17−40 そっちの趣味はありませんけど
玉座という華々しい席には到底、相応しくない醜悪な王の姿。そんな彼の譫言をお伺いしようと、リヴィエルとセバスチャンは意を決して彼の元へと歩みを進めるが……王の方は2人が近づいても反応1つ示さずに、同じ言葉を延々と呪文のように繰り返していた。
「……しぇるでんをこの手に、しぇるでんを……」
「シェルデン……?」
その名前に聞き覚えが薄らとあるものだから、リヴィエルは手早く「報告書」の中から該当しそうな資料を見つけ出す。そうして、マナ語で書かれている「ユグドラシルの消失について」の記録を素早く目で追いながら、シェルデンこそが魔禍の元凶であり、「表向きは」ユグドラシル消失の原因と誤解された悲劇の竜族……ということになっているのも確認してみるが。
しかしその一方で、竜族の長老でもあるディバインドラゴンからシェルデンはとある竜族から懸想されていた存在でもあることも知らされており、加えてルシエルからも「複雑な事情込みの報告」も上がっている。その2つの「裏事情」を組み合わせると、シェルデンは長老の孫であるギルテンスターンを避けていたと同時に、本当はかつての調和の大天使・ハミュエルこそに懸想していたことになっているのだが。
「……あのシェルデンさんを、この手に……?」
「リヴィエルはその人のことを知っているの?」
「えぇ。シェルデンと言えば、ユグドラシル消失の際に絶望の淵で魔禍の元凶と化した竜族として、こちら側では認識されています。しかし……その事情には表からは見えない、隠れた事情も大いに含んでいまして……」
リッテルからも「ちょっと変人なだけで、そこまで外れている方ではないと思う」と言われていたこともあり、セバスチャンはそれなりに信頼に足る相手と考えてもいいだろうか。そうして、いつになくお喋りなリヴィエルが少しだけ踏み込んだ秘密を白状してみれば。セバスチャンの方はフムフムと真剣に聞いているかと思いきや、「男色家」のクダリで変なことを思い出したらしい。妙に意味深なことをポツリと呟く。
「……あぁ、なんでしょうね。僕には断じて、そっちの趣味はありませんけど。この世には男の目から見ても魅力的な男って、確かにいるんですよね……。何となく、そのギルテンスターンさんの気持ちも分からなくないというか。……きっと、シェルデンさんは魅力的な方だったのでしょうねぇ……」
「あの、セバスチャン。問題にするべきはそこではなくて、どちらかと言うと……」
「あぁ、そうでした。そのシェルデンさんの名前がどうして、多分王様だったらしい彼の口から出ているのか、ですよね。だとすると……これはひょっとして、ひょっとするのかな?」
「セバスチャン、何か気づいたことでもあるの?」
「えっと……まず、ですけど。この人はギルテンスターンさんじゃない……は間違い無いですか?」
「多分。こうしてサーチ鏡をかざしても、多少の魔力反応はあるとは言え、精霊としての記録はありません。ですから、彼は竜族ではないと思われます」
「そう、ですか。だとすると……」
これは一種の洗脳じゃないかな、とセバスチャンはフゥムと唸ってみせる。何故、彼に洗脳を施してまでシェルデンの名を呼ばせているのかは分からないが。少なくとも、「シェルデンをこの手に」……つまり、彼を手に入れたいというオーダーは王自身の願いではなく、おそらく……。
「……ギルテンスターンのお願い事、という事になるのでしょうか?」
「う〜ん……僕にはそのギルテンスターンさんがどんな人かは分からないから、なんとも言えないけど。でも、リヴィエルの話だと、ギルテンスターンさんは男色家で、シェルデンさんにほの字だったんでしょ? だったら、可能性としてはあり得る……って、おや?」
「どうしたの? セバスチャン」
「どうやら、ここには王様以外にも洗脳されている人がいるみたいだね。ほら……あそこからみんな、こっちを見ているよ?」
「グランティアズの生存者……でしょうか? だったら、助けないと……」
「いや、多分そうじゃない。リヴィエル、後ろに下がって! ……静謐の淀みを携え、我が手に宿れ! その身を滅さん、アクアボム!」
まずは手始めとばかりに、アッサリと中級の攻撃魔法を放つセバスチャン。きっと、錬成度はそれなりに抑えているのだろうが……やや張り切っている彼の手による攻撃魔法は、作り出された水泡に触れた瞬間、派手に爆発するのだから相当に凶悪である。……人間かもしれない相手には中級魔法でも、致命傷になりかねないだろうに。しかし……セバスチャンの攻撃魔法の犠牲になった者を踏み越えて、どうも「普通じゃない彼ら」は尚も歩み寄ってくる。
「この人達……一体、何者なの……?」
「良く分からないけど……この様子を見ているとぼかぁ、リルグを思い出すな。偽ハールのお仕事について行った時、リルグの人達は悪魔に魂を抜かれた……なーんて、教会の方にご説明をいただいたけど。でも……実際はこんな風に苦しそうな顔をしては襲いかかってきたんだよね、リルグの人達も。そして……偽ハールはそんなリルグの人達を”お清め”と称して虐殺していたっけ」
「えっ? リルグの人達を虐殺……ですって?」
セバスチャンはリルグの住人の秘密について、何か知っているらしい。オーディエルの報告ではリルグは表向きは「平穏」であり、住人達も口を揃えて「平和」を唱える程に安穏だったとされてはいる。しかし、実際には後ろ暗い何かがあるに違いないというのが天使達の見解であり、どうやら……それはどこまでも正しい予測だったようだ。
「おっと。今はお喋りは後の方が良さそうです。アハハ……見て下さいよ、あの人。こんな状況なのに、笑っていますよ……」
「本当、ですね……」
ジリジリと王の間に這い出てきたのは、元はグランティアズの兵士達だったと思われる不気味な集団。軽装の者もいれば、重厚な鎧を纏っている者もおり、その装備の違いは純粋に階級の違いなのだろう。だが……彼らは装備の違いこそあれ一律、苦しげな笑顔を貼り付けたまま、思い思いの得物を片手に2人に迫ってくる。
「とにかく、セバスチャン。ここは……」
「えぇ。2人で切り抜けますよ。だけど、この数です。このままじゃ、上手く静められないかもしれません。オーダーをください、マスター」
「はいっ! 是非にお願いします。それでは……我が名において命じます。叡智と慧眼を持って、我に万世の理を示せ! 我が求知に応えよ、アークデヴィル・セバスチャン!」
「もちろん、喜んでお応えしますよ。マスター・リヴィエル。それにしても……これが開放時の感覚かぁ。僕の方は何だかいい感じですよ」
「うん……私の方もいい感じです。とは言え……彼らも被害者なのでしょうから、できる限り大人しくさせる方向でお願いします。さっきみたいに、いきなり攻撃魔法を発動するのは止めて下さいね」
「あっ、そうなりますか……。それじゃ、仕方ないですね。……暴れるのは最低限にします」
自我を失っている相手であろうとも、自分達に襲いかかってくる相手であろうとも。敵前でさえ救いの手を差し伸べようと言うのだから、天使様というのは相当に慈悲深い生き物らしい。リヴィエルの意外なお願いに、セバスチャンとしてはちょっぴり物足りないものの。それでも……教会に対して疑心暗鬼だった彼にしてみれば、信仰の大元自体が腐っていた訳ではなかったことを認識させられては、敵わないではないか。そうして神様には何かとそっぽを向いていた悪魔も、大事なマスターのご希望だけは遵守しましょうと……彼女のオーダーにはまっすぐに向き合うのだった。




