18−5 悪魔としては正攻法
透き通った銀髪に、透き通った白い肌。誰かさんとソックリなお顔に、深い紫の瞳。出立ちこそリンドヘイム聖教の白ローブを着込んでいるが。あまりに既視感のある顔立ちに、強欲の真祖様って双子だったっけ? ……と、勘繰ってしまう。そして、彼の面影から1つの実情を予想してみるものの。こいつは、もしかして……いつかに強欲の真祖様が言っていた「馬鹿か阿呆」な方なんだろうか?
「それはそうと……お前も悪魔だったりするのか?」
「えっ? ハーヴェン……それ、どういう事?」
いかにも悪魔らしい笑顔に、これまた既視感を感じては目の前の相手の素性を探ってみるものの。背中越しに震えながらも、ロジェが俺の推察があまりに意外だとばかりに質問してくる。
「ほれ、ここに来る前にちょっと話してやったろ? 怪盗紳士の元ネタさんの話。こちらのハインリヒ様のお顔がその元ネタ……マモンと瓜二つなもんだから」
「そう言えば、以前にも誰かさんにマモンと間違えられましたっけね。本当に忌々しい。どうして僕が温室育ちの苦労知らずと一緒にされなければならないんでしょう」
そうしてさも憎たらしいと鼻を鳴らすついでに、グイグイと発動中の拘束魔法を八つ当たり紛れに締め上げるハインリヒ。しかし……うん? 温室育ちの苦労知らず……って、それこそマモンのことを言っているのか?
「いや、それは盛大に誤解していると思うけど……。あれで、マモンは相当に真面目で努力家だぞ。普段から魔法と剣術の鍛錬も欠かしていないみたいだし、何だかんだで配下に振り回されっぱなしだし。しかも……ルシファーに負けた後の1000年くらいは、魔界でも爪弾きにされて相当に惨めな思いもしていたみたいだし」
「はっ……?」
俺の答えが意外だったのか、間抜けな声を上げると同時に、拘束魔法の戒めを緩めるハインリヒ。そうされて、エドワルドらしき赤黒い怪物がここぞとばかりに突進しようとするが……。
「……!」
何やら、相当ガタがきているらしい。立ち上がった側から不気味な音を響かせては、彼の足がボキッと折れる。しかし……当のエドワルドは痛みは感じていないのか、それとも修復機能にモノを言わせるつもりなのか。出鱈目な方向で折れた足を事もなげに再構築していくけど。……これじゃ確かに、自分でまともに歩けないと言われちまうのも無理はないのかも知れない。
「おっと……僕としたことが、油断しました。あぁ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。さっきも言ったでしょ? 僕がきちんとあなたを完成させてあげます……と。その前に、ほらほら、折角ですから弟さんと最後のお話をしてみたらどうです。その様子ですと……また、痛みを感じなくなっているのでしょうし、もう少しで神様に戻れそうですね?」
「い、いやだ……私は、元に戻るんだ。そして、タールカと……」
「兄上、しっかり! 僕はここにいるから……! 今すぐ、そっちに行くよ!」
「タールカ……! こっちに、来ちゃ……」
きっと、弟の声がしっかりと届いたのだろう。神様とやらに戻るのを拒絶したエドワルドが、腐りかかった体を引き摺りながらもタールカの声がする方へ顔らしき部分を向ける。だけど、彼のどこか拒絶するかのようなジェスチャーに……一抹の不安を感じずにはいられない。エドワルドの目はもう、きっと見えていない。しかも、この臭いだ。体の機能自体も相当に衰えていると見ていいだろう。だとすると……。
「……何がそんなに面白いんだよ」
「おや、これのどこに面白くない理由があるのですか? だって、こんなに必死なのに……ハール様が元の姿に戻ることは絶対にありませんもの。今の彼の肉体を支えているのは、普通の食事ではありませんよ。ハール様は神様に相応しく、他人の命を啜ることでしかその魔力を維持できません。だから……」
「……⁉︎」
こいつの言う「面白いこと」とはそういう意味か……! エドワルドの首を振るジェスチャーは神様になることを拒絶したものではなく、タールカが側に寄る事を拒絶したものだったんだ。……チィッ! 本当に、教会の皆さんは趣味が良すぎて反吐が出る!
「フシュルルル……グルルルァッ!」
「あっ、兄上……?」
「宵の淀みより生まれし深淵を汝らの身に纏わせん! 時空を隔絶せよ……エンドサークルッ‼︎」
有り余る勢いに、アクアバインド程度では抑えることはできないだろうと咄嗟に判断して、勢いでエドワルドを強制的に閉じ込めてみたが……。見れば、エドワルドの牙は既のところで出現した壁で食い止められ、その刹那のショックでヘナヘナとタールカが尻餅をつく。だけど、いくら感情の整理が追いついていないとは言え、涙はしっかりと出るらしい。言葉はなくても、目の前で兄貴が化け物に成り果てたことにボロボロとタールカが泣き始めた。
「おや……残念ですね。折角、面白いものが見られると思っていたのに」
「……けんな」
「えっ? なんて仰ったのですか? 元勇者様。お声が小さくて、聞こえませんけど」
「ふ……」
「ふ?」
「ふっざけんなよ、この出来損ないの偽真祖が……!」
「で、出来損ないですって⁉︎ この僕が⁉︎」
「あぁ、そうだよ。だって、お前……きっと、リルグでエンブレムフォースを使った奴だよな? 人間界でエンブレムフォースを使うのは馬鹿か阿呆の出来損ないだって、魔界じゃ言われるのが常識なのを知らないのか? ハッ。エンブレムフォースのまともな使い方もできない偽真祖が、一丁前に振る舞ってるんじゃねぇよ」
勢いに任せて、魔界の常識を誇張しちまったけど。それでも、このくらいは言ってやってもバチは当たらないだろう。それに……俺としても、この状況で暴れないのは無理だ。であれば、相手の勘所と思われる部分を挑発して、判断力を鈍らせて……ちょっぴりアドバンテージを稼ぐに限る。
「……あ、あり得ない……! 下級悪魔如きが……僕を出来損ない呼ばわりだなんて……!」
う〜ん……俺、一応これでも上級悪魔なんだけど……。まぁ、偽物だったとしても、真祖様にしてみればどんな相手も下級悪魔になるのか、この場合。
それはそうと……うんうん。勘所の見極めはビンゴ、ってところだな。ハインリヒとやらの戦闘スタイルがどんなタイプなのかは、知らないが。少なくとも冷静な判断を曇らせることは、魔法部分で有利に働くだろう。魔法戦は平たく言えば、一種の頭脳戦だ。嘘をついて相手を出し抜くのも……悪魔としては正攻法なんだから、使わない手はないな。




