17−51 カーヴェラで悪魔と握手!
プランシーがどこかに攫われてしまった。うん、これは緊急事態レベルで大問題だ。そんでもって、勇者イコール悪魔という事実も勢いでバレてしまった。うん、こいつも後々のことを考えれば相当に問題だろう。だけど、それ以上に……。
「て、天使様! こちらの悪魔様がその……勇者・ハールだというのは本当なのですね!」
「その通り! 彼こそが、ハール・ローヴェン! 今では、天使公認の悪魔勇者であり、私の旦那様なのだ!」
「す、凄い……! 本物は迫力が違うなぁ!」
「あっ、良ければ握手をお願いします、悪魔勇者様!」
「う、うん……それは構わないけど……(悪魔勇者って、何者だ……?)」
「うわぁ……悪魔勇者様の手って、大きい上に肉球プニプニなんですね……!」
「そ、そうだな……(こんな所でも肉球が役に立つなんてな……)」
最大の問題。それは予想斜め上をぶっ飛ばして、街の皆さんが意外にも悪魔を好意的に受け入れてくれちゃった事。流石、大天使様の威光は威力もずば抜けているらしい。なぜか得意げに胸を張るルシエルのあまりに神々しいお姿とお言葉に、人間の皆さんはまぁまぁ、都合がいい方に状況を解釈しては……突如、意味不明な握手会が展開され始めているんだけど。カーヴェラで悪魔と握手! ……あっ、字面だけでも危険な香りがプンプンするぞ? この現実に違和感を感じているの、もしかして俺だけ? 俺だけ……なのか?
「いいか、皆の者! この通り、ハーヴェン……いや、ハール・ローヴェンだった悪魔は本当はとっても優しく、中身は善良な勇者のままなのだ! いずれ私の公認の下、真実を描いた書籍を発行する予定だから、その時は心して読むように!」
「おぉ〜!」
「今からとても楽しみです、天使様!」
……ルシエル、今日は本当にどうしたんだ……? いつもはこんなに軽はずみな事、しないよな? どうして、今日に限ってそんな勝手なことを言っちゃうのかな?
(そこでドヤァ……って顔をされてもな……)
というか、こんなことをしている場合じゃなくてだな。今はプランシーの行方を追う方が先だと思うんだけど。
「なぁ、ルシエル」
「なんだ?」
「その……プランシーの行方、追えそうか?」
「……いいや。魔力の状態が非常に不安定になっているみたいで、彼の魔力を追えなくなっている。それで……いや、これ以上の話は後だ。とにかく今は……」
「今は……?」
「ハーヴェンの誤解を解く方が先だ! この好機を逃す手はない! ここで何がなんでも、悪魔イコール悪者という方程式を書き換えてやるぞ!」
「う、うん……そうなるのか?」
天使様の思考回路って、本当にどうなっているんだろうな……。妙に仕事以上に自分の都合を優先しがちと言うか……恋愛系統のイベントに情熱を持って行かれがちと言うか……。大天使様までもがこんな状態で、神界は本当に大丈夫なんだろうか?
(ま、まぁ……手がかりもない以上、焦ってコトを起こしても仕方ないか。ここは、大人しく……)
マスターのご意向を成就させるのに徹した方がいいだろうか。そうして、目の前に伸びる列を見やれば。結構な人数の人達が俺との握手を求めて、並んでくださっている。うぉぅ……俺、もしかして既に人気者だったりする? こんな所で? 悪魔が人気者? いや……どう考えてもおかしいだろ。
「……おや? 君は確か……ロジェ、だよな?」
「……うん、久しぶりだね。僕の事、覚えていてくれたんだ」
「もちろん、覚えているよ。そっか。あの後、無事だったんだな。そいつは何よりだ」
妙な流れで開催された握手会の列に紛れていたのは、再会も意外な顔見知りの少年だった。その彼は魔獣界で対面した時よりは随分と穏やかな様子で俺の肉球をプニプニしつつ、はにかんだ表情を見せている。だけど、その男の子の隣には同じような姿をした別の男の子もいて。その子の方は何故か悲しそうな顔をしながら、俺をジッと見つめたまま微動だにしない。と言うよりも……この子もどこかで会ったことがあるような……?
「それで、隣の君はまさか……?」
「僕はタールカ。その様子だと……僕のことも覚えてくれているでいいのかな」
「覚えているも何も……なんだか、妙に姿形が違う気がするが。……うん、まぁ。君もあの後、色々とあったみたいだな。それで……兄貴は今、どうしてる? あまり状況は良くないと、とある方から便りももらっていたんだが……」
それでも、この場で話をするのは厳しいか。そうして一旦は握手会を続行しなければと、ロジェとタールカに次の方へ場所を譲るようお願いすれば。2人ともきちんと言うことを聞いては、次の人にきちんと順番を譲るものの。だけど、どうやらタールカには余程深刻な悩みがあるらしく……不安な表情で様子を窺っていたかと思うと、今度はボロボロと涙を流し始めた。
「すまない、皆の者! 我らも多忙ゆえ、握手会はこれにて終了とする!」
「えぇ〜!」
「私も是非に、悪魔勇者様のご加護が欲しいです〜!」
「悪魔勇者様の肉球をプニプニすれば、病気や怪我を防いでくれるのですよね?」
「は、はい……?」
タールカの様子に、只ならぬ事情を察知したんだろう。ルシエルが握手会の打ち止めを宣言してくれるが。それと同時に聞こえてくる皆様のご不満に、気色悪いものを感じるのも俺だけなんだろうか。
ご加護……? 病気や怪我を防ぐ……? いや、待って。皆さん、悪魔のことを盛大に勘違いしてないか? 不肖一悪魔の身に、皆さんの無病息災を保障する性能は絶対にないぞ……? それこそ……。
(病気の方はミルナエトロラベンダーがあれば、一発だろうけど……)
そうなると怪我は天使様、病気はマモン様に頼った方がいいと思うぞ。俺は完璧に戦力外だな、この場合。
「大丈夫だ! 今この場にいる皆には、私の加護が与えられたと思ってくれていい! 我が姿を胸に、これまで通りに健やかに暮らしてほしい。皆に、神のご加護が在らんことを!」
「そ、そうですよね!」
「言われれば……天使様のお姿を見られただけでも、超幸運ですし!」
……うん。流石、大天使様。強引かつ、意味不明な特殊性能を発揮しては、その場をしっかりと収めてきやがった。だけど、さ。こうなったのはそもそも、ルシエルさんのせいですからね? 今更気を利かせても、遅いんですのよ?




