3−5 つくづく侮れない奴
「……愛と魔神、ねぇ……」
私が間違えて持って帰ってきた鶏肉は、綺麗に調理されて、赤いソースと豆類に彩られた煮込み料理に変身していた。木苺はよりムースに近づけてくれたのだろう……見た目も可愛い、ピンク色のプリンになっている。どんなに的外れな食材でも、ここまできちんと美味しいものが出来上がるのだから、目の前で呪いの書をまじまじと見つめいている料理人は、つくづく侮れない奴だと思う。
「あぁ……。私達が結婚したという内容は、この小説のせいで……神界の全員が知るところになったわけだが」
「そか。結婚に関しては、天使の感覚もあんまり悪魔側と変わらないんだな。まぁ、お前らにしたら一緒に暮らしているイコール結婚なのかもしれないし、俺は別に構わないけど……」
「中には、お前に友達を紹介してほしいなんていう、ツワモノまでいたぞ」
「そいつ、色んな意味で大丈夫か?」
「……そう思うよな、普通……」
フカフカのロールパンに煮込み料理のソースを付けながら、頬張る。トマトの程よい酸味にバターの風味が広がって、これはこれでとても美味しい。それにしても……私達の関係がどこまでの深度なのかは、「公開」されていないが。深い事情もアッサリと受け入れられた挙句に、羨ましいとか言われそうだから、末恐ろしい。
「で、明日はまたアーチェッタ……か」
「あぁ、早朝から出向くことになるんだが、大丈夫だろうか?」
「う〜ん。だとしたら、仕込みは今晩中に済ませておくか。ビーフシチューはちょっと時間がかかる料理なんだよ。なにせ、それなりの煮込み時間が必要だからなぁ……」
「そ、そうなんだ……なんだか、すまない」
「別にいいよ? 折角だし……とびっきりの物を作るつもりだから、楽しみにしておけ」
「……うん」
そんな訳で先に休めと言われて、仕方なしに湯を浴びて寝室に戻る。寝室に戻ってみれば、きちんとテーブルにはお茶まで用意されていて……至れり尽くせりなのが、逆に申し訳ない気分になる。
(マリッジリング、か)
指先に羨望の眼差しをこれでもかと言わんばかりに浴びたことを思い出しながら。魔法道具としての効果を実感できないまま、嵌めているだけの指輪を見つめる。それでも、なぜか……指輪を見つめる度に、暖かい気持ちになるというか。これがあれば、1人になっても1人きりじゃないような気がした。
***
「姉様、厄介なことになったわ」
「どうした?」
薄暗い部屋で、2人の天使が目の前に繋がれている天使を見上げながら、密やかに話をしている。
「どうやら……例の闇堕ちした英雄が記憶を取り戻したらしいの。姉様のことも、思い出したかも?」
「そう。でも、もういいでしょう? そんなこと。細工は済んでいるのだから今更、神界に帰る必要もないのだし。……それにこうして、最高の実験材料が手に入ったのだから」
「ノクエル! ダッチェル⁉︎ これは一体、どういうことですか? あなた達、このアヴィエルにこんなことして、タダで済むとでも⁉︎」
「ふん、大した実力もないくせに……口だけは達者なのですね」
「いいこと? あなたは私達のモルモットなの。例の男の子が横取りされて困っていたけど、今はあなたという最高のモルモットがいるから……私達、そんなに悲観しなくて済むわ」
「そういう意味ではあなたにも、砂つぶくらいの価値はありますよ?」
交互に冷酷な言葉を浴びせる、2人の天使。彼女達の笑顔はもはや、優しさを微塵も感じさせないものだった。
「姉様。とりあえず、こいつの翼でチェインドベリアルを作成できたわ」
「そうですか。でしたら、あと1枚残っているから……それを捥いだ後は、本体も何かに作り替えましょう」
「これ以上、私に何をするというのだ⁉︎ それでなくても、この翼を失ったら、私は……私は……!」
「あぁ、煩いわね〜。姉様、とりあえず……こいつの舌、抜いてしまわない?」
「そうだな……あ、でも。黙らせるんだったら、口を縫う方がいいんじゃないか?」
「⁉︎」
「あら、そうなの姉様?」
「ふむ……しかし考えてみれば、やはり舌を引っこ抜く方が名案かもな? 聞けば、オリエント・ヤポネの地獄では、罪人は舌を引っこ抜かれるそうだ」
「流石、姉様。物知りね。でも、口を縫い付けるのも悪くないと思うの」
「そ? だったら……両方してしまいましょうか?」
「まぁ、素敵! でしたら、そうしましょう!」
「や、やめろ! やめてくれ‼︎」
自らの身の危険を感じ、喚くことしかできない繋がれた天使の懇願も虚しく……2人の天使はただひたすら、残酷な笑みを浮かべていた。