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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第17章】機械仕掛けの鋼鉄要塞
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17−39 爪痕の産物

「……イヤに静かですね……」

「そう、ですねぇ……。ぼかぁ、城に入った瞬間、お前ら何者だぁ! ……って、衛兵やら兵士やらに見つかったりすると思っていたんですけど……」


 それで、シュバババッと敵を倒して「格好いいところ」を可愛い彼女に披露する予定だったのに。

 そんなことを正直に暴露する訳には、いかないが。契約替えも済んで、晴れて自分の「ご主人様」になったリヴィエルとワクワクのグランティアズ城探索に乗り込んだセバスチャンにしてみれば、あまりの静けさは肩透かしもいいところだ。


「しかし、今はこの子も役に立たないんですよねぇ。何せ……僕に反応しっ放しだし……」


 セバスチャンがため息混じりで見つめるのは、持ち主こそを最大限に警戒しては、絶えず紫色の美しい光を漏らす特殊鉱石。それは彼の思い出のカケラであると同時に、強欲の真祖がヴァンダートに残した爪痕の産物・雷鳴石であった。


「それ……雷鳴石ですよね? なんだか、ちょっと懐かしい輝きです」

「えぇ、そうですよ。これは僕が生前、取材ついでにヴァンダートから掘り出してきたものなんです。で、正真正銘本物なのは間違い無いんですけど、今となっては僕自身が悪魔ですからね。だから僕が近くにいる限り、光りっ放しなんだよなぁ。それにしても、リヴィエル様。今、懐かしいって言いました? それまた、どうして?」

「ふふ。実を言えば、私はそのヴァンダート出身なのです。そして、有り体に言えば……この雷鳴石のせいで、死んでしまった経緯がありまして……」

「えっ?」


 私のことはリヴィエルでいいですよ……なんて朗らかに言いながらも、彼女が少しばかり寂しそうな顔をし始める。きっと、不気味な静寂を紛らわせる意味もあるのだろう。リヴィエルがポツリポツリと「死んでしまった」の理由を語り出すが、軽妙な口調とは裏腹に内容は気分転換にしてもあまりに重い。


「私が生まれたのは約800年前のヴァンダートでしたから、時代的にはマモン様に滅ぼされた後になりますね。でも……そんな傾いた国の中でさえ、そこに住む人々はとある基準で階級が分かれていまして。今思えば、何を馬鹿馬鹿しいって、思ってしまう部分もあるのですけど。……ユグドラシルが燃え尽きる前は魔法が使える、使えないで人の価値が左右される部分があったんです。そして、私は魔法を使えない下級階級……中でも最底辺の奴隷に生まれました」

「奴隷……?」

「えぇ。生まれた時から親もなく、名前も適当に付けられたものですから。物扱いもいいところで、リヴィオ1043号なんて呼ばれたりしましたっけね。……首にぶら下がっている札が1043番だったかららしいのですけど、リヴィオはそもそも私を所有していた商人の名前ですし。……当時の奴隷は、所有者の名前と通し番号で呼ばれる風習があったんですよ」

「そう、だったんだ……」

「そして、そのリヴィオは別名・魔鉱王なんて、格好悪い二つ名を持つ大商人でして。……彼の扱う商品の中でも、主力を担っていたのが雷鳴石だったのです」


 雷鳴石の出現はマモンがヴァンダートを滅ぼすと見せかけて、天使を殲滅するために使った魔法の魔力が原因だとされているが……実際には、ヴァンダートという舞台も捨て置けない要素であった。

 ヴァンダートは肥沃な大地に根付いたとされる、亡国の理想郷。領土のほとんどが砂に覆われ、カラカラに干上がっていると思われがちだが……その実、地下資源や地下水脈は潤沢であり、大地の恩恵を最大限に生かして成長した国家でもある。そして、砂漠を形成する砂自体も特殊な材質……黄魔鉄鋼が砂礫化したものでもあったため、雷鳴石が形成される土壌自体もそれなりにあったと言っていい。

 豊かな地質に天使の遺灰という魔力をふんだんに含んだ栄養が与えられ、強い電圧によって鉱物として結晶化したのが通称・悪魔の宝石とも呼ばれる雷鳴石であり、その使い道も非常に豊富。魔法道具の生成に特殊武器の素材、果ては深い紫の美しさから宝飾品にも重宝されたりと、利用用途は無限大とまで言われる程だった。

 しかし、その一方で……雷鳴石の採掘は非常に困難を極める。雷鳴石が眠るのは、悪魔が魔法で掘削した数々の竪穴の底の底。採掘中に運悪く瘴気が吹き出すポイントを掘り返してしまった場合は、竪穴もろとも坑夫を埋めてしまうという残酷な方法が取られることも少なくなかった。故に、雷鳴石を掘る労働者……「雷鳴坑夫」の仕事は重労働かつ、命の危険が常に付き纏う過酷なものであった。


「そんな事が……あったんですね……」

「そう、ですね。そんな事が……確かにあったのです。そして私は物心つく頃から、腰縄1本で竪穴に降ろされては、雷鳴石の採掘に従事していました」

「じゃぁ、リヴィエル……さんは、仕事途中に生き埋めにされてしまったのですか?」

「いいえ? 生き埋めは変わりませんけど、仕事途中ではありませんでしたね」

「?」


 ですから、呼び捨てで構いませんよ……と気丈な笑顔を見せつつも、セバスチャンの雷鳴石と同じ色の瞳を伏せるリヴィエル。そうしてその瞳の色の意味と、彼女の最後について粛々と明かし始めるが……。


「セバスチャンさんの雷鳴石は、運よく掘り出せたものでしょうけど……」

「あっ。それこそ、僕のこともセバスチャンでいいですよ。えっと、リヴィエル……の方が契約主になるんですし」

「そ、そう? だったら……うん。これからはセバスチャンって呼ぼうかな」


 話途中でようやく互いに「呼び捨て」で呼び合える関係に昇格しつつ。リヴィエルが雷鳴石の採掘についても説明し始める。それによると……雷鳴石は魔法鉱石であるため、魔力への親和性が高いと同時に、瘴気を吸う性質も孕んでいた。そして、地下深くに眠る「大物」ほど、瘴気に冒されている事も多く……人間には瘴気を清める手段もない以上、しばらく「毒抜き」の期間を設けなければ加工どころか、まともに触れることもできない。それなのに……。


「魔力を一切持たない階級の人間には瘴気への耐性なんて、当然ながらありませんでした。それでも……私達は必死に触るだけで痛みを伴う雷鳴石を掘り出していたのです。……仲間の多くが、まずはその痛みが原因で死んでいきました。通称・雷鳴症と呼ばれる瘴気障害で亡くなる奴隷の方が、生き埋めにされる奴隷よりも圧倒的に多かったんです」


 だけど、リヴィエルは運悪く雷鳴症だけでは死ぬことができなかった。傷と水疱だらけの状態でさえ、休むことも許されずに……毎日毎日、暗い地の底に落とされては指先が削られる痛みに耐えながらも、必死に言われるがまま雷鳴石を掘り続けた。そして……その暁に、彼女は不幸にも雷鳴石の瘴気に対して耐性を得ると同時に、聖痕まで獲得することとなる。瞳の紫は……彼女が雷鳴症への耐性を獲得した、奇跡の証でもあった。


「……おそらく、聖痕の発生と耐性の獲得は無関係だと思います。ですけど、聖痕が出てしまった時点で私の存在は奴隷ではなく、神様への供物へと昇華せざるを得ませんでした。そんな折、ヴァンダートでは珍しいはずの長雨が続いた時期がありまして。その異常気象はきっと、私を差し出せと言っているに違いないと……私は生贄として生き埋めにされることとなったのです」


 採掘現場が「竪穴」である以上、雨に降られることは何よりも都合が悪い。それでも採掘を強行する鉱石商人もいるにはいたが、奴隷を稼働させるコストと奴隷を失うリスクも大幅に増える以上、大雨時まで採掘を実行するのは賢いやり方でもない。故に、彼らにとって「雨の日」は熱を忘れないままの傷を癒す意味でも、一時の安息を齎らす「いい日」だったのだ。


「だから私は雨、嫌いじゃないんですよね。でも……それと同時に、痛みの思い出も蘇るようで少し、憂鬱になってしまうのです」

「……そう、ですか。だったら……それじゃぁ、僕がリヴィエルの気分だけは晴れにしてあげないと、いけませんね」

「ふふ……そう、ですね。えぇ。それで、お願いします……セバスチャン」


 いつかリッテルにも「自分を甘やかすのを頑張らないと」と言われた事があったが。生前も、天使になってからも。自分の生活に仕事しかなかったリヴィエルにとって、こんな風に他愛のないお喋りをできる相手がいる事自体が初めての経験だった。そんなお喋りに少しだけ心に晴れ間を作り出しては、常々冷徹になりがちなリヴィエルもようやく笑顔になる。


 そうして2人で静けさを紛らわしつつ、廊下を抜け切ると。いよいよグランティアズ城の王間らしき場所に出るが……仰々しいだけの玉座には、譫言ばかりを呟く頭に王冠を乗せた男が座らされている。なぜ、「座らされている」という表現になったかと言うと……贅肉で膨張したその身が座面からはみ出しており、虚しく輝く王冠らしき金の輪がめり込んでは、不自然に変形させるまでに彼の頭を戒めていた。通常の感覚が残っているのであれば、こうなる前に玉座から逃げ出しているに違いない。その様子に、ようやくルシエルが知らせてくれた「特別情報」の意味を思い知るリヴィエル。グランティアズ城は既に人間の生活とは切り離された、作られた魔境なのだ……と。

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