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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第18章】取り合うその手に花束を
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18−27 君の笑顔が見たいから

 僕、君のために頑張っているんだよ。僕、君の笑顔が見たいから、こんなに必死なんだよ。それなのに……。


(……バビロンはどうして、あんな奴を心配するんだろう……)


 狂気のカウチ……ではなく、至極標準的でありながら、程よく洒落たカウチに力なく腰を下ろすベルゼブブ。普段であれば、のんべんだらりと何もかも後回しにして、横になる所なのに。……今日ばかりは悩み事が大きすぎて、何もかもを放り出して眠る気にもなれない。

 程よく、諦めが肝心。自分にも周りにもそう言い聞かせて、「楽しいこと最優先」をモットーに、それなりに真祖であることも楽しんできたけれど。今は「真祖であること」が悪魔としては足を引っ張っているような気がして、ベルゼブブはいよいよ自前で気分を上向かせることができないでいた。


 真祖の悪魔は最初から悪魔として生まれた、特別仕様の存在である。他の悪魔と違って、闇堕ちをしていない……つまり、記憶の喪失や抹消を含む転生を経験していないため、記憶は覚えうる限りのものは潤沢に残ったまま。気がかりなことは忘れたくても忘れられないし、嫌なことや悔しいことは憎らしいくらいに覚えている。

 「真祖は忘却以外では記憶が欠落することはない」……このことは、真祖たる悪魔が全員持ち合わせている共通認識であり、流石の大悪魔とて、自身の記憶の忘却までもをコントロールすることはできない。そして、ベルゼブブは辛いことなんか忘れられればいいのにと思いつつも……バビロンのことを忘れる気なんか、最初からない。いや……他のどんな記憶を差し置いてでも、彼女のことは覚えていたいと願う。そうして、少しでも気分を落ち着かせようと、緑の鱗に覆われた手元を見つめるが……。


(やっぱり寂しいよ、バビロン。僕……)


 ちっとも気分もお腹も満たされないよ。

 虚しい気持ちもやり過ごせなくて、とうとうポロポロと涙を零し始めるベルゼブブ。その場には、グスグスと泣き出した彼を慰める者は誰もいない……はずだったが。滲んだ視界の先には、妙に見慣れた趣味の悪いハンカチが差し出されているではないか。

 それはいつかの時に、天使長に貸したままになっていた黄色と茶色の悪趣味なハンカチ。きっと、彼女はそれをきちんと洗って、返してくれるつもりだったのだろう。まるで真面目な性格を代弁するかのように、ピシリと畳まれたハンカチを返却しつつ、ベルゼブブの頭の先からちょっぴりツンツンしたお言葉を降らせてくる。


「……なんだ、その似合わない萎れ具合は。いつものふざけた調子はどうした?」

「へっ……? って、嘘〜ん⁉︎ どうして、ハニーがここにいるのん⁉︎」

「ヒスイヒメから連絡があってな。……お前が心配なので、様子を見に来て欲しいという事だったが」


 未だに距離を保つ警戒心は抜けていないが。それなりにベルゼブブを認めているルシフェルは、特別かつ定番の慰めコースを提供してくれるつもりらしい。カウチの反対側に腰を下ろすと、チロリと横目でベルゼブブを見つめながら……何かを誘うように、膝をポンポンと叩いて見せる。


「も、もしかして……」

「大抵のことは、泣くか眠ればスッキリするものらしいな。……ほれ、何をグズグズしている。いつまで私の気まぐれがもつか分からんぞ? ……サッサとせんか」


 突然の特別サービスに、ちょっと落ち込んでいたのも都合よく忘れては。ベルゼブブは恐る恐る、ルシフェルの膝に頭を乗せてみるが……。


(ゔ……なんだろう、この不思議な感触。僕……別の意味で泣けてくるよん)


 サキュバス相手に膝枕をしてもらった事も、確かにあった。完璧なプロポーションを誇る全裸の彼女達相手に、それらしく「ヨシヨシ」としてもらった事だって、1度や2度じゃない。それなのに……今頭を預けている膝の柔らかさと温かさは変な気分にならないにしても、確かな充足感をベルゼブブにもたらしていた。


(あぁ……そっか。ハニーも僕を慰めるの……満更じゃないんだね)


 控えめにヒョコヒョコと触覚を動かして、いくら彼女の気持ちに探りを入れてみても。絶対に狂いがないベルちゃん自慢の嘘発見機には、何1つ偽物の感情は引っかかってこない。


「それで? どうしたのだ。私でよければ、話くらいは聞いてやるぞ?」


 膝枕だけでも恐れ多いのに、更に天使長様の人生(悪魔生?)相談付きともなれば。普段から輪をかけてお喋りなベルゼブブが、事情をペラペラと白状するのは当然というもの。そして……。


「……って、ワケなんだ……」

「なるほど、な。……それはそれは、悔しかったろうな。しかし……この場合、ベルゼブブは悪くないと思うぞ。だから、そんなに落ち込むでない」

「うん、ありがと。ハハ……僕、これでも一生懸命、頑張ったんだけどね。でも……バビロンは僕じゃなくって、アケーディアの方にご執心みたいなんだよ。あんなに、あいつに馬鹿にされていたのにね。あんなに……あいつに辛い思いさせられてきたのに。それなのに……」


 僕じゃなくて、あいつを選んだんだよ。

 こんなにも一生懸命な自分を置いて、バビロンはアケーディアの元へ「自分の足で」帰ってしまった。その事実こそが無駄に楽観的なベルゼブブさえも傷つけては、深く悲しませていた。


「そうか……バビロンがアケーディアの元に戻ってしまったか。それはそれで、こちら側としては都合の悪い事態だが……しかし、どうしてだろうな? バビロンがそんなにもアケーディアに固執するのは、少し不自然な気もするが」

「そう、そうなんだよ。バビロンは僕の事を思い出せて嬉しいって言ってくれたし、魔界に帰ってこれたのも喜んでいたはずなんだ。だけど……彼女の中で、何かが引っかかるみたいでね。そればっかりは、僕にも分からないんだよ……」


 横向きで器用にため息を吐きつつも。必要以上に彼女の配慮を台無しにする必要もないかと、気分をちょっぴり上向かせるベルゼブブ。そうして、今度は「絶景」を拝もうと、意を決して上を向いてみる。……彼としてはその瞬間に、首の向きを強制的に戻されるかとも覚悟していたが。ルシフェルの方はベルゼブブのちょっとした「お楽しみ」を阻止するつもりもないらしい。自分を見上げる瞳を見つめたかと思うと、これまた優しげな手つきで額を撫で始める。


(こ、これは……! 凄い絶景じゃない。ハニーはやっぱり……)


 超絶・ナイスバディ。たわわな双丘を擁する、完璧なプロポーションは……リッテルやアスモデウスにも、引けを取らないかも。

 あまりに下世話なことを考えながら、もっと深く慰めてもらおうと魅惑の果実に手を伸ばすベルゼブブ。この流れであれば、もっと深〜く夫婦になれるかもしれない。ほの甘く淡い期待と、大き過ぎる野望を胸に抱き。いざ決戦と、意気込むベルゼブブだったが……。


「戯け! お触りまでは許しておらんぞ! 気安く触るな!」

「え、えぇッ⁉︎ ……このシチュエーションはどう見ても、その感じでしょ〜?」

「全く……少しは元気づけてやろうと甘やかしてやったら、これか。その調子だと大丈夫そうだし、私は帰るぞ」

「ちょ、ちょっと待って! ベルちゃん、まだ無理。お、お触りはナシにするから……もうちょっと、相談に乗ってよん」

「……相談だけだからな? それ以上はまだ、ナシだ」


 まだ、ナシ……か。それは要するに、いずれはアリになるという認識でいいのだろうか?

 結局、ルシフェルの警戒心を解くのにはまだまだ、時間がかかりそうだが。それでも、今はバビロンの事について相談に乗ってもらえるだけで、よしとしなければならないか。

 程よく、諦めが肝心。過ぎた欲望は、身を滅ぼす。いつか貰えるかも知れないご褒美に想いを馳せるついでに……奇跡のラッキーアワーを齎したヒスイヒメにはご褒美をあげなければと、こっそり考えるベルゼブブだった。

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