3−8 私に嘘が通用するとでも?
拷問は得意中の得意……。胸を張りながら、さも当然と言い放つリヴィエル。そして、そんなリヴィエルの特技に対して、驚きもしないルシエルさんとマディエルさんだけど。
彼女の特技に怯えているの、俺だけ? まさか……俺だけなのか⁉︎
「そうですね、手始めに……各指の爪を引き抜くところから、始めましょうか? それでダメなら、指を1本ずつ落とし、歯を全部へし折って、目を潰します。それでもって、最終手段は急所を外しての千本刺しフルコースと参りましょう」
俺が怯えているのを誰1人気付いて下さらないまま、リヴィエルが淡々とフルコースのご案内をしておりますが……怖い、怖すぎる! 天使、マジ怖い! コース内容を聞くだけで、かなりヤバイんだけど⁉︎ おまけに、丁寧な口調がものすごく怖い!
「さ、覚悟はいいですか? それでは、まずは左足の小指から……」
そう言いつつ……リヴィエルは手慣れた様子で、男の靴を脱がせて、鉗子を爪の間に滑らせる。
「や、やめろ! 知ってることは、何でも話すから! お願いだから、やめてくれ!」
「なんだ、歯ごたえのない。それじゃぁ、私の質問にゆっくり答えてください。マディエル様、記録の準備をお願いします」
「はい〜。了解ですよ〜」
なんだろう……この絶妙な連携プレー。受け持ちが違う天使って……仲が悪かったんじゃなかったっけ?
「まず、この仕事で集めた魔力保持者をどうするのですか?」
「……ラボに送ります」
「ラボとは?」
「精霊を作るための研究機関です……」
精霊を作るための研究機関。あの時司祭が言っていた「研究機関」というのは……多分、このラボとやらのことだったんだな。
「あなた達はなぜ、ラボに助力するのです?」
「世界を救うためです……あ、ギャぁぁぁぁぁ!」
彼の答えに満足しなかったらしい。見れば、リヴィエルの手に握られた鉗子がものの見事に、生爪を1枚剥いでいる。その上でさも穢らわしいと……鉗子を一振りして剥いた爪を放り出し、更に詰問するリヴィエル。って……本当にアッサリ、爪1枚持っていったし……。
「正直に答えなさい。私に嘘が通用するとでも?」
「あ、ああ、ぁ」
「さっさとなさい。……もう1枚、行きますよ?」
「あ、待って、待ってください! ラボでは魔力反応がある人を……1人当たり、金貨3枚で買い取ってもらえるのです! だから今、戦争の準備で金が必要なローヴェルズは金策のために……」
あぁ、なるほど。仕事を斡旋する裏で……高値で取引できる魔力保持者を捌いていた、と。
「では、ラボというのはどこにあるのですか?」
「知りません……少なくとも、私の階級の者は教えられていません」
「……嘘ではないようですね。では、質問を変えます。先ほどのあの水ですが、ハーヴェン様の見立てでは特殊な水溶液のようですが。あちらの出所を教えてください」
何だろう……リヴィエルには、嘘発見器でも搭載されているんだろうか。その様子に、どっかの誰かさんの触覚を思い出したものだから……別の意味で、気味の悪さが加速し始めたんだけど。
「あの水も……ラボから運ばれてきます。精製方法は分かりません……う、うギャぁぁぁ!」
「私に嘘は通じないと、申しているでしょう! 正直に答えないと、今度は指を根元から落としますよ?」
「ア……ヒィ、あの水は地下大聖堂から汲み上げた……ハールの聖水に魔禍の上澄みを混ぜたものです……」
「魔禍の上澄みとはなんですか?」
「分かりません。それは……それこそ、ラボから届けられるので……」
「フゥン? 嘘……じゃなさそうですね。ではハールの聖水とは、なんでしょうか?」
さっきから的確に嘘を見抜きながら、話を進めるリヴィエル。彼女の手元を見やれば……足首に手をやり、男の脈の速さを感じ取っているらしい。……そういうことか。リヴィエルのは嘘発見器じゃなく……経験の為せる技だったんだな。拷問は得意中の得意、か。あまりの手際の鮮やかさに、そのお言葉が真実味を増してきて……いよいよ、逃げ出してしまいたい。
「英雄・ハールが残した髪の毛から……抽出された魔力を使って、清められた聖水です」
「……英雄・ハール? そう言えば、受付でもそんな話がありましたね?」
俺の髪の毛……あぁ、あの時ノクエルに掴まれて切り落としたアレか。見れば、男の方は2枚の爪を剥かれてだいぶ消耗しているし、小休憩がてら話をしてやるか。
「ハール・ローヴェンはここローヴェルズでは、ちょっとした有名人でな。霊樹がなくなった後も生まれつき魔力を持っていただけではなく、魔法を使うことができた稀代の異端審問官だった男だ」
「……ハーヴェン。それ以上の話をしても、大丈夫なのか?」
「あぁ、大丈夫だよ。……でな。男は神様の伝説に習って、後ろから助けを求める人達が掴めるように、髪の毛を長く伸ばして後ろで三つ編みにしていたんだ」
「……ハーヴェン様、随分とお詳しいですね?」
何も知らないらしい、リヴィエルが怪訝そうに俺を見つめてくるが……意外と、天使は人間界の一般通念や教会の内情に疎いらしい。人間界を監視しているという割には、彼らの所業をあまりに知らな過ぎる気がするが。……まぁ、それはここで気にしても仕方ない。
「うん……これでも、元人間だからな。でな、その異端審問官は教会がやってた事に嫌気がさしててな……それでなくとも、常々異端者狩りに疑問を持っていた。でもな、当時魔法を使える奴は貴重な存在で。教会としては、彼の存在価値を手放したくなかったんだ。それでなくとも彼は水属性の魔法を使いこなし、手から放出された水は聖水として高値で取引されていて。だから教会は自分達に刃向かった挙句に、悪魔になり果てたそいつの存在を、英雄として残す事にしたんだ。……英雄印の聖水は、当時の教会にとって貴重な財源でもあったからな」
「英雄が悪魔に……ですか?」
「そう。最後は……自分を殺そうとした天使に髪を引っ張られて、踠いてな。自分の髪を切り落としたのさ。それでも、守りたいものを守れなくて、神様に絶望して悪魔になった。多分、そいつの言っている髪の毛はその時のものだろう。そっか……まだ残ってたんだな」
「……ハーヴェン様。その英雄と悪魔って、まさか……?」
「あ、それ以上は言わなくていいぞ。ま、そういう事だ。ハールの髪が残ってるんなら、そいつの言っていることは嘘じゃないだろう。髪の毛っていうのは、特に魔力が宿る部分でもあるからな。……そろそろ、いいんじゃないか? とりあえず、ラボってのが別の場所にあることは分かったんだし、カラーの色からしても……そいつは一般僧階級だろうから。……あんまりいじめても、可哀想だと思うぞ?」
「そう、ですね。ルシエル様、いかがいたしますか?」
「あぁ。とりあえず、こいつは解放してもいいか。少なくとも、リンドヘイム聖教が裏でとんでもないことをしていることは分かったし……ラボとやらの場所を突き止めるには、こいつを締め上げてもラチがあかないだろう。ところで、リヴィエルは記憶操作の魔法は使えるか?」
「もちろんです。粛清がない限りは、天使の拷問は後を濁さずが基本です。記憶の書き換えは拷問とセットなので」
拷問と記憶の書き換えがセットって、どういう理屈なんだろう……。しかし、そこに疑問を抱くのも俺だけらしい。3名様はまたも俺を置き去りにしながら、さも常識だと話を進めている。
「そうか。じゃぁ、良しなに書き換えをお願いできるか?」
「かしこまりました。お任せください……禍根を消し、罪を消し、汝の魂を浄化せん。その災禍を忘却の彼方へ……ディルトメモリ‼︎」
リヴィエルの魔法が展開されたと同時に、光の輪が男の頭を包む。その様子はまるで……。まるで……?
「……ハゲ頭が無駄に光っているようにしか見えないんだが……」
「それは言ってやるなよ」
そんなやりとりをしている俺達を尻目に、今度はリヴィエルが記憶の書き換え内容を呟いているが……内容に耳を傾けていると、次第にツッコミどころしかない気がして、またも1人で焦る、俺。それ……大丈夫なやつ、なのか?
「……あなたは可憐な少女3人に対し欲情し、押し倒そうとしたところを……少しその場を外していた、従者にコテンパンに伸されました。その際に足を思い切り踏まれたために、爪が剥けてしまい……そして、労働力であった彼らは怒って出て行ってしまいました……」
なんだ、その筋書きは⁉︎ 可憐な少女達(?)を押し倒す⁉︎ それって……そいつを強姦魔(未遂)に仕立て上げるってこと⁇ 結果的に禍根も罪も消せてないし、浄化どころか……そいつの状況、悪くなってるじゃん‼︎ 完全に冤罪だろ、それ‼︎ ガッツリ後、濁しまくってるじゃん‼︎
「フゥ……終わりましたよ? 全く、私達に毒を盛るなんて……身の程知らずもいいところですね」
「あぁ、全くだ」
天使を怒らせると、人間は一溜まりもないことがよーく分かったような気がする。……見れば、色々と消耗したであろう可哀想な被害者は、気を失っている。
「な、なぁ。とりあえず、無事だったんだし……本当、そのくらいで許してやれよ……。とにかく、もうちょい奥に進むか?」
「そうだな。折角だし、もう少し様子を探ってもいいかもしれない。……前回に潜入した、あの地下室はどうなっているだろう?」
「……そうだな。確かに、まだ色々と隠されていそうだな。そういや、あの場所は中身こそ様変わりしてはいるけど……ハールが最期の時を迎えた場所でもあるし。何か、手がかりが見つかるかも」
何気なく俺が答えた言葉に、今度はルシエルが妙に申し訳なさそうな顔をしている。あ、もしかして……俺の心情を気にしてくれているのか、この様子は。
「あ、すまない。まさか、あの場所で……」
「いや、いいんだ。俺自身は色々と吹っ切れているというか。今は俺のことより、お前の仕事を優先しようぜ」
「……ありがとう、ハーヴェン」
「おぅ」
天使様方の恐ろしさを再認識しつつも……可愛い嫁さんの配慮も受け取って、お仕事内容を思い起こす。次に目指すは、あの真っ白な部屋。何か、新しい情報が見つかればいいのだけど。