17−52 モフは世界を救う
何だか、妙な事になっちまったが。とにかく今は避難と状況整理をしようと、孤児院に戻るものの。……あぁっ、そう言えば。ロジェとティデルは顔馴染み(しかも、あまりよろしくない状況の)だったっけ。しかも、タールカもティデルをよく知っていると見えて、ご対面早々にデンジャラスな感じで食ってかかっているんだけど……。
「……へぇ〜、ティデルの姉ちゃんも生きていたんだ。しかも、何? 今は孤児院で暮らしてるの?」
「別にそういう訳じゃないし。……ま、こっちも色々とあったのよ。結局、私も利用される側だった……ってだけのハナシ」
「ふ〜ん、そうなんだ? あぁ、言っておくけど。僕達の方はまだ不用品とは言われていないよ。ハーヴェンにちょっとした用事があって、やってきただけだし」
「あっそ。……そんなこと、別にどうでもいいし」
ティデルの方は何かを諦めているのか、それとも場所を考えてくれているのか。あまり状況を荒げるつもりもないらしく、意外と冷静にタールカに応じているものの。……でも、あっ。これは相当に我慢している気がするな。ティデルの腕の中のコンタローが締め上げられて苦しそうにしている時点で、とばっちりはモフがしっかりと受け止めているっぽい。……コンタロー、悪い。レスキュー方法もすぐに考えるから、今はちょっと耐えてくれ。
「とにかく、だ。プランシー院長なんだけど……ちょいと、用事を思い出したみたいでな。……向こう側に出かけて行っちまった」
「向こう側……ですか?」
「そう、向こう側。悪いんだけど、その辺を改めて相談したいのと……あ、後な。勢いで嫁さんと俺の正体もバレちまったんだ。でも、意外と街の皆さんが好意的に受け取ってくれたもんで。……問題ないどころか、この際だからアーニャやそちらさんも多少は羽を伸ばした方が好都合かも知れない」
「そ、そうなの……? って事は……あんた、まさか街中であっちの姿になったの⁉︎」
「うん、成り行きでそうなった。ハハ……ついでに、俺がハール・ローヴェンだったってことも公表しちまったんだ」
「ハール・ローヴェン……」
「もしかして、あの勇者様⁉︎」
「勇者、勇者!」
「はーい、ちびっ子達。俺が勇者だった悪魔ですよ〜。悪魔の肉球プニプニはいかが?」
「ゆーしゃにあくま! あくま、プニプニ!」
うんうん。子供は素直なのがとってもよろしいようで……って、いや。この場合、素直なのは逆に考えものな気がするぞ。ま、まぁ……これ以上は俺が心配しても仕方ないことかも知れないし……もう、いいや。この際だから、潔く腹を括ってしまおう。
そうして、俺が衝撃の事実を口走ったのにも関わらず……そのカミングアウトで標準的に驚くのは、呆れたことにアーニャだけらしい。ネッドもザフィも「ワォ」ってな感じで、驚きよりも好奇心の方が勝る表情をした後、何故かニコニコしている。……なるほど。今の天使様達は本当に「悪魔イコール悪者」という概念を綺麗バッサリ捨て去ってくれているみたいだな……。それはそれで、とっても喜ばしい事なんだろうけど。そこまで手放しで迎合されると却って不安なんだな、当の悪魔さん的には。
そんなこんなで、天使様のご公認も無事に頂いて。仕方なしに子供達にもサービスをしようと、悪魔の方に……って、ちょい待ち。ここじゃ無理だ。俺が向こう側に戻るには、あまりに天井が低すぎる。
「あぁ、悪いな。食堂だと狭くて、悪魔さんは本領を発揮できないみたいだ。悪魔と握手! ……はまた今度」
「えぇ〜⁉︎」
「悪魔、見てみたかったのに!」
う〜ん、参ったな。悪魔さんの本性は意外と大きいんだな。ここで変身すると、天井を突き破っちゃうんだな。こういう時は……レスキューついでに、とっても気が利くコンタローに対応してもらおう。
「コンタロー、ちょっといい?」
「あ、あひ……大丈夫でヤンす。ティデル、お頭が呼んでるです。もうそろそろ、離しておくれでヤンす……」
「チッ。仕方ないわね。いいわよ、別に。そろそろコンタローはモフ飽きたし。次は……ダウジャ、あんたにするわ」
「えっ? お、俺ですかい……?」
モフ飽きるって、何だ……? ティデルはもう立派なモフ中毒者になりつつあるみたいだが……。とは言え、モフは依存症になっても実害はほぼほぼないし、放置しても問題ないか。
そんな風に一方的な宣言をしては、今度はダウジャを抱き上げる(いや、締め上げるが正しいな……)ティデルだけど。こういうある意味で平和な光景を目の当たりにすると、冗談抜きでモフは世界を救う気がするな。
「と、まぁ……とにかく。一応、紹介しておくとな。このコンタローも実は悪魔なんだぞ〜。ほれ、モフとプニプニは健在だから、みんなでいい子いい子してやってくれ」
「あぃ! おいら、これでも立派な悪魔でヤンすよ。でも、悪い事はしないから、安心して欲しいです。みんなに悪魔的なモフと癒しを提供するです!」
「コンタロー、悪魔だったの?」
「犬にしか、見えな〜い」
「あふっ⁉︎ おいら、犬じゃないでヤンすぅ! きちんと悪魔ですよ!」
……きちんと悪魔って、それこそどういう意味だろうな。と言うか、それは胸を張っていい内容じゃない気がするが。
子犬悪魔の妙ちくりんな宣言と弁明に、これまた瞳を輝かせてコンタローの周りに集まる子供達。既に顔見知りでもあるだろうに、素直にコンタローを悪魔扱いしては、嬉しそうな歓声を上げ始める。
(子供達のお相手はコンタロー達に任せればいいか。まず最初はタールカの話を聞いてやった方が良さそうだな)
ようやくその場を離れられそうだと、大人しく状況を見守っていた嫁さんと目配せして。ロジェとタールカを連れて、別の部屋に移動するものの……。さっきの涙の意味を想像すると、俺の方は残り少ないはずの胃が既に痛い。きっと相談内容はよからぬものだろうし、何よりプランシーも心配だし。あぁ……悪魔のお兄さん、人気者すぎて困っちゃうんだな。忙しすぎるにも程があるだろ、これは。




