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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第18章】取り合うその手に花束を
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18−13 罪人の不名誉

 エンドサークルの効果がやっとこさ切れて、ヒシと抱き合う麗しい兄弟愛を尻目に、とりあえず俺はもう頑張らなくていいかなと、普段の姿に戻ってみるものの。いつもの空気とは別物の鋭い空気を纏い始めたベルゼブブの姿に、今度はロジェと一緒に縮み上がってしまう。……一波乱の予感がするな、これは。


「おや? 何をそんなに怒っているのです。真祖だったら、尚のこと分かるのではないですか? フェイルランが……」

「……フェイルランじゃない。彼女はバビロンだ。エセ真祖に失敗作だなんて言われる程、バビロンは出来損ないじゃない」

「へぇ〜、左様ですか? 僕にしたら、フェイル……」

「もういい……黙れ」


 いや、ちょい待ち。目の前の奴は本当にベルゼブブだよな? 何その、半端ない威圧感。マモンの嘲笑とは別の意味で、恐ろしいんだが。


(これが大悪魔の威厳ってヤツか……)


 アケーディア(以降、こっちで呼ぶことにします)が口を開こうものなら、さも不愉快とばかりにピシャリと彼の言葉を遮って。ベルゼブブがふぅ……と、疲れたようにため息を吐きながら、首を振っている。一方で、ベルゼブブの勘所っぽいバビロンは今にも泣きそうな顔で状況を見守っているけど。……そもそも、ベルゼブブとバビロンの間には何があったのだろう?


「とにかく、僕はお前を許すつもりもないからね。……今後はバビロンをフェイルランだなんて、ふざけた名前で呼ばせやしないし、彼女をここまで追い込んだお仕置きもしっかりするつもりだよ。……本物の実力ってものを見せてやるよ」

「……本物の実力、ねぇ。あなた、そんなに強そうには見えませんけど……。そっちの元勇者様の親の悪魔ともなれば、相当の実力者だと見て良さそうですか? ……これは、参りましたね。この状況は圧倒的に不利じゃないですか」


 しかし、アケーディアは相変わらずの余裕を崩さないにしても、ベルゼブブの喧嘩を買うつもりもないらしい。いかにもお手上げとばかりに、手のひら2つを上に向けては肩を竦めて見せるが。……あっ。それは多分、不味い反応だと思うぞ。いくらベルゼブブが不真面目なヤツだったとしても……この雰囲気でそんなことをしたら、冗談抜きでお仕置きされちまう気が……。


「と、いう事で……仕方ありませんね。ここは一旦、退かせてもらいましょうか。我が祈りに答えよ、我が身を汝の元に誘わ……」

「逃がしゃしないよ! 常しえの鳴動を響かせ、仮初めの現世を誑かせ。ありし物を虚無に帰せ、マジックディスペル! 宵の淀みより生まれし深淵を汝らの身に纏わせん!時空を隔絶せよ、エンドサークルッ! そしてそして……空を奪え、地を踏む足を拒め! 我は汝の戒めぞ! 捉えろ……ロゼクレードル‼︎」


 不味い。本当に不味いぞ、コレは。この組み合わせの拡張式異種多段構築となると、冗談抜きでベルゼブブは骨の髄までアケーディアを苦しめるつもりなんだろう。

 まず、マジックディスペルで相手の転移魔法を無効化、その上でエンドサークルで、避難経路を完全にシャットアウト。更に、トドメとばかりに織り込まれたロゼクレードルには相手を閉じ込める以上に、毒で体力を奪う恐ろしい効果がある。で、そんな徹底的に相手の退路を阻む魔法ばかりを連結して展開されたのは……。


「罪過を許さじ、雪辱を忘れじ! 我が牢獄へ、咎多き罪人を囚えん! 全ての希望を捨て、総ての絶望を抱け! オーバーキャスト・スティグマタイズスィナー!」


 罪人の不名誉……か。こりゃまた、ご立派な魔法を展開しやがったな……。

 ベルゼブブがお気に入りのダークラピリンスを選ばなかった理由はそれこそ、分からないけれど。いつものおちゃらけた口調も綺麗サッパリ抜けているのを聞く限り、ベルゼブブの方は珍しく真剣モードなんだろう。……明日、大雪が降らなきゃいいんだが。


「……さぁ、覚悟はいいかい? この……」

「出来損ない、だとでも言いたいのですか? ……フン。この程度で、勝ったつもりにならないで欲しいですね。言っておきますが、僕はただ認められていないだけで、完成された真祖には変わりませんよ? ……僕の領分、しっかりと見せてあげますよ」


 しかし、アケーディアはアケーディアでやっぱり余裕の態度を崩さない。ローゼンビュートを使っていたのを見ても、彼が地属性であることは間違いなさそうだし、悪魔は全体的に毒には強い傾向がある。その2つの要素から、彼にしてみれば毒の追加効果は大した事はないという判断になるのかも知れない。しかし、仮に毒を無効化できたところで、袋の鼠であることに変わりはない気がするが……。


「はい、これでクリア……ですかね」


 俺がアケーディアが不利なのは変わらないだろうと、考えていると。いつぞやの堕天使と同じように、アッサリとベルゼブブの戒めを解いては、自由を奪還してみせるアケーディア。……あれ? もしかして、ノクエルが簡単に拘束魔法を振り払っていたのって、こいつ由来の能力だったりするのか?


「おんや? ……あぁ、なるへそ。出来損ないでも、一応は真祖の特殊能力は持たされているんだね」

「いちいち、癇に障る方ですね、あなたも。まぁ、いいでしょう。僕は“どんなものからも逃げ出す”特殊能力を持たされています。それは別に、こうした魔法による戒めだけではありませんよ? ……僕はありとあらゆる不都合から“強く思い込む”ことによって、次のステップへ脱却することができるのですよ」


 うん? それって要するに……逃げているだけって事だよな? アケーディアは次のステップ、っていかにも前向きな感じで説明してくれるけれど。……現実逃避とどこが違うんだろうか?


「……憂鬱の真祖、か。ふぅ〜ん……なるほど、ねぇ。いかにも陰湿なダディが考えそうなチカラだよねぇ。……逃げるだけじゃ、何も解決しないのにね」

「何とでも、言えばいいでしょう。これは機会を窺うための、勝利への退路に過ぎません。……さて、と。ロジェに、タールカ! 何をグズグズしているのです! 行きますよ!」

「いや、ちょっと待てよ! もうこれ以上はこの子達を巻き込むなって!」

「う、うん……ハインリヒ様。僕達、ハーヴェンの知り合いにお願いして、ちゃんとした竜族になるつもりなんだ。だから……」

「……それがどうしたと言うのです? まさか……自分に刻まれている烙印の存在を忘れたとは、言わせませんよ」


 刻まれている、烙印? なんだ、それ……?


「あぁ、そういう事。……エンブレムフォースの“隷属”効果を使ったのか。はぁぁぁ……だとしたら、ハーヴェン。この子達は多分、もう竜族になる事はできないよ」

「えっ? ベルゼブブ、どうしてそうなるんだよ? だって、この子達は竜族のデミエレメントじゃないのか? だったら……」

「表向きはそうだったとしても……紋章を刻まれた奴は、どんな事があっても紋章の主である真祖に自由を全て差し出さなければならないんだ。……きっと、こいつは非公認の真祖であるのをいい事に、種族に関係なく配下を量産してきたんだろう。見境がないのも、ここまでくるとみっともないったら、ないよねぇ〜?」

「最後までお口が減らないですね、暴食の真祖というのは。きっといつも、その下品な口元で見境なく暴飲暴食に勤しんでいるのでしょうね? 悪魔に食事は必要ないはずですよ? 本当……真祖たる悪魔が聞いて呆れますね?」


 最後までアケーディアを挑発することに余念がないベルゼブブと、殊勝にも嫌味を切り返してくるアケーディア。そんなやり取りを横目に、強制的に鎖を引っ張られたロジェとタールカが観念したようにトボトボと親の真祖に従う。


「だから、ちょっと待てって! どうでもいいけど、ロジェとタールカは残して行けよ!」

「イヤですね。これでも彼らは試作品の中でも、優良品なのです。みすみす手放すなんて、馬鹿な真似はしませんよ」

「そういう扱いがムカつくって、言ってんだろうが! こうなったら……! 宵の淀みより生まれし深淵を汝らの身に纏わせん、時空を隔絶せよ! エンドサークル!」

「ですから、無駄ですよ。僕が力を授けてあげた相手には一律、拘束魔法強制解除の能力を付与してあります。それでなくても、ロジェは魔獣界で失態を晒してきましたからね。どんな状況に陥ろうとも……きちんと逃げ出してもらえなくては、困るんですよ。……さ、何をしているのです。行きますよ」

「は、はい……」


 不気味な言葉を吐きながら、不気味な嘲笑を残しながら。最後にバビロンにも一瞥すると、フンと鼻を鳴らしてポインテッドポータルで去っていくアケーディア達。彼らの行き先は分からないけれど。でも……ロジェとタールカの身の上に降りかかる災難は間違いなく、生易しいものではないだろうと想像して。……彼らの身の上を案じる遣る瀬なさと、彼らを助けてやれなかった情けなさとで、胸が苦しい。……やっぱり俺はどこまでも、役立たずのエセ勇者でしかないみたいだ。

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