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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第18章】取り合うその手に花束を
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18−40 恋は夢破れて

 ヤギメガネがフォーカスエイジで無茶をしていた理由は何となく、分かった。しかし、こいつの様子からするに、思い出の釣果はあまり芳しくない様子。元の姿に懸念を示す時点で、生前の姿に関してはある程度、自覚もあるみたいだが。何かを隠している雰囲気があるとは言え……全部が全部、思い出せた訳でもないらしい。


「そう言えば……さっき、マモン様は僕がリッテルの知り合いだと……おっしゃいましたか?」

「なーに、人の嫁さんを知れっと呼び捨てにしてんだよ。しかも、生前のお前もリッテルを呼び捨てにできる立場じゃなかったみたいだけど?」

「……そ、そうなのですね」


 色欲のナンバー2でさえ、リッテルのことは様付けしてたぞ? どーも、ヤギメガネは所々横柄な態度が透けて見えるから、気に入らないんだよな。表面上は素直なフリをしているが、内心では何を考えているか、分かったもんじゃない。口先では殊勝な事を言っていても、肝心な時に裏切るのがこのタイプだと思う。


「オスカーさんは生前、私と同じ時代に生きていた人みたいで……お名前は、オスカ・ココルカ。旧・カンバラでも新進気鋭の画家として、お抱えの宮廷画家の中でも一際目立つ存在だったわ」

「画家……そっか、僕は生前は画家だったのですね。だとすると……」

「ま、そういうこったな。多分、お前さんが夢中になっていたのは、絵を描くことと……あとは、その」

「……そう、ね。エルマと呼んでいた時点で……きっと、ココルカはマリエッテ姉様に恋をしていたのね……」

「マリエッテ……あぁ、そうだ。そうです。……僕のエルマ。そう……僕の……」

「……あ?」


 いや、だから。お前さんの恋は夢破れて……なんて、半ば呆れ気味でヤギメガネの様子を窺っていると。今度こそ、どうして「こんな無茶をやったのか」について、ヤギメガネが細々と説明し始める。しかし……そのご説明に、非常事態レベルの不都合が紛れているもんだから、別の意味で焦っちまうんだけど……。


「僕はエルマを迎えにここに来たんです。と、申しますのも……先日、アスモデウス様の館に、ヨルムンガルド様がお越しになったのですけど……」

「まぁ、あいつはそっち方面の欲も旺盛だからな。別に、それは不自然なことじゃないと思うけど」

「え、えぇ……そうかも知れませんね。ですけど、ヨルムンガルド様はリッテル……えっと、リッテル様と一緒にお見えになりまして」

「えっ? リッテル……それ、本当か? お前、まさか……!」

「えぇっ⁉︎ ちょ、ちょっと待って、オスカーさん! 私、ヨルムンガルド様とは最近はお会いしていませんよ? それは、何かの間違いでは……?」

「あ、誤解を招くような事を申して、すみません。正しくは……リッテル様にそっくりな人形とご一緒だったのです」

「……はい?」


 あわや嫁さんの浮気か……と思ったが。どうも、コトはそう単純ではない模様。

 何でも、クソ親父はリッテルが恋しいばっかりに、ダイダロスに頼んで等身大リッテル人形を拵えたらしい。もちろん、それだけでも許し難い事なんだが……その上、奴は人形相手に「あんな事」や「こんな事」をしているそうで、もっと自然な感じで「コトに及びたいから」と、アスモデウスの所のサキュバスを借りにやってきたそうな。……話によると、動きのパターンをお人形に組み込むためだとか、何とか……。


「ほぉ〜……? あのクソ親父は、とってもご趣味がいいことを……俺が知らない所でやってくれているみたいだな……?」

「そ、そうね……。ヨルムンガルド様は随分と変な趣味をお持ちと言うか、虚しいと言うか……。私の人形相手に何をしているのかしら……? ちょっと気持ち悪いし、気味も悪いわ……」


 本当、それな。本物が手に入らない虚しさに塗れて、人形相手に何やってんだよ。

 そのあまりに気色悪い所業に、リッテルも震えが止まらないようで、縋るように俺に抱きついてくる。そうして、慰めるように背を摩ってやれば……何故か、周囲からため息が漏れ聞こえてくるんですけど。

 ……すみません、俺だって嫁さんを優しく慰めるくらいの芸当はできるんです。常々、尻に敷かれているだけじゃないんです。


「アハハ……そう。やっぱり、お人形相手にお遊びは“気持ちが悪い事”になるんですね。まぁ、僕もそうは思いますよ。ですけど……ヨルムンガルド様の人形を見た瞬間、何かを思い出しかけまして。……そして、この城のどこかに大切な何かを忘れている気がして、探しに来たんです。一応、僕には少しだけ思い出が残っていたみたいで……生まれがカンバラだってことだけは、覚えていました」

「あっ、そうなんだ? 中級悪魔にも、故郷の記憶が残っているパターンがあるんだな」

「そうみたいですね。……だから、さっきはゼロじゃないって言われたのが、少し嬉しかったんです。……ジェイドには中級悪魔は記憶がすっからかんって本当かって、聞かれて。そこまですっからかんじゃない、って言い返したんですけど……自信も確証もなくて。だから、とても悔しくて……」


 いや、だからさー。どうして、お前はそんなに同僚に対して卑屈なんだよ……。ジェイドは単純に「本当か?」って何気なく聞いただけだと思うな、それ。別に「お前の記憶はすっからかんだ」って決めつけた訳じゃないと思うんだが。


「……それで、この部屋の奥に……あぁ、良かった。ここの仕組みはまだ、当時のままみたいです……」

「ここの仕組み?」

「なんとなくですけど、僕はこの部屋に相当数出入りしていたようで……エルマから、秘密の小部屋も教えてもらっていた気がします」


 えっと? それって、つまり……?


「もしかして……マリエッテ姉様とココルカは……」

「う、うん……。ヤギメガネの恋は完璧に実らなかったんじゃなくて、一応はそれなりに成就していたのかもな……」


 密会場所を一介の画家に教えている時点で、エルマさんとやらもそれなりに気を持たせる事をしていたんだろう。しかしご存知の通り、カンバラの姫様達はリッテルも含めて結果的には「処刑」された事になっている。聖痕持ちだったとかで、リッテルは生贄枠で処理されたようだが。結果的には全員、助からなかった。で、その最後の肖像をあの大作で残したのが、生前のヤギメガネで……。


「……あぁぁぁぁぁ! 僕のエルマ! ……ごめんよ、こんなにも長い間、忘れていて……!」

「はっ? 僕のエルマ……?」


 手慣れたように何かの仕組みを動かして、ヤギメガネがいそいそと「秘密の小部屋」に入っていったかと思ったら。その先から、間髪入れずに素っ頓狂な奇声が聞こえてくる。そうして、頬を赤らめて嬉しそうに出てきた奴の腕には、これまた妙にブチャイクなお人形が抱えられているんだけど。……えっと。まさか、それが……?


「……なぁ、リッテル。もしかして……あれが、マリエッテさんなのかな?」

「さ、さぁ……私には、とてもそんな風には見えないんだけど……」


 1人で興奮冷めやらぬと、インキュバスモードの麗しさも台無しにする勢いで、「愛しい彼女」に頬擦りしているオスカー。周囲の冷たい視線も、呆れた嘆息も、何もかもを無視しては……自分達だけの世界で盛り上がり始める。

 ハイ、ようやくヤギメガネの隠し事も無事に判明しましたよ。しかし……色んな意味で大丈夫かな、これ。

【作者より】


オスカーの生前のモデルは「オスカー・ココシュカ」という実在の画家さんであります。

クリムトをご存知の方なら、おそらく聞いたことがあるかもですが、オーストリアを代表する画家さんの1人ですね。

そんな彼の作風はさておき……ココシュカさんは私生活でも色んな意味で、はっちゃけたお方だったようです。

「魔法道具・リッちゃん」を登場させていたのは、彼の「奇妙な共同生活」から連想したものだったりしますが……天才は得てして、奇人なのかも知れません。


……尚、現実のココシュカさんは宮廷画家でも、「ブチャイク」でもありません。この辺は作者の勝手な創作なのです。

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