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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第18章】取り合うその手に花束を
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18−26 心もお腹も大満足

 コンラッドの行方を探そうと神界門を潜った途端、妙な光景が真っ先に目に入る。

 エントランスのエルダーウコバク像の隣には、何やら機神族らしき淑女。微動だにもせず、カタカタと機械音を鳴らしながら、静謐な雰囲気を纏わせているが。しかし、彼女が纏っているのは静寂の空気だけではないらしい。その足元では私としては初顔の、ちびっこ天使達が神界の真っ白な床をスケッチブックにして、落書きを楽しんでいたりする。

 ……あれ? ここ、神界だよな? 託児所なんて、あったっけ?


「えぇと……」

「あっ! ルシエル!」

「ルシエル、おやつは?」

「……はい?」


 しかも、先方は何やら私を知っている様子。クレヨンを両手に握りしめたまま、いかにも嬉しそうな顔で走り寄ってくるではないか。と、言うか……。


(ま、まさか……! 蒸しケーキに気づいたのか……?)


 もっちりボリューミィ、これ1つで心もお腹も大満足。しかも、妙に「腹ペコ」認定されている私には、特別にプラス1個のおまけ付き。

 最近、ハーヴェンは自作おやつの二つ名を考えるのにハマっているらしい。蒸しケーキを手渡してくれた時に、ちょっと意地悪な笑顔でそんな事を言っていたが。キャッチーなコピーに、ガッツリ絡め取られているのは悔しいと思いつつ。こんなにも楽しい悪巧みになら陥落してもいいと、私は既に諦めていた。

 そんな天使の矜持を緩めてまで死守したい、私のささやかな楽しみを……このちびっ子ツインズは狙っているのか⁉︎ い、いや! 絶対に渡さないぞ! あっ、そうだ! こういう時は……!


「おやつが欲しいのでしたら、クッキーはいかがですか? すぐに、交換リストで……」

「違う。それじゃない」

「私達、ハーヴェンのおやつが食べたい」

「ルシエル、お部屋でこっそり楽しんでるって聞いたの」

「だから、それをちょーだい」

「……⁉︎」


 こ、こいつら……私がもぐもぐタイムをこっそり満喫しているのを、何で知っているんだ⁉︎ その前に、この子達は何者なんだ? 何の恨みがあって、私にそんな嫌がらせをしてくるんだ……⁉︎


「あっ、いたいた。もぅ、だめじゃないですか〜、ガブちゃんにラフちゃんも。ルシ姉にいい子にしてなさいって、言われてたでしょ? あぁ、あぁ……何をこんな所に落書きしているんですか……」

「だって、つまんなかったんだもん」

「ハーヴェン、描いてたの」


 胸を張りつつ、エルダーウコバク像を指さすちびっ子達だけど。……えぇと、このアーティスティックな床絵はハーヴェンだったのか? どのあたりが角で、どのあたりが尻尾なんだろう? って、今はそんな事を考えている場合じゃなくて。


「ミシェル様、この子達をご存知なのですか? それと、こちらの機神族は一体……」

「ルシエル、久しぶりだね。まぁ、その。ルシエルがシルヴィアちゃんの所に行っている間、こっちも色々あってさ……」


 ガブちゃんに、ラフちゃん。それでもって、ルシ姉。

 彼女達をそんな風に親しげに呼びながら、遠慮もなく衝撃の事実を教えてくれるミシェル様。なんでも、彼女達はマナツリーがお膝元で温めていた初代大天使の魂から復元させた存在であり、戦闘能力はしっかりと引き継いでいるらしい。しかし……。


「……ま、能力に注力したばっかりに、他はちょっと未熟な状態での復活になったみたいでさ。それで、身も心もお子様ってワケなんだ。で、そっちの機神族はヴァルプスちゃんって言ってね。機神王がラミュエルに託した、ローレライ修復の切り札なんだけど」


 概要は報告書にまとめてあるよ〜……なんて、併せて教えてくれるものだから、該当の報告書に素早く目を通せば。そこには霊樹・ローレライの状況が事細かに記されており、今後の方針もきちんと記されている。内容から察するに、ここにいる機神族……ヴァルプスと言うらしい……は機神王・ヴァルシラが命と引き換えに託してくれた、ローレライ復活の鍵を握る固有種になるようだ。


「そう、でしたか。では、ラミュエル様とオーディエル様はどちらに?」

「ラミュエルは人間界に、ヴァルプスちゃんを預かってくれていた人に会いに行っているよ。で、オーディエルは魔界にお出かけ中。なんでも、サタンサイドから憤怒の軍隊を作戦に貸してもいいって申し出があったみたいでね。今は転移装置のおかげで、魔界にも出かけられるようになったし……ま、たまにはいいんじゃないかな?」


 でも、そのせいでボクはお留守番なんだよねぇ……と言いながら、しっかりとガブちゃんとラフちゃんと手を繋いでいるミシェル様。お留守番に不服なのは彼女も一緒のようだが、意外と子供のお相手も得意と見えて、何だかんだでヨシヨシとちびっ子達の頭を撫でている。……だったら、うん。仕方ない。ここは私も大人になろう。


「左様でしたか。でしたら……そうですね。お留守番組で、おやつを楽しむとしましょうか。……本当は独り占めするつもりでしたが……まぁ、いいでしょう」


 それでなくても、ハーヴェンのおやつや料理はリストにも掲載できない絶品であるため、交換のしようがないのだ。交換リストにもそれらしいお菓子もあるにはあるが、正直なところ、ハーヴェンの愛が詰まった手作りメニューには遠く及ばない。おそらくだが、交換リストに載せられるのはあくまで、「一般的な品物」であり、マナツリーが知り得ない「特別仕様な逸品」は並べようもないのだろう。

 並べられる景品は武器然り、小説然り。それなりにチケット枚数の消費量が激しい、いわゆる「高額景品」も存在するには、存在するが。それらでさえ、いくらでも代えの効く大量生産品でしかなく、マナツリーがハーヴェンの愛が詰まったお菓子を用意するまでには、至っていない。


「2つありますので、こうして半分にして……と」


 腰のポーチから丁寧に包まれた蒸しケーキを取り出しては、さっくりと半分に割って、まずはお待ちかねのガブちゃんとラフちゃんに手渡す。すかさず、彼女達が手元のオレンジ色が眩いおやつをハムっと頬張れば。その瞬間に、ちびっ子天使を満面の笑みにするのだから、いつもながらにハーヴェンのおやつの威力は凄まじい。そうして取られないうちにと、ミシェル様と残りの半分をシェアして、待ちきれぬとばかりに私も蒸しケーキにかぶりつく。

 あぁ……! やっぱり、美味しい……! もっちりとした食感と、ダイスカットかぼちゃの程よい甘さに、気分も強制的にほっこりする。


「美味しい!」

「ハーヴェンのおやつ、もちもち!」

「いや〜、やっぱりハーヴェン様のおやつは、最高だよね。うん。ボク、これだけでもこっちに残って良かったって思っちゃうよ」


 そうでしょう、そうでしょう。ハーヴェンのおやつ以上のご褒美なんて、そうそうありませんもの。


(それはそうと、肝心のルシ姉……あっ、違った。ルシフェル様は、どこに行かれたのだろう?)


 特段用事はないとは言え、彼女の所在が気になるのは、やっぱり大きすぎる存在感故なのだろうか。いずれにしても、私はコンラッドの行方を確認しないといけないし、ここはルシフェル様を探さなくてもいいか。このままもう少し、彼女達の話を聞きたい気分もあるけれど。ちびっ子達と戯れ合うのも、このくらいにしておこう。

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