18−2 状況を飲み込むのにも疲れたわ
「……ねぇ、コンタロー」
「あい? 何でヤンすか、ティデル」
「……ハーヴェンって、毎朝あんな感じなの?」
「う〜んと……お頭はいつもご機嫌ですけど、今朝は特にご機嫌みたいでヤンす。あふふ。きっと、姐さんとラブラブできたからでヤンすかね」
「ラブラブ、ねぇ……」
とりあえずお茶でも貰おうかなと、リビングに来てみれば。とってもご機嫌な感じで鼻歌を鳴らしながら、ハーヴェンがキッチンで料理をしているけど。そうして、向こうもこっちに気づいたんだろう。鼻歌をストップさせては、お茶じゃなくて朝食をいかがと声をかけてくる。
「お? 今朝はコンタローとティデルが1番乗りか」
「あい! ティデルと一緒に、お風呂掃除も済ませてきたでヤンすよ」
「……えっ? なんだ、ティデルも手伝ってくれたのか?」
「コンタローが掃除してるのに、見てるだけとか……流石にそこまで恩知らずじゃないんだけど」
「おぉ、そうかそうか。それはご苦労様でした。それじゃぁ、頑張り屋さんにはきちんとお食事を提供しないとな。すぐに朝飯用意するから、ちょっと待ってて」
……こいつ、本当に悪魔なんだよね? 何だかんだで添い寝してくれちゃうコンタローもコンタローだけど。甲斐甲斐しく食事を運んでくるハーヴェンもハーヴェンだ。しかも……。
「……あの、さ。これ……何の冗談?」
目の前に並べられたのは、フワフワの卵が挟まれているマフィンに、トロッとした感じの赤いスープ。さり気なくサラダと一緒に添えられているソーセージは3本とも種類が違うのか……1本はハーブ風味っぽい見た目をしている。朝食のクセに随分と凝っているなんて、思っちゃうけど。……こんなにきちんとした朝食にお目にかかるの、いつ以来だろう。
「もしかして、嫌いなものでも混ざっていたか?」
「いや、そうじゃなくて。昨晩の夕食もだけど……居候の私にまで、どうしてここまで用意すんのよ。……ここはフツー、残り物とか、腐りかけとか……」
「うん? 意地悪をする理由がないからだけど。同じものを用意した方が手間もかからないし、意地悪するためだけに、そんな手の込んだことをする意味が分からない」
「あっ、そう……」
「あふふ。それにですね、ティデル。お頭の料理に残り物はあり得ないでヤンすよ? 何てったって……」
「アハハ、そうかもな。……残っているものがあったら、問答無用でルシエルが腹に収めるし……」
「そうなの……?」
いや、ちょっと待ってよ。ルシエルってそんなに食いしん坊だったの? と、いうか……天使のクセに食いしん坊とか、どういうこと⁉︎ 本当は食事、いらないでしょ、天使には!
「昨晩もデザートを多めに貰って嬉しそうでヤンしたね、姐さん」
「そうだな〜。ルシエルは特に甘い物には目がないからな。……ま、昨日の増量はお詫びも兼ねているんだけど」
なんて言いつつ、ルシエルの腹ぺこっぷりも笑い飛ばすハーヴェンだけど。そんな事をしているうちに、ケット・シー達と……ロジェとタールカもやってくる。……何だかんだで夕食を一緒に囲ったせいか、いきなり突っかかってくるみたいなことは無くなったけど。睨むような視線から、やっぱり向こうも私のことが嫌いなのは何となく、分かったりする。……ま、別にいいけど。どうせ私はどこに行ったって、嫌われ者だし。
「旦那ぁ〜、おはようさん!」
「おはようございます」
「おぅ、おはよう。お前達も朝飯、食うだろ? みんな一緒に済ませてくれると、助かる」
「えっと……僕達もいいのかな、これ。どうする、ロジェ」
「僕も朝食、欲しいかも。でも……僕達の分、あるんだろうか?」
「あるんじゃないんですかい? 悪魔の旦那はそんな意地悪、しませんぜ?」
「そう、なんだ……」
悪魔なのに意地悪しない認定されている時点で、どうかしていると思う。というか……どうして、こいつはみんなに優しくできるんだろう。……どうしたら、こんな風にみんなとうまくやっていけるようになるのかな……。
「あっ、そうそう。今日はロジェとタールカと一緒に出かけるから、みんなにはお留守番していて欲しいんだ。カーヴェラに出かけてもいい……って言いたいんだけど。実はな。今日、マモンがこっちにくる予定もあって。悪いんだけど、コンタロー」
「あぃ?」
「マモンが魔法道具を届けに来るから、それを預かっておいてくれない?」
「いいですよ? 次元袋に入れておけばいいんでヤンしょか?」
「うん、それで頼むよ。だから……必然的にお出かけもなしになっちまうんだけど」
「俺は別にいいですぜ?」
「えぇ。私も大丈夫です。それこそ……ふふ。こういう時は読書に勤しむに限りますね」
「あい! 今日は本を読むです!」
「本……?」
私が思わず首を傾げると、隣からご丁寧にコンタローが解説をしてくれる。それによると、モフモフ達が夢中になっている小説があるとかで、留守番の時は大人しくそれを読んで過ごしているらしい。へぇ……小説、ねぇ……。
「……だったら、私も混ぜてもらおうかな」
「えぇ、是非是非! どの小説も面白いですけど……私は特に薔薇の乙女シリーズがお気に入りです」
「おいらは怪盗紳士・グリードがお勧めヤンすね。あふふ。それこそ……」
「グリード様が来るとなれば、直接話を聞けるし。今から、楽しみだな」
「……グリード様……?」
……やってくるのはマモンであって、グリードって奴じゃない気がするんだけど……。こいつら、何か勘違いでもしているんだろうか?
「へぇ〜……怪盗紳士グリードかぁ……」
「タールカ、その小説を知ってるの?」
「うん、まぁ。屋敷に全巻揃ってて……それこそ夢中になって読んだよ、僕も。特に『怪盗紳士グリードと悲しみの聖母』が好きだったな」
「そっか……」
「だけど、そのグリードが来るって……どういう事なんだ?」
そうそう。私もそれ、とっても気になる。気になるポイントがタールカと同じだなんて、ちょっと悔しいけど。気になるものは気になるんだから、仕方ないわよね。
「あんまり、大っぴらにしたくないんだけど……グリードのモデルがマモンなもんだから。本人は否定しているけど、マモンはサービス精神も旺盛な奴でさ。たまにご奉仕精神を発揮させられて、怪盗紳士ゴッコをしてくれることもあるんだよ。だから、うちのモフモフズは小説含めて、ご本人様にも憧れてて……」
「ねぇ、ハーヴェン」
「うん?」
「マモンって、あのマモンよね?」
「そうだな。あのマモンだな」
「魔界の強欲の真祖、だったわよね? 確か最強の悪魔だとか、なんとか……」
「紛れもなく、最強の悪魔だな。今のあいつに勝てる悪魔はまず、いないだろうな」
「……その悪魔が、どうして怪盗紳士ゴッコ? をしているのよ……」
「う〜ん……それは、まぁ。何と言いますか。奥様のご意向と、お子様に懐かれちゃう体質のせい……かな?」
奥様って……リッテルのこと、だよね……きっと。下級天使のクセに、ワガママ放題だったあいつだよね、多分。それで……そのご意向で怪盗紳士ゴッコしているの? ……魔界最強の悪魔が? それ……あり得なくない? しかも、子供に懐かれるって……それこそ悪魔として、どうなのよ⁉︎ そうなったのもやっぱり、リッテルのせいなのかな。なんか、ムカつく。
「……いいなぁ……」
「は? ……タールカ、今……なんて?」
「僕もグリードに会ってみたい……」
私が内心で呆れていると同時に、ちょっとムカムカしていると。よっぽど、その小説にハマっていたのか……お向かいでタールカが、残念そうに俯いている。いや、今の話だとマモンはモデルなだけであって、結局はグリードって奴じゃないみたいだけど……。
「そか。タールカも会ってみたいか」
「うん……会ってみたい。もちろん、今はそんな事を言っている場合じゃないのも分かっているんだけど……」
「だったら……そうだな。こっちに一緒に帰ってくるか、今日も。折角だ。状況が許せば、ロジェとタールカもこっちで暮らせばいいだろ。……それに、その様子だと、2人は竜族になりかけているんだよな? だったら……うん。竜族のお偉いさんにも相談した方がいいかもしれないし」
この家に魔界のお偉いさんがやってくるのもビックリだけど。その上で竜族のお偉いさんとも知り合いなのか、この悪魔は。本物の竜族って、普通は滅多にお目にかかれない精霊だった気がするけど。まぁ、その辺はエルノア繋がりってことで判断すればいいのかな……。もう、色々と状況を飲み込むのにも疲れたわ。
「と、言うことで。俺はロジェとタールカと一緒に、向こうにお邪魔してくるから……留守を頼むな。あぁ、そうそう。おやつにカヌレを用意してあるから、適当に摘んでていいぞ」
「あい。任せるでヤンす!」
「こっちはゆっくりとさせていただきやすぜ」
そうしてなんとなく、その場の空気をまとめてくるハーヴェンだけど。……そのお留守番中にマモンが来るんだよね? 私も中途半端に顔見知りだから、なんだか気まずいなぁ……。また、チビブスとか言われそうだし。……その間は小説を読んでいるフリをして、誤魔化そうかな。