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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第1章】傷心天使と氷の悪魔
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1−8 魔法を使うには

「ねぇ、ハーヴェン。あのおじちゃん、大丈夫なの?」

「ん?」


 ショッキングな光景に怯えつつも、エルノアは這うように逃げようとしている残党を心配しているらしい。しかし……一方的に斬りかかってきたんだから、こればかりは自業自得だと思う。こちら側としては、「正当防衛」のつもりだったが。


「……放っておけ。もうすぐ日が暮れる。これだけ血を撒き散らしたんだ。多分、今夜はお出ましになるんじゃないか。明日になれば、転がっている残飯も含めて綺麗さっぱり片付いているだろうし……ま、アイツが夜を越せる可能性は低いだろうが、こっちもやられるわけにはいかないからな」

「食べられちゃうの?」

「そんなとこだな」

「それじゃ、可哀想だよ。あの人、帰らなければいけない場所があるみたい」

「……なんで、そんなことが分かる?」

「なんとなく……なんだけど。なんか、待っている人がいるみたいなの」


 そこまで言うと、エルノアは恐る恐る彼の「元足」を拾って走り寄る。


「おじちゃん、待って。足、くっつけてあげるから!」

「おい! エルノア!」


 俺の制止も聞かず、エルノアは彼の足を継ぎ目に安置すると同時に、魔法を展開し始めた。今度はただの回復魔法じゃない。魔法陣の輪が2重に展開され、複雑な文字が浮かんでいるところを見る限り、純粋な回復魔法の上に再生系の回復魔法まで展開しているらしい。


「柔らかな慈愛をもって汝の痛みを癒さん……プティキュア! 深き命脈の滾りを呼べ、失いしものを今一度与えん……リフィルリカバー!」

「異種多段展開か。……全く……」


 魔法を扱うには、いくつかの条件がある。まず四大属性、つまり炎・水・風・地の属性の魔法を使うには、該当のエレメントに自分も属している必要がある。簡単に言うと、どんなに努力をしても、水属性の俺は風属性の魔法を扱うことは絶対にできない。

 そして、具体的に魔法を発動するには「詠唱」「錬成」「展開」の3ステップが必要になる。

 呪文を「詠唱」することで空間ないし、自分の内にある魔力に呼びかけ、手元に集める。空間の魔力が薄い場合は、自分が持っている魔力から補填することになるので、魔力が薄い空間で魔法を使わなければいけない時は、魔力の残量も気にかけなければならない。そうして集めた魔力を「錬成」し、魔法の骨格を構築し……構築した魔法を「展開」し、効果を発動させる。

 この3ステップをこなすには、「詠唱」に必要な呪文を覚え、「錬成」に必要な魔法の概念を理解し、効果を拡散して「展開」するための魔力が必要になる。


 そして、今の彼女がやって見せている異種多段展開、つまり2重魔法陣のあの魔法は、その3ステップを2つの魔法に対して同時発動したものだ。自分の持っているエレメントの魔法であれば、簡略化はそこまで難しくないが……回復魔法は基本的に、精霊にはそれが難しいはずの魔法だ。なぜなら、回復魔法は例外なく全て「光属性」に該当する。


 光属性と闇属性は「ハイエレメント」と呼ばれ、四大属性の上位エレメントとされる。

 俺は中身は悪魔だったりするものだから、闇属性のハイエレメントを持っているし、ルシエルは風属性の上に光属性を持っていたりはするが、それは元が「ハイエレメント有りきで存在している精霊とは別枠の存在」だからでしかない。精霊がハイエレメントを持っているとすれば、一廉の種類、おそらく最上位レベルの精霊になるだろう。ハイエレメントは保有している精霊自体が少ないのが、常識だったはずだ。

 一方で、ハイエレメントの魔法は四大属性の魔法とは違い、該当エレメントを持っていない者でも扱うことはできる。ただし、自分のエレメント以外の魔法を扱う以上、魔力の消費も多いし、発動自体も難しい。また、モノによっては特殊言語で呪文が構成されている場合もあり、言霊が指定する対象の種族でしか発動すらできない魔法も存在する。


 しかし、エルノアは一般的な回復魔法と言えど、光魔法を難なく異種多段展開で発動している。簡略化が難しい光属性の魔法をいとも簡単に、手早くこなしている時点で、彼女が相当の使い手であることは明白だ。


 単一魔法の複数展開は、構築するときに意識しなければいけない概念が一種類で済むため、魔力さえあればあまり難しくない。しかし、同時発動する魔法の種類が複数だと、難易度は一気に跳ね上がる。同時構築する際に気にしなければいけない概念の種類が多いというのは、構築の最中に複数の魔法を取り違える可能性が増えるということだ。

 魔法は錬成に必要な概念を理解して構築できないと、発動しないばかりか、時に術者を巻き込んで暴発したりして……魔法の組み合わせによっては最悪の結果を引き起こし、魔法の失敗で命を落とす羽目になる。そのため、異種多段展開の錬成にはかなりの経験と熟練度が必要なのだが、見た限り幼い彼女がそこまでの概念を理解しているとは思えない。……おそらく、彼女は魔法の扱いに関して天賦の才能があるのだろう。ツレも、とんだものを拾ってきたもんだ。


「歩ける?」

「あ、あぁ……」


 俺がそんな事を考えている間に、治療が終わったらしい。声のする方を見やれば、野党の足は見事にくっつき、再び彼の体をきちんと支えていた。


「……おい」

「ヒィっ!」


 腕を組んでわざと難しい顔をしてみせると、男は俺にされたことを鮮明に思い出したのだろう。折角、大地を踏みしめる感触を再認識したばかりだというのに。……後ろにつんのめって勢い、尻餅をつく。


「……とりあえず、これをくれてやるから、さっさと失せろ。次は本当にないからな」


 そう言って、ぶっきら棒に彼の足元に銅貨を3枚放ってやる。そうされて恐る恐る銅貨を拾うと、男は礼も言わずに立ち去った。エルノアには礼くらい言っても、バチは当たらないんじゃないかと思うが。俺がやったことを思うと、仕方ないのかもしれない。


「あの、ハーヴェン……」

「……たく、とんでもないお嬢さんだ。とにかく、帰るぞ。撒き餌もなくなったことだし、早く帰らないと俺達が食料にされかねない」

「……うん」


 俺が実は本気で怒っていないことを見透かしているのか、エルノアが俺の手を握りしめてしっかりと歩き出す。しかし……さて、ルシエルになんて言い訳しよう。

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