……アッハハハハ! それは何の世迷言ぞ! ロンギヌスは金色の神具だ! そんな愚鈍な輝きではなかったはず。クク……持ち主の見た目も貧相なら、武器も誠に貧相だな?」


 きっと、ルシエルのロンギヌスが銀色のままだからこその反応なんだろうが……うん、でも。ここでその煽り文句は、とっても不味いと思うぞ。ロンギヌスの最盛期がどんなもんだったのかは、俺も知らないけど。……ルシエルさんは、怒らせると本当におっかないんだから。……と、言うか……。


「ル、ルシエル、ちょい待ち! 落ち着けって! こんな所で、敵意とロンギヌスを出すなって!」

「これが、落ち着いていられるか! 目の前にいるのは、大罪人の堕天使だぞ⁉︎ それを見過ごせる程、私は甘くないぞ!」

「えぇ〜? そうなるのか? 俺はティデルを許したのは、お前の優しさと甘さだとばっかり、思ってたんだけど」

「ティデルとこいつを一緒にするな。……それと、こんな所で無駄に茶化すな。その程度で、矛先を収めると思ったら……」

「うん? でも、考えてみ? ウリエルさんは、ここで捕まえた方がいいんじゃないの? 向こう側の情報も持っているんだろうし、まずは事情を聞いてみたら、どう?」

「そうかも知れないが! 先程の屈辱は、余りある……!」


 あ、そういうこと。多分、ルシエルは「見た目も貧相」と言われたのが、気に食わなかったんだ。まぁ、ルシエルさんの幼女体型は、触れたら一発アウトの地雷だもんなぁ。……知らなかったとは言え、それを見事に踏んじまった方が悪い気がする。でも、今は嫁さんをクールダウンさせる方が先決だろうし、俺としては平和な方向に話を持っていきたい。でしたらば……ふっふっふ。ここは1つ、ルシエルさんの懐柔スイッチの方を押しますか。


「もぅ〜……ルシエルは相変わらず、強情なんだから。ほれほれ、まずはアンガーな気分をクールダウンさせて……」

「べ、別に……私はそこまで、怒ってないぞ」


 いや、確実に怒ってただろ、さっきのは。マジで暴れる数秒前だったのは、どこの天使様だよ。


「はい! ここで、心機一転! チョコレートケーキを思い浮かべてみよう!」

「へっ? チョ、チョコレートケーキ……? それ、今思い浮かべることか?」

「楽しいことを考えれば、気分も落ち着くって。因みに、夕食のデザートはチョコクリームたっぷりの、デビルズフードケーキだぞ〜」

「デビルズフードケーキ……?」


 モノ自体はココアを混ぜて焼き上げたスポンジに、チョコクリームをこれでもかと乗っけたケーキなんだけど。「悪魔の食べ物」なんて、いかにもな名前のケーキは1口食べれば止まらなくなる程、「悪魔の囁きのように魅惑的」だから、という由来があるらしい。

 それで、簡潔にそんなことを解説してやれば。みるみるうちに大人しくなる、うちの大天使様。こうも悪魔の誘惑にコロリと撃沈なのは、ちょっと心配だけど……ここはとりあえず、お怒りを鎮められて一安心と言ったところか。このまま討伐されたんじゃ、ウリエルもだが、一緒にハミュエルさんを傷付けかねない。様子を見ている限り、彼女が言っていた「見届けたい相手」がウリエルのことなのだろうと、ぼんやりと理解しつつ。……大天使様のお怒りも鎮められちゃう悪魔の囁き(ケーキ)の威力に、俺は我ながら感動していた。

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