表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第17章】機械仕掛けの鋼鉄要塞
753/1100

17−43 ビバ、コントラクト!

 エンドサークルに捕らえられた被害者達が人ならぬ唸り声を上げている。そんな状況にあっても、玉座の彼は延々と同じ名前を呟いては、微動だにしない。そのかつての主人の異常な様子に、痛ましい表情を見せながらも……バビロンがため息混じりで、誰に向けるでもなくグランティアズの状況を語り出した。


「……オズリックは魔法に頼らないでも、代わりにお願いをしてくれる相手を作るために、グランティアズ城を丸ごと実験場に使っていたの。それで……ね。本当はハインの血を引く王女様を犠牲にするつもりだったのだけど……」

「ハインリヒの血を引く……王女だって? バビロン、それ……どーいう事?」

「ハインはね。ヴァンダートに住んでいた悪魔研究家との契約の一環で、彼の体を貰い受けては成りすましているの。だけど……彼のお願いを叶えたのには別の理由があって。本当の目的はその悪魔研究家……ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパさんの所にいた精霊さんと仲良くなるためだったみたい」

「精霊……ですか?」

「えぇ、そうよ。その人はね、妖精族の中でも呪詛にとっても詳しい精霊さんで。自分のお願いを魔法じゃない方法で代行してもらうには、どうしても呪詛による洗脳が必要だった。だって……スペルディザイアは魔法による洗脳を見破ってくるのだもの。そして、スペルディザイアが本当のお願いの主を見分けることができるのは……使われた魔力の流れを探知するかららしいの」


 呪詛と魔法は似ているようで、発動の仕組みが若干異なる。魔法は空間中に漂う魔力という媒体を集めて、構築した概念を再現するための原動力にすることで、効果を発動させる。一方、呪詛は言霊や肉体そのものの力を利用することで展開するものであり、魔力を消費しないという特徴がある。しかし、呪詛は魔力を消費しない代わりに、効果によっては代償を伴う場合も多く……現に、呪詛の類であるヨルム語は文字を刻むために血を消費する必要があったりする。魔法然り、呪詛然り。どんな手法に依ろうとも、不思議な力を使いこなすには「支払い」を避けることはできないのである。


「だけど……うん。その王女様をこの王様が逃しちゃったの。だからオズリックは怒って、王様を生贄にすることにしたのよ。……王様であれば、人間でもある程度の魔力を持っている可能性が高いもの。スペルディザイアのお願いを代行してもらうには、魔力の流れを誤認識してもらえる相手じゃないとダメなの。でも、ね。叶えたいお願いは1つだけじゃなかった。みんなみんな、それぞれに沢山のお願い事があって……だから、グランティアズとは別の場所でも材料を集めては、精霊をベースにお願いの生贄を作る実験もしていたみたい」

「……なるほど……。それが例の精霊落ちの誘拐の発端、ということでしょうか?」

「どうなのかしら? 私にはよく分からないけど……でも、そうかも知れないわね。……だって、人間の器持ちはあまりに少ないもの。だったら、元々器を持っていた精霊落ちを利用した方が早いわ」


 つらつらと向こう側の手の内を淀みなく白状するバビロン。一方で、ルシフェルから出されていた報告書の内容を思い出しながら……今のバビロンは言葉を吐き出すついでに、何かを思い出すために必死なのだと、リヴィエルは理解していた。

 バビロンは原初の真祖の1人であり、「虚飾」を領分とする悪魔である。彼女の内部事情は天使達には片鱗さえも窺い知ることはできないが。ルシフェルの報告書によれば、バビロンは色々と「大切なことを忘れている状態」だとされていた。そして、ベルゼブブにお目付役をお願いすると同時に、療養中の沙汰にしたと……独断混じりで非常に穏便な決定がなされたことも記載されている。おそらく、ベルゼブブが付き添いで人間界へ出てきている時点で、今まさにバビロンは「リハビリ中」なのだろう。


「……すみません、バビロン様」

「あら、何かしら? お嬢さん」

「今の話、神界側の方で共有しても良いでしょうか? それと……こちらの国王も含めて、我々の方でお預かりしても?」

「……多分、大丈夫だと思うわ。この状況を見る限り……ハインはともかく、オズリックは失敗したのだと思うし。オズリックは割合、代償が少ない言霊による呪詛を使っていたの。だけど……」

「言霊による呪詛を使う場合、効果を継続させようと思うなら定期的に暗示をかけ直す必要があるんだよねぇ。あぁ、なるへそ。それで、バビロンはこの状況を見てオズリックとやらに何かあったのかも、って思ったんだ?」

「えぇ。……オズリックはとっても慎重だったもの。天使様達に気づかれないように、きちんと定期的に呪詛の洗脳を少しずつかけ直ししていたわ。だけど、王様以外の呪詛は解けているみたいだし、王様自身の呪詛もそろそろ切れそうな気がする。……この人もきっと、そのうち暴れ出す思うの」


 既に人でない者が城外に出て暴れれば、否応なしにグランティアズの異常事態を露見させることになる。そうなれば、天使達の知るところになるだろうし、折角の計画が台無しになる可能性が高い。だからこそ、彼らは魔法を使うことも極力避けては、普段は天使達に存在を気取られにくい地下で計画を練ってきたのだ。しかし、折角の裏事情込みのリミットさえも先延ばしにする事なく放置しているとなると……オズリックの身にこそ、何かがあったのだと判断する方が認識のズレも少ないに違いない。


「遅くなりました、リヴィエル様」

「オーディエル様の命で馳せ参じました」


 バビロンのリハビリを見守っているうちに、予告通り排除の天使達が加勢にやってくる。大1番には一足遅かったとは言え、今回は確保の対象者が非常に多い。ここは素直に彼女達の力を借りた方がスムーズだと、リヴィエルも増援を快く迎え入れる。


「あぁ、お疲れ様です。……見ての通り、調査対象は拘束済みです。こちらの魔法の効力は約1日だそうですので……皆さんにはこの後、城の調査と彼らの確保をお願いしてもいいでしょうか?」

「承知いたしました。それにしても……」

「どうしました?」

「ベルゼブブ様までおいでだなんて、聞いていなかったのですけど……」

「しかも……リヴィエル様、そちらの方はどなたですか?」


 ベルゼブブは神界でも契約済みの有名人。精霊帳で「顔が割れている」以前に、恐れ多くもルシフェルの旦那様でもある。そんな大物悪魔との想定外の邂逅は、上辺だけは真面目な天使達が面食らうのも無理はない。しかし、悲しいかな。今の神界は全体的にロマンス路線に舵をリミッターごと振り切っている状態である。ベルゼブブは「既婚者」でもあるため、望み薄と見切りを着けると……すぐさま別のターゲットの周りに集まり始めた。


「それで、リヴィエル様」

「は、はい……?」

「この方も悪魔さんですよね⁉︎」

「え、えぇ……そうですけど。彼はアークデヴィルの……」

「ア、アークデヴィルって、あの⁉︎」

「それって、魔力レベル9の超有望株さんじゃないですかぁ!」


 ……超有望株とは、これ如何に。


「あはは……そんな風に言ってもらえると、僕も嬉しいですけど……。その。僕は一応、リヴィエル専属でして……」

「えぇっ⁉︎ そ、そうなのですか、リヴィエル様!」

「う、うん……そう、ね。契約もしてもらっているし、えぇと……」

「いやぁ〜……ぼかぁ、とっても幸せ者ですよ。リヴィエルみたいに可愛い天使様と組むなんて、魔界に籠りっぱなしだったら、考えられませんでしたし。ふふ。契約も悪いもんじゃないですね。ビバ、コントラクト!」


 そうして、セバスチャンがいそいそとリヴィエルの横に移動して、ちょっぴり親しげにくっついてみれば。そのあまりのビッグニュースを前に、仕事どころではない……が彼女達の総意だ。

 まさか! あの! 仕事一筋だったリヴィエルに! 「悪魔の彼氏」が! ……できるなんて。

 ……予想外も甚しきこと、この上なきかな。


「こ、こうなったら……」

「悪魔の彼氏さんのゲットが先ですわ!」

「そうですね! 仕事なんて後です、後っ! 私達も魔界トリップに行きますよ!」

「あ、あの……お仕事はして下さい。皆さんは何のためにこちらに来たのですか……?」


 勢い余って迷走するついでに、仕事を放り出しそうになる天使達。そのあまりに悲惨な状況を前に……リヴィエルはデートに繰り出すのも諦めて。仕方なしにオーディエルの補佐役という立場をフル活用しては、キビキビとお調子者ばかりの同僚に指示を出す。そうされれば、流石に気分も浮足も妙な方向に足踏みしている彼女達も仕事に戻らざるを得ない……のだが。


「……ごめんなさい、セバスチャン。本当はお手伝いのお礼もしようと思っていたのだけど、このまま神界に帰らないといけないみたい……」

「僕には気を使わなくて、大丈夫。手助けできる事があったら、またいつでも呼んで。あぁ、そうそう。ご用事は仕事じゃなくても、いいからね。……リヴィエルは昔っから、頑張り屋さんだったみたいだし。何かあったら、僕がバッチリ相談にも乗ってあげる」

「うん……!」


 よせばいいのに、去り際も名残惜しいと……リヴィエルとセバスチャンがこれまた、親しげに別れの挨拶をしてみれば。彼らを見つめる視線が熱々に逆上せるのも、ある意味でごく自然な反応なのかも知れない。しかし、そんな彼女達の喧騒には……どこか忘れられる格好になった魔界の大悪魔様も、薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。


「……バビロン。僕達はそろそろ行こうか?」

「え、えぇ……そうね。……色々と邪魔をしたら、悪いわよね」


 バビロンが一旦は状況確認に納得したのも見届けて、その場をひっそりと立ち去るベルゼブブ。そうしてこの調子じゃ、ハニーの気苦労は絶えないだろうなと、珍しく心配してみては。ほんの少しだけ、心を痛めるけれど。それでも、バビロンとの小旅行を再開できたことに、こちらはこちらでアッサリと上機嫌になるのだから……彼もまずまず、お調子者の性分は抜けないらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ