表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第18章】取り合うその手に花束を
821/1100

18−50 どうしようもなく単純な話(+番外編「グリちゃんは絵心をゲットしたい」)

「……とにかく、じゃ。ルシエル様」

「はい……」

「此度は一族の者が、人間界に多大なご迷惑をかけたようじゃの……。ほんに、申し訳なかった。……こんな有様では、ワシは長老失格じゃの。……孫1人の行く末さえ……きちんと、見届けてやれなかったのじゃから」


 背中に灸を乗せながら、ホゥと疲れたようにため息をつく長老様。そんな彼に対して、エメラルダも必要以上に罵声を浴びせるつもりもないのだろう。どこか慰めるように、背中を摩ってやりながら……新しい灸を据え始める。しかし……。


「って、アチっ! な、何をするんじゃ、エメラルダ! こんな時くらい、優しくしてくれんかのぅ……」

「何を気弱なことを言っているのです、お祖父様。……ギルテンスターンがやってしまった事は、我らが白の樹海の一族全員で挽回せねばならない事でしょうに。……1人で落ち込むのはらしくないし、この上なく気持ち悪い」

「気持ち悪いって、何もそこまで言わんでも……って、およ? エメラルダ、もしかして……今、ワシの事をお祖父様と呼んでくれたりしたかの……?」


 うん、確かに呼んでいたな。クソジジイではなく、お祖父様、と。

 だけど、長老様の指摘が急に恥ずかしくなったのだろう。彼が身動きを取れないのをいいことに、更に背中に山を追加しては、次々と火を灯すエメラルダ。そうして、時折グイグイとツボを押してやっているのを見る限り……エメラルダの中では何かの蟠りが解けたのだろうと思う。私には彼女達の事情を窺い知ることは、できないけれども。ちょっとした悪口はきっと、エメラルダなりの激励に違いない。


「長老様、ところで……」

「ほぬ? 何かの、ルシエル様」

「1つ、最後に教えてください。この魔法……ルートエレメントアップでによる“支配”を解く方法はあるのでしょうか?」


 ここで魔法の仕様を深追いするのは、やや薄情にも思えるが。それこそ、長老様の傷心はエメラルダが温めてくれそうだしと割り切り、必要な情報を回収して撤収した方がいいだろうと判断する。……これ以上の事情に、部外者の私が無理やり割り込む必要はないだろう。


「……あるにはあるが……ふむ。それは今は採択できぬ手段じゃろうな……。それこそ、ある意味で最終手段じゃろうし」


 しかし、私の質問は意図せず、事情を掘り下げてしまうものだったらしい。更に悲しそうにため息を吐きながら、長老様が「最終手段」の中身を教えてくれるが……。


「なぁに、別に難しい事ではなくて、の。……本当に、どうしようもなく単純な話じゃ。ルートエレメントアップの効果を打ち消すには、新しいルートエレメントアップを発動させて、効果を上書きしてしまえばいいんじゃよ。これほどまでに……単純で、残酷なこともあるまい」

「すみません……配慮が足りず、変な事をお伺いして。……先程のお話からしても、最終手段を使うわけには参りませんね。でしたらば、後は私達の仕事です。……本日お伺いした内容を精査し、対処法を考えることにします」


 安請け合いもいい所だと、自分でも呆れてしまうけれど。魔法の正体と、対処の方向性を教えてもらえたのだから、今回はよしとせねば。それに対処法に関しては……頼るアテもなくはない。


(ここは1つ、ダンタリオンに相談してみようか)


 魔法書架の管理者にして、魔界屈指の魔法研究家。相談相手としては、ゲルニカも相当の候補だろうが……彼はルートエレメントアップの存在は知っていても、先程の会話に入ってこなかった時点で、対処法は知らないと見ていいだろう。それに、無作為にゲルニカをここで引き込んだら……真面目な性格からしても、かなり無理もしそうだ。

 それにダンタリオンは魔技術構成学という、魔法を組み替える学問にも明るいらしい。漠然とした希望的観測ではあるけれど。……魔法絡みのお題であれば、すんなりと協力してくれるに違いない。


「……本日は急な訪問になりまして、誠に申し訳ございませんでした。それと、貴重なお話を……ありがとうございます。これ以上のお邪魔はご迷惑でしょうし……私はこちらにて、退出させて頂きます」

「いいや、いいのじゃ。ルシエル様とワシの仲じゃないの。ハーヴェンちゃんにも、よろしく言っておいてくれんかの。……ホッホ。このザマじゃ、ハイタッチはできんけれど。また、顔を見せてもらえると、嬉しいのぅ」


***

 ルシエルとゲルニカを見送った後。オフィーリアは薄々と、エメラルダが何かを悟ったことに気づいていた。彼女が突然「お祖父ちゃん」と呼んでくれたのには、ギルテンスターンが実は生きていたということ以上に……おそらく、父親が本当は「変わり者」だった事を、そこはかとなく知っていたからなのだろう。


「エメラルダ、すまぬの。ワシはお前に、大きな嘘をついておってな。それで……」

「……分かってたわよ、そんな事。母さんが死んだ時、私は子供過ぎて……その時は理解できなかったのだけど。今の私は大人だもの。母さんを殺すことになった、父がしでかしていた“やりたい放題”の中身が……竜族としては致命的な趣味だったことくらい、気づいてもいたし、知ってもいるわ。だって、私はもう……この世界の汚い部分も見つめた後なのだから」

「……」


 さりげなく、背中に仕上げの特製ハーブ軟膏を塗ってやりながら……エメラルダが疲れたように、オフィーリアが横になっているカウチに腰掛ける。そうして、悲しそうに首を振りつつ。ポツリポツリと、胸の内を白状し始めた。


「でも……ね。私は素直に認めることも、理解することも拒んでいたの。だって、そうでしょう? ……ギルテンスターンの所業を認めてしまったら、母さんがあまりに可哀想じゃない。父さんは確かに、私には優しかった。だけど……それが自分の恥部を隠すための、方便だったとしたら。母さんは何のために、父さんと一緒にさせられたのかって、憐れむしかなくなるじゃない。……そんなの、女として惨めだし、悲しすぎるわ。だから……」

「……そう、じゃな。そんな思いをするくらいなら……ワシが追放したことにしておいたままの方が、よかろうて。ギルテンスターンはエレメントマスターに相応しくないから、ワシが追放した。それでも、こんなにも長い間生き延びて……悪い奴に利用されて、殺されてしもうた。そうしておいた方が……誰も傷付かなくて済む。じゃが……もう、そうも言ってられなくなったようじゃの」

「……えぇ。そうね」


 一族の者が、人間界の安寧を崩す一手に成り下がった。家族が、世界の平和を崩す手段に成り果てた。それでなくても、最後のひと花を咲かせる覚悟なんて、もうとっくにできている。長老として……そして、どこまでも孫に甘い祖父として。ギルテンスターンの名誉を守りつつも、愛しい命がひしめく世界を救うには。自分こそが霊樹同士を束ねる架け橋になるべきなのだと……オフィーリアは「最終手段の奥の奥」について、ようよう思いを馳せていた。

【番外編「グリちゃんは絵心をゲットしたい」】


「ちわーっす。……ヤギメガネ、いるか〜?」


 今日こそは予定もないし、嫁さんとのんびりできると見せかけて……彼女はアスモデウスと伊達女とで「情報交換」の約束をしているらしい。

 別に寂しくなんかないし……と思いつつ。やっぱり妙に寂しいもんだから、気晴らしと嫁さんの送迎を兼ねて、一緒にアスモデウスの屋敷に遊びに来ましたよ、っと。だけど、俺が別枠で会いに来たのはアスモデウスじゃなくて、オスカーの方だ。


「おや? マモン様ではないですか。リッテル様と一緒に行かなくて、良いのですか?」

「うん、まぁ。俺は下らん世間話に首を突っ込むつもりもないし。ただ、さ。それとは別に、お前さんにお願いがあって来てみたんだよ」

「マモン様が僕に……ですか? 一体、どんなご用件でしょう?」


 相変わらず、オスカーはアスモデウスの身の回りの世話を甲斐甲斐しくしていると見えて、両腕にやたら派手な衣装を抱えたまま、首を傾げている。そんな彼に、ちょっとした手土産と一緒に、ご用件を伝えてみれば。アスモデウスのお召し物を放り出さないにしても、締め上げてぐしゃぐしゃにする勢いで食いついてきた。


「マモン様、それはもしかして……!」

「うん。スケッチブックと、ちょっとした絵の具セットを持って来てみましたよ、っと。ほれ、例のお城調査の報酬が出てな。その報酬で嫁さん側から、画材を仕入れてみたんだ。だけど……俺も絵を描いてみたはいいけど、なかなか上手くできなくて。……で、さ。お願いって言うのは、他でもない。お前さんの分も画材を用意するから、絵を教えて欲しいんだよ。……頼める?」


 今度は俺が傾げる番だと、クイっと窺うように首を曲げてみれば。ヤギメガネさんの方は、首が落ちるんじゃないかという勢いで、縦に振ってくださる。……しかし、これだけ首を振っても落ちない、メガネの根性が妙に気になるんだけど。……ここはそこを気にしている場合じゃないか。


「話は嫁さんの方で通してくれると思うから、よければ、一旦俺の家に来ない? コーヒーくらいは出してやれるし、そっちの方が落ち着いて教えてもらえそうだし」

「良いのですか……?」

「うん、構わない。ただ、最初はアスモデウスの肖像を描いてやれよ。……嫁さんもその条件で、お前さんの自由行動を頼んでくれるみたいだから。そこは外さないでくれよな」

「……!」


 何だろうな。そんな風に感極まった顔して、見つめないでくれよ。照れるだろ。

 そうして準備をして参りますと、一旦は屋敷の奥に引っ込むオスカー。兎にも角にも、交渉成立。プロの画家さんにご教授願えれば、俺もちょっとは上手く描けるようになる気がする。それで……。


(……いつか、俺もあの「大作」みたいな、リッテルを描けるようになりたいな〜。……うん、ご本人様が教えてくれるんだから、きっとそれなりに描けるようにはなるだろ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ