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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第18章】取り合うその手に花束を
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18−1 愛されているって、すんばらし〜!

「……この感覚はまさか……」

「お?」


 バードフィーダーの確認もそこそこに、嫁さんが起き抜けから物凄く渋いお顔をしている。もしかして、プランシーの魔力に異変でもあったのだろうか。昨晩までは一応、契約の糸は切れていないって事だったけど……。


「すまない、ハーヴェン。……どうやら、ゲルニカからお呼びがかかったみたいだ。多分、エルノアに魔力を補給してやらないといけない状況になったのだろう」

「エルノアに魔力の補給……あぁ、そんな話も出てたな。脱皮のスピードがあまりに早いもんだから、魔力不足になるかも……だったっけ?」


 ピキちゃんという抑止力が放出されたことにより、今まで先延ばしになっていたエルノアの脱皮が突然始まったと、何となく聞いてもいたけど。何でも、魔力生成よりも先に鱗が落ち切っちまうと、竜族としては結構危うい状態になるらしい。だから、ゲルニカから魔力補給の経路になってほしいと、ルシエルにはあらかじめお願いがあったそうだ。


「そか。だったら……」

「うん、すぐに行ってやった方がよさそうだ。……本当はコンラッドの居場所を神界で確認するつもりだったのだけど。今はエルノアを優先した方がいい気がする。でも、ハーヴェン……」

「あぁ、大丈夫さ。俺だけでいいんだったら、強制的に帰ってこれるし。……この前みたいな事にはならないよ」


 前回はそれこそ、エルノアを救出するっていう別枠のミッションがあったからな。俺が今の状態であれば、ポインテッドポータルで緊急脱出もワケないだろうし。それなのに……もぅ〜、朝から何をそんなに不安そうな顔をしてくれちゃてるの。ルシエルさんは相変わらず、寂しがり屋さんなんだからぁ。


「……ハーヴェン、何をそんなに嬉しそうにしているんだ?」

「うん? いや、俺って幸せ者だなぁって、再認識してただけさ。こんなにも可愛い嫁さんに心配されちゃうなんて、旦那冥利に尽きるな、ホント。ふっふっふ……愛されているって、すんばらし〜!」

「べっ、別に、心配なんかしていない! とにかく、私は出かけてくる! きょっ、今日の夕食もデザート用意してくれないと……許さないんだからな!」

「へいへい。もちろん、しっかりご準備してきおきますって。だから、ほっぺを元に戻してくれよ〜」


 そうしてルシエルの膨らんだほっぺをフニフニと摘んでは、ご機嫌になーれー……とおまじないしてみると。とっても可愛い感じで赤くなっては「バカ」なんて詰られちゃって、これまた旦那様としては堪らないんだな。うんうん、旦那様は朝からとってもご機嫌だぞ。お陰様で、今日もたくさん頑張れそうです。


***

「突然呼び出してしまって申し訳ございません、ルシエル様」

「いいえ、お気になさらず。……それで、エルノアの状態は?」


 合図された理由が分かり切ってもいたので、すぐさまゲルニカを呼び出しては彼の屋敷にやってきたものの。彼の焦燥し切った表情を見る限り、エルノアの状態はあまりよくないようだ。急激な脱皮が始まったせいで魔力も上手く生成できておらず、このままではエルノアは魔力不足で死んでしまうという事らしい。


「……そう、でしたか……やはり、私がいたせいでエルノアには相当の負荷をかけていたようですね……」

「いいえ。そのような事は決してないと思いますよ、女神様。……あなたがエルノアに宿っていたのは、そもそもあの子が生き延びるためでもあったのです。女神様のご助力がなければ、エルノアは既に亡き者となっていた事でしょう」


 大切な相棒の一大事と聞いて、やや強引に付いてきたピキ様だったが。そのピキ様が私の肩の上であからさまに項垂れている。そんなピキ様をゲルニカが柔らかく慰めるものの、ゲルニカの緊張した面差しが戻らないのを見ても、エルノアは相当に危ない状態なのだろう。


「……さて……と。ルシエル様。ここがエルノアが伏せている部屋になりますが……テュカチア。悪いのだけど、お茶の準備を」

「えぇ、かしこまりました。……ブライトメイデンのお茶を準備して参ります。すぐにでもお持ちしますわ」


 真剣な表情の夫に言われ、いつもながらに従順な様子でテュカチアが下がっていくが……。こんな時にお茶の準備、なのか? いくら何でも、呑気すぎる気がするのだが。


「あの、ゲルニカ様。ここはお茶を飲んでいる場合ではないかと……」

「あぁ、説明不足で申し訳ありません。テュカチアにお願いしたのは所謂、薬用茶でして。……ドラグニール原産の落とし子の1つ、ヤマブキノコウイから作られるブライトメイデンのお茶には高い魔力回復効果が見込めるだけではなく、精神安定の効能も多少なりともあります。……エルノアの気付薬として、準備しておこうかと思いまして」


 竜族は魔力補填のためにお茶だけは飲む習慣があると、聞いてはいたが。まさか、薬としてもお茶を利用しているなんて、思いもしなかった。とは言え……それはある意味で、理に適っていると唸ってしまう。

 傷や病気を治す魔法はあっても、心を治す魔法はない。心が不安定になっても綺麗さっぱりスッキリなんて、都合のいい魔法は絶対にないのだ。現に回復魔法に長けているはずの天使だって、不安でボロボロに泣く事もあれば、悲嘆で膝を抱える事もある。そして、私の場合は……。


(ハーヴェンと一緒にお茶をしながら、話を聞いてもらっている時が1番落ち着く気がする……)


 ……そうか。そういう事なんだな。心が不安定になった時に、誰かとお喋りするのはとっても効果的なんだ。そして、頼れる相手がいることは幸せな事だろうし、こうして頼りにされるのは誇らしい事に違いない。


「ルシエル様……こちらへお願いいたします」

「はい。えぇと……エルノア、大丈夫かな? エルノア……?」

「ルシエル、返事がないぞ? エルノアは大丈夫なのか……?」


 私がひっそりと、ちょっとした決意と矜持とを拾い直していると。ゲルニカが招き入れてくれたのはフカフカの絨毯が敷き詰められた、空間全体が寝床みたいな広間だった。そんな天井も高い広間の中央に、丸くなって苦しげに息をしている銀竜が横たわっているのが、いよいよ目に入る。魔力の状況は一応、安定しているようにも思えたのだが……実際の様子を見れば、エルノアが重篤なのは目にも明らかだ。


「今のエルノアは返事をする余裕もない状態なのです……。このような不躾な格好でのご対面になり、本当に申し訳ございません……」

「私相手にそんな事を気にされる必要はありませんよ、ゲルニカ様。とにかく、今は魔力の補充が最優先です。エルノアの魔力の捕捉はできていますし……この状態であれば、まだ手遅れではないかと」

「そう、ですか……あぁ、良かったです……! 今朝からエルノアの呼吸が格段に浅くなったものですから……本当にもう、どうなることかと……!」


 竜族最強の竜神様とて、どこまでも1人の父親であることに変わりはない。きっと、彼も死ぬほどエルノアを心配していたのだろう。私がちょっとした安心材料を示すと、感極まったとばかりにゲルニカが嬉し涙を目頭に溜めては、ゴシゴシと拭っている。


「魔力の波長は安定しているようですが、確かに普段のエルノアの魔力量からすると、かなり擦り減っているようです。この場で相当量の補充をしておいた方がいいかと。……ゲルニカ様、ご助力をお願いしても?」

「もちろんです。私の魔力を存分にお使い下さい、ルシエル様」

「承知しました。では……我が名において命じます。全てを闇と染める翼と、全てを浄化する蒼き炎の咆哮を持って我に応えよ……バハムート・ゲルニカ!」

「その命、謹んでお受けいたします、マスター・ルシエル。そして……エルノアをお願いいたします……!」

「無論です。少し長丁場になりそうですが……力を合わせて、エルノアを必ず助けますよ!」


 やや強引な方法ではあるものの、今は手段を選んでいる暇もない。そうしてエルノアの祝詞を解放し、彼女の魔力の器を探し出す。次に自分の魔力に合わせて、ゲルニカの魔力の流れも手繰り寄せ、彼女の器へ少しずつ馴染ませる。……かなり地道な作業になるが、ただただ時間がかかるだけで済むのなら、どんなに長くとも構わない。エルノアは契約している精霊である以前に、大切な仲間だもの。彼女を助けるためだったら、できる事は何でもしてやりたい。

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